わたしにはどうやら、愛が重たい傾向があるらしい。確かに、自覚が全くなかったというわけじゃないけど、それでも好きだという気持ちばかりがどんどん前へ前へ出ていってしまうから、どうしようもなく抑えられなかった。
わたし以外の女の子とはあまり話してほしくない。わたし以外の女の子の連絡先は少ない方がいい。電話にはなるべくすぐ出てほしいし、メールにもなるべくすぐ反応してほしい。わたしだけを見て、笑ってほしい。もっともっと会いたい、声が聞きたい、触れていたい。
人はこれを“束縛”と言う。「なまえといるの疲れた。重い。別れてほしい。」と言った彼との最後はあっけなかった。すごくすごく彼のことが大好きだったはずなのに、その言葉を聞いた瞬間、わたしの中でも何かがプツリと切れるのを感じた。涙さえ出なくてただ一言、分かった、とだけ返して、わたしは彼に背を向けたのだ。
重いと言ってフラれるのは、これが初めてじゃなかった。
「女友達に相談してもね、それはなまえが悪いよ反省しなよって言われて終わるの。だからわたし、本当は嫌だったけど、隼人に相談しようって思って。」
「…おめさんの恋愛話聞く為に俺はこんな夜遅くに呼び出されたってわけか。」
「うん、ごめんね。本当は一人でやけ酒でもしてやろうって思ってたけど、段々腹が立ってきてね。これは隼人呼ぶしかないなってピンと来ちゃって、電話した。」
「まぁそれはいいとして、本当は嫌だったけどってのが俺の中で引っ掛かってる。」
「だって嫌だもん。ただでさえ隼人にはさ、もいっこ前の元カレにフラれたとき、泣きながら隼人ん家突撃して面倒かけちゃったし。挙げ句酔っぱらって吐いたし。」
「何を今更。慣れっこだよそんなの。」
「そー。んじゃ優しい優しい隼人さん、ご褒美にビールでも飲みます?」
「お、ありがとうございますなまえさん。」
冷蔵庫からビールを取り出して隼人に差し出す。柔らかい笑みを浮かべてそれを受け取った隼人は、早速プルタブを開けてゴクゴクと喉を潤した。喉仏が上下する度についつい見惚れてしまう。その姿をぼーっと眺めていると、不意に視線だけを寄越した隼人が、目を細めてみせた。
隼人とは大学で出会ってから何となく気が合って、気付けば一緒にいることが増えていた。隼人といる時間はものすごく楽だ。他の男と違って変に気を張らなくてもいいし、何より楽しい。会話が尽きない。わたしのどんなにつまらない話でもうんうんと頷いて聞いてくれる隼人は本当に聞き上手だと思う。たまに料理を振る舞うときも、必ず「美味しいよ」と言って完食してくれるし、何なら足りないとまで言われる始末。始めのうちは隼人の胃のでかさに驚きっぱなしだったけど、今となってはそれさえも慣れてしまった。
つまり、とてもいい友人関係を築けている。他の男のように気を張らないでいいというのは、隼人をそういう目で見る必要がないからだ。どこまでも居心地がよくて、大好きな存在。最早何というか、わたしにとって隼人は酸素みたいなもので、必要不可欠な存在なのだ。
それでもたまに思う。隼人はかっこいいし、ものすごくいい奴だ。これだけそばにいて、これだけ隼人の優しさに触れて、よく好きにならないなわたし、なんてことを。そして隼人にも恋人という存在はいない。恐らくではあるが、その原因の一つにわたしのせいというのもあるだろう。
言ってみれば、わたしは軽く隼人に依存しているのだと思う。でもそれは別にマイナスな意味ではなくて、しっかりと友人として隼人のことを好いている、そういうことだ。
「隼人、今日このまま泊まってく?てか何で来たの?」
「ロード」
「相変わらず隼人はすごいな。うちから隼人ん家までそんなに近くないよね?」
「ん、そだな。飛ばして20分」
「わー、さすが。さすが…箱根の直線鬼?だっけ。」
「寿一から聞いたのか?」
「そうそう。寿一くん」
「ふうん」
「で、隼人、どうする?」
「泊まる。なまえの話、長そうだからな。」
「ふふ、じゃあ夜通し聞いてもらおうかな〜。」
「勘弁してくれよ、明日も昼から部活だ。」
あれだけ落ち込んでいた気分も、隼人といると何となく和らいだ気分になる。というか多分、実際和らいでいるんだと思うけど。これじゃあ隼人を呼んだ意味、なくなっちゃうかな。
手に持っていたままだった酎ハイを開けて、わたしもゴクリと一口。少し前に隼人が薦めてくれて飲んでから気に入った酎ハイだ。甘すぎず、ちょうどいい。さっぱりとしたそれは何だかこのセンチメンタルな今日には持って来いだった。…まぁ、別に、平気なんだけど。
「あのさなまえ、」と口を開いた隼人に、ん?と耳を傾ける。いつもならわたしが話し出すのを待つか、どうしたんだって話を促すのが隼人なのに珍しいこともあるもんだ。缶を机の上に置いて隼人へ視線を向けると、その頬はほんのり赤く色づいていた。…酔いまわるの早くない?
「俺さ、たまに思うことがあるんだ。」
「なに?」
「どうしてなまえは、俺の彼女じゃないんだろうって。」
「…うん?」
「前の彼氏も今回の彼氏もさ、なまえ男見る目ねぇなって。こんなになまえが愛してんのに、何でそれを受け止めてやる度量がねぇんだって。思ってた…っつか思ってる今も。」
「や…でも他に話したら、満場一致でわたしが悪いって意見ばっかだよ。それなりに自覚もあるっていうか…まぁ、それがやめらんないからこうなってんだけど。」
「じゃあもうなまえ、俺にしたら?」
どんなタイミングなのか、キッチンに置きっぱなしになっていた空き缶がカランと落ちて音を立てた。
隼人が言った言葉が脳内で反響する。わたしだって似たようなことを考えることはあるし、それについては何も言えないけど。…え、どういうこと。
あまりに突然過ぎて、わたしはとりあえず隼人の手に持たれている缶を奪い取った。…ら、中身はもう既になくて、勢いがよかったせいかベキャと潰れる音がした。…でもまさか、缶ビール1つで酔ってるなんて言わないでしょ?
目を丸くして隼人を見つめる。隼人もしっかりとわたしを見据えて、いつものようにへらりと笑った。
「俺、なまえの彼氏になりてぇな。」
「…どーいう、」
「実は俺も結構独占欲強いっつうか、今まで我慢してきたけどさ、もういいんじゃねーかな〜と思って。」
「隼人、」
「なぁなまえ、俺と付き合お」
しっかりと張られていたはずの境界線がなくなった瞬間だった。変わらず頬を赤くしたまま、今度は耳まで真っ赤にした隼人が優しく笑う。「もう1本ちょうだい。」と缶ビールを強請る隼人はいつも通りなのに、それさえ照れ隠しのように見えてしまって仕方ない。
そしてわたしは思い出した。独占欲が強いという隼人の言葉。…わたしが彼氏と二人でいるときたまたま隼人と会ったら必ず話しかけられていたし、必ず一度は頭をポンと撫でられた。もちろんわたしにとってそれは何てことない行為だったのだけど、彼氏とはその後少し気まずい雰囲気になるし、そういえば前の前の彼氏なんかは別れるときに隼人の名前を出してきたりもしたっけなぁ。
合コンに誘われたって隼人はそんなもん行く必要ないだろって阻止してきたり、他の男友達と話していれば必ず隼人が入ってきたり。思い返せばキリがないような気がする。だってわたしは、本当に何てことないもんだと思っていたから。
恥ずかしさとか驚きとか、そんなものはなかった。わたしと隼人の間にはもうそういう新鮮な気持ちはあまりない。ただただ妙に納得して、隼人の言葉や気持ちがすんなりとしみ込んでくる。
それでも何だかぼうっとしてしまって何も言えずに隼人を見つめていると、隼人は立ち上がったかと思えばわたしのすぐそばに来てまた、いつものようにわたしの頭を撫でた。
「きっとなまえには、俺がぴったりだ。」
「…わたし、めんどくさい、」
「何回なまえの話聞いてると思ってんだよ。俺がなまえを好きなんだ、束縛なんてドンと来いさ。」
「絶対隼人、付き合ったら嫌になるよ。」
「…信じてないな?」
「うーん…だって、」
「じゃあ、俺、今目の前で他の女の子の連絡先消そうか。」
「えっいや、やめて!!やめて!!絶対やめて!!」
「何で?」
「……わたし、隼人のこと大好きだもん。そういう重荷にはなりたくない。」
「はぁー、なまえの好きは軽いな〜。」
「はっ?!」
「俺のが、なまえより何倍も何十倍も、重いよ。なまえのことが大好きだ。」
そう言って腕を広げた隼人は、「おいで」とやっぱり笑った。もうへらへらなんてしていない、いつもの柔らかさもどこか少なくて、まるで何かを確信しているかのような深い深い笑みだ。
もう、何ていうか、敵わないなぁ。
わたしは机に置いていた缶酎ハイを一気に飲み干した。ほんの少しのアルコールが体中に染み渡っていく。
すん、と鼻を鳴らして、わたしは思いっきり隼人の胸へ飛び込んだ。腰に回された腕に心底安心する。その腕にぎゅうっと力が込められて、何故だかわたしはぽろぽろと涙をこぼして泣いてしまった。
「…わたし酔ってる」
「はは、酔ってんのかもな。俺より飲んでないけど。」
「隼人、」
「うん。」
「…付き合う」
「よっしゃ」
あれだけ大事な友達だって思ってたはずなのに、失恋って怖いなぁ。いろいろすっ飛ばしてる気がして仕方ない。
…でも、「なまえ」って耳元で囁くようにわたしを呼んだ隼人の声があまりにも優しくて、柔らかくて、心地よくて。ああ、好きだなぁって思ってしまったから、きっとわたしの選択は間違いなんかじゃない。
応えるようにわたしも隼人の背中に腕をまわせば、初めて胸が高鳴った。
こんなにも余裕があるのだから、隼人は始めからずーっと、全く酔ってなんかいないのだ。
お互い様って言葉じゃ、わたしたちは語れない。
わかりあえていたんだよ
(title by 白猫と珈琲)
20150424