※モブ男子視点



新開隼人という男がいる。
そいつは俗に言うイケメンで、男の俺から見ても顔が整っている奴だと思う。だけどそれを鼻にかけるようなこともなく、誰にでも分け隔てなく優しくて物腰が柔らかい。話してみれば面白い奴で、一緒にいるといつも楽しい。おまけに毎年インターハイに出場しているような強豪の自転車競技部に所属していて、その中でレギュラーとしてトップを走っているような男だ。妬み嫉みなんて最早通用しない、同性として普通に憧れてしまうような存在。
そんな新開はもちろんモテる。告白だのプレゼントだの、見ていて羨ましいほどに女子からのアピールは尽きない。体育の時間にキャーキャー言われ、歩いていればキャーキャー言われ。ファンクラブが存在するという話も聞いたことがあるけど、それは本当なのだろうか。だとしたら羨ましいとか通り越して少し怖い。
とにもかくにも、それほどモテる男なのに当の本人はそんな女子たちに全く興味を示さないのだ。健全な男子高校生としてそれはいかがなものかと、俺はいつも思っていた。あれだけ言い寄られて一人も好みの女の子がいないのだろうか。そうだとすれば、どれだけ理想が高いのかと。
ただ純粋にマジで興味がないのか、それとも新開はもしかするとそっちの人間なのか。後者はなるべくあってほしくないと思いながら、恐る恐る「新開って彼女とかいんの?」と聞いてみた日がある。俺たちには言っていないだけで、そういう可能性もなきにしもあらずだろう。考えてみれば、新開のような男に彼女がいないというのもおかしな話なのだ。もう既に相手がいて、それ故のあの対応ならすんなりと納得できる。彼女のことも大事にできるいい男なのか、って。
でも、返ってきた答えは、


「彼女?いねえけど」
「は、いねーの?」
「いない。どうした急に、珍しいな。」
「…いや別に、何でもねーけどさ。新開ってあんまりそういうの興味ねーのかなって。」
「そんなことねえよ、興味はある」
「じゃあ理想が高いのか」
「いや?そんなこともねえと思うけど」
「どういう子がタイプなん?」
「あー…おっとりした子とか?」
「へぇ…」
「どうかしたか?」
「…新開のそういう話、聞いたことねーから」
「あんまり話さねえもんなぁ…聞かれたら答えるけどさ。」
「あれだけモテんのにもったいねー」
「はは、まぁ今はロードが恋人だから、俺」


そう言って笑った新開は、開いていた小説にしおりを挟んで机の中にしまい込んだ。本当にこんな爽やかな奴がノンフィクションで存在するのかと思うと、信じられない気持ちになる。が、間違いなく事実だ。勝ち組っつーのは、やっぱ新開みたいな奴のことを言うんだろうな。
ロードが恋人。なるほど、部活一筋ってわけか。確かに、チャリ部って毎日すげー大変そうだもんな。申し訳程度に部活に所属してだらだらと活動をしている俺とはまず話が違う。なーるほどな〜と一人納得しながら、余計な詮索をしてしまったことを心中で反省した。もしかしたらとか思ってごめん。
半袖カッターシャツの袖を更に腕まくりして、鍛えられた二の腕を披露している新開に、やっぱり周囲の女子からのひそひそとした嬉しそうな声は鳴り止まない。俺も言われてーよ。
「なぁ新開、筋トレとかって、」と無謀にも方法を聞き出そうとしたそのとき、ダダダっと誰かが廊下を駆けてくる音がした。かと思えば、「しんかーい!」と一際でかい声が目の前の男の名を呼んだ。


「新開!」
「おう、なまえ」
「福から伝言!今日はミーティングからスタートね!」
「ん、分かった。ありがとな。」
「あと部活終わったらすぐ帰ってくれて大丈夫だから!わたし今日鍵当番だし。」
「いや、待ってるよ」
「でも遅くなるよ?新開お腹減ったらダメになるじゃん。」
「何だそれ。遅くなるなら尚更待たねえとな、送ってく。」
「男子寮のが遠いのに」
「いいんだよ、なまえだって仮にも女子だろ」
「仮にも?!」
「はははっ」
「笑っとけば許されると思うなよ!帰り絶対アイス奢らせてやる!パピコ半分こしよ!」
「今日俺手持ち少ねえんだけど」
「使えね〜!まぁいいや、今日はわたしが奢ってあげよう!じゃ、また放課後ね!」


「あ!ちょい待って荒北〜!」とまた叫ぶように言いながら教室を出て行った彼女の後ろ姿をじっと眺める。…元気だなぁ、という感想しか抱けなかったのは少し圧倒されてしまったからだろう。時折うちのクラスへやって来る彼女は、元気というよりも少し騒がしいと言った方が適切だと思う。
みょうじなまえさん。この階の一番端っこにある、福富と同じ1組の女子。チャリ部マネで、たまに部活中の姿を見かける。こうして新開やあの東堂とよく絡んだりもしているようだけど、これといった悪口は聞いたことがない。多分、そういうところの線引きが上手なんだろう。俺が女の世界に勝手な悪いイメージを持っているだけかもしれないが、みょうじさんが妬まれて攻撃されるということはそれほどないようで、むしろ友達と楽しそうにしている姿なんかをよく見かける。
特別可愛いってわけでも美人ってわけでもないけど、いつもあの調子で明るく笑っているイメージがあるから正直嫌いではない。新開と接している姿を見ていても、特別な感情を持っているわけではなく友達として仲間として話しているようにしか見えないから、何となく好感を持っていたのは嘘じゃない。
目の前で頬杖をついたまま、みょうじさんが去って行ったその先へ視線をやっている新開は、どうも見たことのない表情をしていた。元々の垂れ目を更に下げた柔らかい目尻と、いつしか女子が噂していた「新開くんの唇ってやばいよね」という厚ぼったい唇の端がきゅっと上がっている。そして、緩んだ頬がこれでもかというほどにその幸せそうな表情を強調させている。
これを見て、分からない奴は多分いない。


「…新開、おっとりしてる子が好きって言ってなかったっけ」
「ああ、それで合ってる」
「合ってるのか」
「…合ってる」
「みょうじさん、正直というか全くおっとりしてるようには見えねーんだけど」
「はは」
「お前の悪いとこ一つ教えてやろうか、都合悪くなったらそうやって笑って誤魔化すとこだ。誤魔化せてねーけどな。」
「…それはそれ、これはこれだろ?」
「何が?」
「理想と現実は違うってことだよ」


そういうのも、新開が言うと様になるんだからやっぱちょっとムカつくかもしれない。鞄の中から財布を取り出して、中身を確認しているその姿といえば。ああコイツ、全部顔に出るタイプか、って今更気付かされた。







今日とも今日とて何の生産性もない部活が終わった。元々やる気があって入ったわけじゃねーし、幽霊部員の多いおしゃべりクラブと化しているのも事実だから仕方ないだろう。グラウンドで走り回っているサッカー部が眩しくてたまらない。とか言って別に運動好きなわけじゃないけど。
今流行りのバンドの曲を聞きながら、玄関を出て校門の方へ歩く。あー腹減ったとどうでもいいことを考えながら視線を左へ向けると、そこには新開がいた。少し離れているから俺の存在には気がついていないらしい。アイツの髪色目立ってんなぁ、と目を凝らしたところで、誰かが新開の方へ駆けて来てそのままダイブした。目を疑った。
この場に立ち止まったままじっと新開と誰かの方を見つめる。はっきりとは見えないけど、新開は少し慌てているように見えた。というか、身振り手振りの落ち着きがない。新開にダイブしてそのまま背中へ腕を回して抱きついているような状態の相手は微動だにしないのに。…つか、え、やばくねあれ。
その一点へ目が釘付けになって、いつの間にか好きな曲が終わっていたことにも気付かなかった。イヤホンを片方外して、良くないと思いながらも耳を澄ましてしまう。…うーん、聞こえねー。
もしかしてフラれた相手か何かが質の悪い絡み方でもしてんのか?見る限りではまだ部活中か終わってすぐっぽいし、困ってんなら俺助けるべきだよな?あんなとこ誰かに見られたら、後々面倒なことになりそうだし。
善意(と正直興味本位)で新開の方へ足を進める。声が聞こえてくるくらいの距離まで近付いて、あれ?新開、と下手くそな偶然を装って声をかけようとしたとき、俺はとんでもないことに気付いてしまったのだ。


「っなまえ、ちょっ、一旦離れようぜ…!」
「やだ」
「誰かに見られたらどうすんだよ…!」
「いいし、見せびらかすし」
「そうじゃないだろ、なまえ、マジで、」
「だって新開また告白されてた、またお菓子もらってたしまた触られてた!」
「だからそれは、」
「新開がわたしのこと考えてくれてるのは分かってるし嬉しいけど!誰も知らないんだから、そりゃみんな新開のこと狙ってアクション起こすよ!やだ!」
「…けど、前なんか言われてたろ。呼び出されたりとか。」
「そんなの屁でもない!」
「なまえが悪く言われるのも、嫌な目に遭うのも見たくねえんだ。分かってくれよ。」
「現に今嫌な思いしてるんですけど?!」
「ちょ、声でかいぜなまえ…」


……えーっと、つまり、何だ。
混乱のしようがないほどに、どう見ても答えは一つだった。新開に抱きついている女子の正体は、みょうじさん。それを振り払うこともせずに、というかできずにって感じか。「なまえっ」と慌てた声を出しているのはやっぱり新開だ。新開とみょうじさんが。つまり、付き合ってんのか?!あの二人が?!
お互いにお互いのことしか目に入っていないのだろう。部活終わりの時間帯で、人通りがそれほど多くないことが救いだった。奇跡的に今あの二人を見ているのは俺だけ。
多分、今俺がすべき正しい行動は即座に見なかったことにして帰ることだと思う。…が、聞こえてくる見えている情報と、俺が今まで見てきた情報とがあまりにも噛み合わなくてついじっと二人を見つめてしまうのだ。
だって新開は、まるで女子に興味がなさそうだった。本人に聞けばあるとは言ったものの、寄ってくる女子への対応は変わらない。ロードが恋人だと言った言葉の通り、そういうもんなのかと思っていた。
そしてみょうじさん。元気で明るくていつでも笑っている、少々騒がしい子。チャリ部のマネで新開や東堂と関わりがあっても、“そういう目”で彼らのことを見ていないし、“そういう関係”があるわけでもない。だからこそネチネチとした女子特有の嫉妬もあまりなく、彼女の悪口もそれほど聞いたことがない。…のだと、思っていた。
俺の認識は、全て間違いだったということになる。多分俺だけじゃなくて、当人たち以外の全員が。


「わたし今日荒北に聞かれたんだよ!新開と何かあんだろって!」
「ま、マジか」
「大マジだから!いい加減そっちも限界だしさぁ!いい機会なんじゃないの?!」
「けど、」
「うるさい!新開がかっこいいから悪いんじゃん!だったらもう明日からイモい格好でもしてくれば?!一瞬でファンが減るような!」
「今褒められたのか俺」
「怒ってんだよ!!」
「わ、分かってる…」
「分かってないだろバァカバァカ!」
「靖友の影響だなそれ…」
「とにかくもうわたし隠さないから。心配し過ぎなんだよ新開は!」
「当たり前だろ!彼女の心配しねえ男がどこにいるんだよ!」
「だってわたしは新開の彼女でいることの方が大事だもん!新開と一緒にいることの方がずっと大事だっつってんの!何でわざわざ彼氏のこと狙ってる子の話を黙って聞かなきゃいけないわけ?!」
「……泣くなよ」
「泣いてねー!これは鼻水!」
「汚いな」
「汚くないし!これは綺麗な鼻水!」


わ、訳分かんねー…綺麗な鼻水って何だよ…。
ツッコみたい気持ちは山々でも、口に出すわけにはいかない。すっげームズムズする、俺こんなツッコミ体質だったっけ。いやもうこれ帰った方がいいな、俺こそ質の悪い盗み聞きをしているようなもんだ。堂々としたもんだけど。
俺は何も見てねーし聞いてねーし何も知らねー。言い聞かせるようにそう念じて、二人に背中を向けてからもう一度イヤホンを装着した次の瞬間だった。まだ曲を流していなかったせいで、少し聞き取りづらかったもののしっかりと耳にしてしまった。みょうじさんの「大体新開はっ」という変わらない怒声と、それに続く「んぅ」というどこか艶かしい声。
振り向かなくても、後ろで何が起こっているのかは想像がついた。つーか振り向くわけにはいかない。俺が死ぬ。何を動揺しているのか、手元が狂ってウォークマンを落としてしまったときにはもう遅かった。イヤホンが抜けて、流れている音楽が外へ漏れ出す。慌てて拾い上げたところでどうしようもないし、背中に視線が突き刺さっているのは多分気のせいじゃない。気のせいであってほしいけど。
あまりの気まずさに動けないでいる俺とは反対に、「よ、今帰りか?」と普段と変わらない声音で話しかけてきた新開は一体何を考えているんだ。みょうじさんの声が一切聞こえなくなったあたり、やっぱり俺はやらかしてしまったのだと察する。
ポン、と後ろから肩に手を置かれて思わずビクリと体を揺らした。やばいどうしよう、何かマジで振り向けねー……


「…?どうした?」
「……あのさ新開」
「ん?」
「俺、誰にも口外しねーから安心しろよ」
「え、あ、ああ…いや、別に、」
「でも一つだけ言わせてくれねーか?」
「どうし、」
「綺麗な鼻水って何だよ!」
「えっ」
「学校内でああいうことすんな!じゃあな!!」


クソダサい捨て台詞だと思った。でも、どうしても言いたかったんだから許してほしい。
いつもよりずっとボリュームを上げて音楽を流す。ガンガンと響いてくる音が、さっき見た光景の全てを忘れさせてくれるようだった。ぶっちゃけただの妬み嫉みだということは、俺自身が一番よく分かっている。
全てが覆ってしまった今、俺に残されていることといえば、さっさと飯を食って風呂に入って寝ることだけだ。新開のことはほんとにすげーと思うし、同性として憧れる部分はたくさんあるけど。でも、やっぱ、俺の中の健全な部分がそれを受け入れきれなかったみたいだ。
全てが覆ってしまった、今。


「…彼女欲しい」


ああ、クソダセー。
翌日、朝学校に行けば既に校内は「新開とみょうじさんが付き合っているらしい」という話題で持ち切りだった。どうやら俺も相当パニクっていたらしく、あの場にいたのは俺だけだと思っていたがそうではなかったらしい。
新開は堂々としたもんだった。本当なのかと何度も聞かれる問いかけにも飽きずにちゃんと答えているし、もう一切隠そうとすることもない。これだけ堂々とされてしまえば、逆に悪口の言いようもないだろう。
今までのが全部嘘だっつーんなら、どんだけ演技上手いんだよ二人して。決して口には出せない思いを飲み込みながら、俺はまたじっと彼女を眺めている新開の横顔を盗み見た。
…ああ、やっぱコイツ、気付かなかったのがおかしいくらい、全部顔に出てるわ。



スープが冷めない距離
(title by 草臥れた愛でよければ)
20160716