※センチメンタル・ヒーローの続き



「俺の顔が好きだと言われた」


見て分かるほどに落ち込んでいる様子の東堂が、珍しくビールを呷って息を吐く。こっちとしてはそれがどうしたと言いたくなるし、正直さっきからイライラと貧乏揺すりが止まらない。そんなこともつゆ知らず、「これが美形の罪か…」と呟き出した東堂の頭を思い切りはたいてやった。
相談したいことがある、と東堂から連絡が来たのが一週間前。ちょうどお互いのタイミングも合って、東堂が指定した居酒屋で待ち合わせをして今。最初からほぼ確信的な嫌な予感はしていたものの、断る理由ももちろんない。東堂とサシ飲みする機会もこの先そんなにねェだろうし、まァめんどくせェけど話くらい聞いてやってもいい。
何杯目かのビールを頼んで、俺もまた一気に呷る。ちょっとでも酔わねェと聞いてらんねーよ、こんな話。


「アイツが面食いなのは今に始まったことじゃねェだろうが。」
「それはそうだが、まさか面と向かってそう言われる日が来るとは思わなかった。」
「どうせおめェがくっだらねェ質問でもしたんじゃねェの?」
「くだらなくはないな!たまには彼女が自分のどこを好きなのか知りたくなるのも当然だろう!」
「…おめェらよく続いてんな、それで。」
「ワッハッハ!当然だ!何せ俺となまえだからな!」
「意味分かんねェよ、ったく。」


ンで俺はこんなこと聞かされてんだか。やっぱムカつく、酔ってもムカつく。
相談だと言いながらも全力で惚気てきやがる東堂の右手薬指にはシンプルな指輪の存在があって、コイツがつまみへ箸を伸ばす度にチラチラと視界へ入ってくる。俺はそれを確認しては、誤魔化すようにまたアルコールを体内へ取り入れた。…笑えねえよなァ、自分で蒔いた種だっつうのに。
高校卒業を間近に控えたある日、「東堂くんと付き合うことになったの!」と嬉々として報告してきたアイツの顔、今でも忘れられねェ。ガツンと鈍器で頭を殴られたような衝撃と後悔。何となくいい雰囲気になっていたことは知っていたが、まさか本当に付き合うことになるとは思いもしなかった。…っつうのもまァ、今更だけど。
アイツが、みょうじが東堂に惚れるまでの時間は思った通りあっという間で、いつもの如くバカ女を発揮していたわけだが、予想外だったのは東堂だ。始めのうちは東堂も通常通りのファンサービスとやらをしてみょうじに対応していたものの、突然「みょうじさんは可愛らしいな」と言い出したかと思えば、俺にみょうじのあれこれを聞いてくるようになった。知るかよ、とほっぽり出したい気持ちは山々でも、俺が二人を会わせてしまったことは事実で、変わらない。みょうじさんの好みの男性は?と照れくさそうに口にした東堂に、今更それ聞くかァ?と返したくなったところを抑えて「顔がかっこいい奴」と素直に答えてやったのも既に懐かしい記憶だ。
なんだかんだと数年経った今でも続いているらしい二人の話は、東堂と会う度にこうして聞かされている。別れりゃいいなんてことは思わねェけど、一回くらい大喧嘩でもしてくんねーかな。まァそんときはまた俺が呼び出されるか愚痴や泣き言に付き合わされるだけだろうから、どっちみちメリットなんか見当たらねェけど。


「荒北は最近どうなんだ?」
「ア?何が」
「彼女と上手くいっているのか?」
「…アー…」
「何だその微妙な反応は…まさかまた別れるのか?!」
「まー近々そうなるかもネ」
「お前…!これで何度目だ?!今のお前じゃなまえのことを悪く言えないぞ!」
「分ァってるって」
「いいや分かってない!いいか荒北、恋人というものはな、」
「アーはいはいはいはい、おめェの説教聞き飽きたわ。すんませーん生一つ。」
「…飲むペース早いんじゃないか」
「ア?くっだらねェ惚気話に付き合わされるこっちの身にもなれヨ、そりゃ酒も進むだろ。」
「くだらなくはない!というかお前がそんなんじゃ笑われるぞ。」
「ハッ」
「多分もうすぐ来ると思うんだが」
「…は?誰が、」
「今日荒北に会うと言ったら、わたしも行きたいって聞かなかったんだ。」
「…聞いてねーけどォ、ンな話。」
「ああ、言ってなかったからな。すまない、すっかり忘れていた。荒北も久しぶりなんじゃないか?確か卒業してから一度も会ってないんだろう?」


そう言いながらつまみへ箸を運ぶ東堂の手先を目で追う。何度見ても変わらない、そこにはしっかりとシルバーリングがはめられていて、電気が反射する度にキラキラと光っている。…一度も会ってないって、そりゃ俺が避けてたからな。
今でもお互いの連絡先は知っているし、っつーかまァお互い変えてねェだけだけど、卒業してから全く交流がないわけじゃない。たまにLINEなんかでやり取りもするし、アイツが相変わらずなことくらいは俺も知っていた。それだけで十分だった。会う必要も、直接話す必要もない。何度かみょうじに会わないかと誘われたが、何かと理由をつけて全部断っているうちにそういう連絡も来なくなって、内心ほっとしていたのも残念に思っていたのも事実だ。
だって情けねェだろ。いまだに未練あるっつったら、気持ち悪ィだろ。
会ってしまえば最後だと思っていた。あんな思いをしてまで東堂を紹介した意味も、みょうじを避け続けた意味も、忘れたフリをして他の女と付き合ってきた意味も、全部なくなってしまう。誰にも言わずに留めてきた感情がもし本人の前でぽろっと零れでもしたら、それこそ一巻の終わりだ。
会いたくねェはずなのに、何で一瞬で分かっちまうんだか。


「荒北ぁぁ!!」


目が合ったかと思えば、そう声をあげながら突進レベルでこっちへ向かってきたみょうじに「おい、まずは俺だろ!」と余計なことで口を挟む東堂がうるせェ。それも慣れていると言わんばかりに無視して、「久しぶり!元気してた?」と普通に聞いてくるみょうじもみょうじなんだろうが。…変わってねェな、と言いたくても、数年の月日がそうはさせてくれなかった。
高校当時から見た目や身だしなみにはとにかく気を遣っていて、元々の顔立ちも悪くない分、みょうじはそれなりに可愛かった。もしかすると俺の欲目も入ってたのかもしれねェけど、周囲の女子よりは頭一つ分くらい飛び抜けていたと思う。
それが今はどうだ。可愛いというより、どちらかといえば、


「荒北なんかかっこよくなった?!」
「…惚れんなよ」
「惚れないよ!だって尽八の方がかっこいいもん!」
「るせーよ!真面目に答えんな!」
「ワッハッハ!まぁ当然の結果だな!ほら、なまえも座れ。」
「うん、あ〜疲れた…明日休みだし、わたしも飲んでいい?」
「ああ、悪酔いだけはするなよ。」
「しないしない。すみませーん、生一つ!」
「荒北もしっかり見てやってくれ、なまえは酒に強くないんだ。」
「ヘェ」
「だから無理はしないって言ってるでしょ〜!こないだみたいなことになったら最悪だからね!」
「こないだってェ?」
「友達と二人で飲んでたんだけど、わたし途中から記憶がないんだよね。気付いたら家に帰ってた感じ?そんで、起きたら隣に知らない人がいたんだよ。」
「ハァ?!」
「正確には知らない人じゃなくて、なまえが酔って絡んだ相手なんだがな。女性だったからよかったものの…相手が男だったらと考えると俺も気が気じゃない。」
「反省してるってば。その子とはちゃんと友達になった!」
「…ウワァ、引く」
「引くだろ?」
「ちょっとやめてよ二人して!人は誰しも失敗して成長する生き物なの!」
「おめェが言うなよ」
「全くだ」


見た目は成長しても、やっぱり中身は相変わらずらしい。運ばれてきたビールを勢いよく飲み干したかと思えば、焼き鳥串を手に取って食べるみょうじの姿は、とても高校時代とは似ても似つかない。自分を可愛く見せようとしていないのは、それだけ東堂と一緒にいる時間が長いということなんだろうが、どうにも複雑な気分になる。こんな気の抜けたみょうじの姿見れんのは、俺だけだったのに。
時間の経過というものは残酷で、忘れさせてくれるどころか思い出したくもない過去の出来事をたった一瞬で色濃く蘇らせてくる。他の女と付き合っていても、一度たりとも忘れたことがないと言えば、みょうじは笑うだろうか。
みょうじが来てから一時間ほど経った頃、「いかん、酔った。ちょっと外の風に当たってくる。」と立ち上がった東堂は確かに少しだけ青い顔をしている。大丈夫かと問いかけるみょうじに、心配いらんよ、なまえは荒北の相手をしてやれ、と余計な一言を残してこの場を去って行った。残された俺とみょうじの間に流れた一瞬の沈黙も、「まぁ尽八がああやって酔うのはいつものことなんだけどね」と困ったように笑うみょうじの一言でなかったものになった。…そういやァ、そうだったな。
高校時代は意外と律儀に校則を守っていたらしいみょうじの耳に、ピアスの穴なんてなかったはずだ。髪をかけている右耳には、オレンジ色の小さな丸いピアスがついている。今頃外で酔いを冷ましているだろう東堂の左耳にも、同じものがついていた。そしてもちろん、みょうじの右手薬指にも指輪がある。
見たくもねェもんが目についてしまうのは、結局そういうことなんだろう。


「そういえば聞いたよ荒北」
「何を」
「彼女いるんだってね」
「…アー、まァな」
「ほんとわたしびっくりしちゃって、高校の頃の荒北しか知らないからさぁ…」
「おめェは俺のこと完全にバカにしてたもんなァ」
「してないよ!そうじゃなくて、ちょっと寂しいなって思ったの。」
「…またンなこと言って」
「だって荒北は、なんかずっとわたしのそばにいてくれるような気がしてたから。」
「…あっそォ」
「ずっと言わなかったけど、卒業してから一回も会えなかったの、すっごい寂しかった!」


「だから今日は絶対に行こうって思って!」と嬉しそうな笑みを浮かべているみょうじが、二杯目の酎ハイを口にする。こうして会話をする度に、俺の中のみょうじがどんどんちぐはぐな存在になっていく。強がらずに好きだっつっとけば良かったとか、脳裏に浮かび上がってくるのは後悔ばかりだ。
本当に手の届かない存在だったのかと問われれば、答えはイエスだと思っていた。だってコイツは現に東堂の彼女で、呆れるくらいの面食いで、俺のことなんかまるで視界に入っていない。今だってそうだ、あのときから変わらねェ、思わせぶりな台詞を吐いては俺に笑いかけてくる。
俺がどうにもならないと諦めていただけで、最初から手を伸ばさなかっただけで、本当のところはどうなっていたのかなんて分からない。…つーのも、今だから言える話であって、当時の俺だって多分精一杯だった。ただ、今となっては伝えることすら許されねェんだし、そんなことなら言うだけ言っときゃよかったとも思ってしまう。矛盾した気持ちが相対するのは、いつだって変わらなかった。
今の彼女も、その前の彼女も、上手くいかなかったのは全部俺のせいだ。机の隅に置いている携帯が光って知らせたのは、もう別れたい、という彼女からのメッセージだった。


「なんか尽八遅くない?」
「うんこでもしてんじゃねェの」
「食事中にそういうこと言う?!…てか荒北、」
「ア?」
「何かあった?」
「…は?何で」
「さっきから表情暗いよ、上の空って感じ。」
「いや、別にィ」
「わたしでよかったら聞くよ!いつも聞いてもらう側だったし、頼りないって思うかもしれないけど…」
「…ほんとに頼りねェよな」
「えっひどい!わたしだってもうあの頃とは違うんだからね!」
「……これ、」
「え?……え、」
「別れたいんだってよ」
「え、いや、だってよっていうか、今すぐちゃんと話し合った方がいいんじゃないの?こんなとこでお酒飲んでる場合じゃないじゃん…!」
「…まァ、そうだろうな」
「…何でそんなに落ち着いていられるの?ケンカでもしてた?意地になってたら絶対後悔するよ。」
「おめェには分かんねェよ」
「え、荒き、」
「おめェには一生分かんねェ」


目の前で意味が分からないとでも言いたげな表情を浮かべて、唇をぎゅっと噛み締めているみょうじは俺から目を逸らさない。何度も厳しいことを言ってきたとはいえ、突き放すのはこれが初めてだった。
好きだと一言言えばよかった。そしたら多分、全部終わっていた。
何も見ずに済んでいただろうし、余計なことも考えずに済んだはずだ。もうぜってェ東堂に誘われても、飲みになんか行ってやらねェ。


「…ンじゃまァ帰るわ。」
「…うん」
「ついでに東堂も見て来てやんよ、おめェはここで待っとけ。」
「……荒北、」
「ン?」
「また会える?」
「…埋め合わせはする。」
「よかった!わたしね、荒北に話したいことがいっぱいあるの。」
「どうせくだらねェ話だろ、東堂のこととか。」
「くだらなくはないな!」
「………帰るわ。」
「無視しないでよ!恥ずかしいでしょ!!」


東堂の真似をして最後まで惚気やがるみょうじに「なァ」と話しかける。いつかを彷彿とさせる首を傾げたあざとい仕草で俺を見上げて、言葉の続きを待つみょうじは、もう俺の知らない女だ。


「東堂のどこが好きなんだヨ」


青春という一言で片付けるには、痛くてたまらなかった。
一瞬面食らったような表情で俺を見たみょうじも、東堂のことを思い出しているのか、すぐニヤけた面を浮かべて幸せそうにゆるりと口角を上げながら言ったのだ。


「全部、大好き」


バカ女は、もういねェ。



ノットタイムスリップ
(title by 草臥れた愛でよければ)
20160606