どうしてこんなことになっているのか。まずそもそもの原因を探ることから始める必要があるかもしれない。
どこか熱にうかされた瞳でわたしを見下ろすそいつを、わたしも負けじと睨み返した。…見下ろされているこの状況がとんでもなくヤバいんだけど、まぁ落ち着け。落ち着かなきゃ打開策はきっと見つからない。
小さく息を吐き出す。実はめちゃくちゃ動揺していることに気付かれないように、なるべく平静を装って、東堂、とその名を呼ぶ。一瞬、本当に一瞬だけど、東堂の喉仏が上下するのが見えた。
頭の真横、左右で拘束されてしまっている手はどう頑張っても解けそうにない。
………まぁ、落ち着け。落ち着け、落ち着くんだわたし。


「東堂、今自分が何やってるかは、分かってる?」
「…ああ」
「…とりあえず、さ、ね、落ち着こう?」
「俺は十分落ち着いている。」
「ノー。つか離せって言ってんだよつまり。」
「いや無理だ。もう引き返せん。」
「そう思ってるのは東堂だけだよ。大丈夫、わたし何にも気にしない、これからも変わらず東堂と友達で、」
「だから、それが無理だと言ってるんだ。」


あー。あー誰か助けて。
声にも出さずにそんなことを思ったって、もちろん都合良く助けなんて来るはずがなく。ましてやここは東堂の部屋だ。多分しっかりと鍵もかけられているだろうし、わたしがどうにかして逃げ出す以外手はない。
やけに真剣な目をしている東堂は、その真剣さで何かの欲望を隠しているような気がしてものすごくたちが悪い。この状況がまずいにしてもまだそれほどの危機感を感じられないのが逆に救いようがないような。
手だけじゃなく、足までもしっかりと動けないようにと上に乗っかられている。…何でわたし、東堂に押し倒されてんだろうか。そうだ、それだ、何でだ。
ただ普通に、いつもみたいにこっそり男子寮に忍び込んで、東堂の部屋で二人でゲームしようって。今日こそは負けんぞって意気込む東堂を今日も思いっきり負かしてやろうって、ただそれだけだったはずなのに。
こういう色気ある雰囲気から一番遠い関係だと、思ってたのに。
何がきっかけでこうなったんだっけ。最早それさえはっきりしていない。
わたしがどんなに睨んだって、東堂が上から退ける気配は微塵も感じられない。むしろわたしにはそんな気は毛ほどもないんだけど、まるで懸命に我慢しているかのようにぐっと眉間にしわを寄せて、わたしの手首を押さえる手に力を入れるばかりだった。


「東堂、怒るよ」
「なまえがそう言うときはもう既に怒っているんだろう。」
「…怒ってないよ。そんな余裕あったらね、とっくに東堂のこと何とかして蹴り飛ばしてる。」
「余裕に見えるが」
「見せてるの、東堂、分かるでしょ。」
「……俺は退けんよ。」


はぁ、と熱い息を吐き出した東堂に、とうとうわたしは体が固まった。…ような、気がした。
だって知らない、こんな東堂知らない。一体どこで東堂のスイッチを押してしまったんだろう。どんなに思い返したって全くその理由が見当たらない。本当に、いつも通り、だった。
じんわりと滲む涙は生理的なものだと思う。一筋だけ零れたそれに、目を見開いた東堂。それでもやっぱり引き返せないとでも言うのか知らないけど、ゆっくりと顔を近づけてきた東堂は、わたしの目元をべろりと舐めた。ひっ、と引きつった声が出てしまったのも、もう反射的でしかない。
…東堂が何を思ってこんなことをしているのかが分からなかった。おおよその予測はつくにしても、本人から直接その言葉を聞いたわけじゃないし、そもそもこういうことをしてもいい関係じゃないはずだ。
さっきから太ももに当たっている慣れない感触に、わたしはとうに気付いてしまっている。そうして今やっと頭の中で警告音が鳴り響いた。…これ、やばい、シャレになんない。
何となく、本当に何となく、わたしがこうやって東堂を見上げることによって逆に煽ってしまっているんだと分かったから、今度は目を逸らすことに必死だった。顔ごと横に向けて、ぎゅうっと目を瞑る。今東堂がどんな顔をしているのかも分からない。何を考えているのかも、全然。
気軽に部屋を行き来できる仲だった。異性の寮に入ることは禁止されているから、毎回毎回寮長の目を盗んでは二人でしてやったり顔をするような、そんなくだらない仲だった。
それが何で、こんな。


「…なまえ、」
「やだ」
「まだ何も言ってないぞ。」
「やだやだやだやだ…!!」
「…なまえ、こっちを見ろ。」
「嫌だ」
「……好きだ」
「っ、や、」
「…なまえは、嫌いか?俺のこと。」


どうしてそんな意地の悪い聞き方をするの。
嫌い、だなんて、そんなはずがない。きっと東堂はそれを分かっている上でわたしに問いかけてきたのだ。心底ずるいやり方だと思う。自分ばっかりそうやって、好き勝手やりやがって。
嫌いじゃないけど、そういう好きじゃない。なんていう言葉はもう通用しそうになかった。どうして東堂はそうやって極端な答えばかり求めるのか。今までの関係は一体何だったのか。何だか頭がクラクラしている、底なしの何かに落ちていくような感覚。本当にもう引き返せなくなっていることも十分に理解してるけど。
これがもしこういう形じゃなくて普通に告白されていたとしたら、これからも友達でいようなんていう選択肢も許されたのだろうか。どうして東堂は、こんな形を選んでしまったんだ。
どんなに嫌でも激しく音を立てる心臓が鳴り止むことはもちろんなくて、下手をすれば東堂にまで聞こえてしまいそうだった。顔も熱いし、涙出てくるし、わけ分かんない。
顔を背けたままだったからか、少し機嫌を損ねたかのような声で「なまえ、」とわたしを呼んだ東堂には答えず、ただ沈黙を貫く。これ以上何かを言えば見失ってはいけないものを自ら手放してしまいそうだったから。
それなのに、今度はわたしの首筋に顔を埋めたかと思えば、ぬるりとした何かがそこを這っていくのが分かってまたも変な声をあげてしまう。こんな声が自分の口から出たのだと思うと、恥ずかし過ぎて死んでしまいそうだ。
わたしの手首を掴むその手が、ピクリと動いた気がした。


「なまえ、」
「ひっ、や…しゃべんないでっ…」
「俺のものになってくれ、なまえ」
「…っ、でも、わたしはっ、」
「もう我慢ならんよ、いつもいつも嫉妬で狂いそうだ。友達は、やめたい。」
「…東堂、やだよ、ぅ、んっ…」
「好きだ、好きなんだ…なまえ」


東堂の舌が耳を這う。たまに耳たぶを噛まれて、それだけでもう、おかしくなってしまいそうだ。
荒くなっている息が直接耳元に響く。体中がゾクゾクして、意思とは反対に熱くなってしまう。嫌だ、嫌だ。嫌なのに、わたしの口から漏れる息も東堂と同じくらいの熱量を持っていた。
気付けばわたしはまた東堂へ視線を向けていて、気付けばしっかりと視線が交わっていて。
わたしが逃げないと確信したかのように拘束していた手首をあっという間に解放した東堂は、見たこともないくらいに優しくて残酷な笑みを浮かべていたように思う。
降ってきた唇に抵抗する暇も気力もなかった。柔らかく触れるだけのキスをして、離れる。


「…少し、余裕がない。優しくできんかもしれん。」


そう言ってカチューシャを外して前髪をかき上げた東堂は、わたしの友達なんかじゃなく、ただの男の人だった。



それは愛と言うな
(title by パニエ)
20150408