「山崎さんってぇ」
「なに?」
「何歳なんですか?」
「どうしたの突然」
「何となく気になっただけなんですけど、あれですよね、二十代前半とかそれくらいですよね知ってます。」
「うーん…俺そんなに若く見える?嬉しいけどさ」
「えっ…えっ?!」
「つーかなまえちゃん、ツッコまない方がいいのかなって思ったから何にも言わなかったけど、洗濯物全部地面に落ちてるよ。」
「いや山崎さん?!えっ何歳ですか?!」
「32」
「32?!」
「ははは、そんなに驚く?」
「32?!?!?」
「……そんなに驚く?」
屯所の庭に雷でも落ちたんじゃないかと思った。わりとガチで。それくらいの衝撃だったし、地面に落っこちた洗濯物のことなんて気にもならない。…あ、いややっぱ駄目、副長にどやされるのだけは勘弁。
散らばった洗濯物を慌てて拾い集めながらも、わたしの脳内を完全に支配してしまった山崎さんが邪魔をする。「あーあ、副長のスカーフ洗い直しだなこりゃ」と言いながらそれをわたしに手渡してきた山崎さんに、どうも、と動揺を隠せないままに返事をした。…どうもって、いや、それどころじゃなく。
真選組で女中として働き出してから結構経つけれど、隊士の皆さんの年齢なんてそれほど気にしたことがなかった。だって仕事には関係ないし。知らなくたって生きていけるし。女人禁制というルールがある真選組に女がいることが珍しいからか、わたし含め女中のみんなと隊士の皆さんとの関係はなかなか良好に築けているし、結構良くしてもらっている。ご飯連れてってもらったりとか。だからといって別に、年齢なんか気にしたことがないのだ、本当に。
つまるところ最初に言ったように、ただ何となく聞いただけの質問だった。洗濯中にたまたま山崎さんに会って、これからお昼休みだという山崎さんとちょっと立ち話をして。その中の何てことない、ただの会話の一環であるはずだった。あるはずだったのに。
……山崎退、32歳。なんっつうとんでもない事実を発掘してしまったんだろう。23歳の間違いなんじゃないですか。
「…あの、なまえちゃん?目が血走ってるけど…」
「23歳の間違いなんじゃないですか」
「誰が自分の年齢をそんな大幅に間違えるんだよ」
「…えー…ガチかよ…なんかショックなんですけど…」
「ショックって何が」
「わたしの中の山崎さん像がガラガラ音を立てて崩れていく…」
「歳だけで?!」
「だって…三十路を越えた男が毎日まだ成人もしていない十代の男にいじめられてるとか可哀想過ぎて見てられないですよ。」
「え、そういうショック?」
「そして彼女なしの童貞?」
「疑問形にするくらいなら最初から言うなよ…」
「まぁそのへんは想像にお任せするけどさ…」と少しだけ項垂れてしまった山崎さんを見てわたしは確信した。何をかはあえて言わないでおこうと思う、山崎さんの名誉の為に。
それにしても、だ。ふむ、とわざとらしく顎に手を当てて考え事をするポーズで山崎さんの顔をじっと見つめる。…これが本格的な童顔ってやつなのだろうか。どこからどう見ても三十代には見えない。むしろあれ、わたしと同い年くらいなのかな〜って勝手に思ってる時期もあったのに。
まさに穴が空くほど見つめ過ぎたせいか、どこか恥ずかしそうに視線を斜め下に持って行きぽりぽりと頬を掻いた山崎さんに、わたしは更に眉を顰めることしかできなかった。目の前にいるこの人が23歳じゃなくて32歳なのだという事実をなかなか受け入れられないでいる。というか23と32を聞き間違えるとかまず厳しい。
…でもそう言われてみれば頷ける部分も正直あった。副長からあれだけ理不尽な理由でどやされても、沖田さんからあれだけ理不尽な攻撃を受けても、真選組のトップであるはずの局長のあれだけだらしない姿を見ても、何の文句も言わず…というのは大袈裟かもしれないけどそれでも、少々寛容過ぎるんじゃないかってくらい、最終的に困ったように笑っているのが山崎さんだった。
その寛容さは山崎さんの人柄から来ているものだと思っていたけど、それだけじゃなかったのか。そうか、ひどい幹部より山崎さんの方が年上だから。そうか……にしても、今考えたことがもし漏れでもしたらわたし即死だな。主に沖田さんの手によって。
「山崎さん縁談とかないんですか」
「今度はなに……言っとくけど俺、物理的攻撃より精神的攻撃の方が弱いからね。」
「……山崎さん、縁談とかないんですか」
「見事に畳み掛けてきたな」
「だって副長や沖田さんには来るじゃないですか、縁談。それもいいとこのお嬢さんだったりしますよね。」
「そりゃ副長も沖田隊長も幹部な上にイケメンだから」
「わたしは山崎さんの顔結構好きですけど」
「…あーうん、ありがとう」
「なに照れてるんですか」
「いや照れるだろ」
「ていうか山崎さん、時間は大丈夫なんですか?」
「あっマジだ。なまえちゃんお昼は?これから?」
「はい、洗濯物干したら休憩です」
「そっか。じゃあ手伝うからさ、一緒にご飯食べない?奢るよ。」
「マジですかやったぜ。マッハで片しますね!」
「はは、単純だなぁ」
何か聞き方によっては貶されたような気もするけど、これからタダ飯が食べられるんだからそんなことはもうどうでもいい。さすが三十路越え。調子のいいことばかり言っているのは自覚済みだ。
山崎さんの言う通りとても単純なわたしは、いつもよりずっとテキパキとした動きで洗濯物を干す。それを笑いながら見る山崎さんも慣れない手つきで手伝ってくれている。…ほんと、わたしがこんなことを言うのもおかしいけど、山崎さんにこそ素敵な縁談話が来てもおかしくないと思うんだよなぁ。わたしだったら絶対、副長より沖田さんより山崎さんを選ぶ。人間顔だけじゃないってね。
洗濯かごの中に残った最後のバスタオルへ手を伸ばせば、同じようにそれを取ろうとした山崎さんの手とぴったり重なった。うわあ、こんな少女漫画みたいなことってあるんだ〜と少々冷めた感想を抱きながらも、「あ、じゃあ山崎さんお願いします」と人任せにして手を退ける。その間にさっさと着替えてこようかと思ったのだけど。
山崎さんがバスタオルのしわを伸ばしているのを横目に、洗濯かごを持ってこの場から離れようとすれば、「なまえちゃん」と不意に呼びかけられて思わず足を止める。返事をしないまま顔だけ向けると、山崎さんはいつものように少し眉を下げて困ったように笑っていた。
…考えてみれば、この顔がわたしに直接向けられるというのは初めてのことかもしれない。今までずっと、見ているだけだったから。
「なまえちゃんは、俺に結婚してほしいの?」
「…いや、突然何ですか」
「何となく?そうなのかな〜と思って」
「結婚してほしいっていうか、普通に不思議に思っただけです」
「ふーん、そっか」
「何ですか…」
「ううん、別に。ほら、さっさと着替えておいで。俺は門のとこで待ってるから。」
「何なんですか!!」
「何でそんなに怒ってんの?!」
「32歳!」
「何だよ!!」
「焼肉定食食べたい!!」
「よし分かったいつもの定食屋に行こうか!」
うん、と勢いよく頷いてわたしは重ねられた洗濯かごを持ち直した。男所帯である真選組は毎日洗濯物が多くて、かごを3つも4つも使わなければ足りないくらいなのだけど、それを重ねていれば前方不注意にもなり得ない。まだ慣れていなかった頃、思いっきり副長にぶつかったときは死を覚悟したんだっけ。
…ていうのは正直どうでもいい話で、そう、どうでもいい。山崎さんおまえ、やってくれやがりましたね。気付かれていないとでも思っているのなら、それはあれだ、監察失格だ。
不思議に思っただけ、って言った瞬間、山崎さんは安心したように小さく息を吐いた。そして、下がっていた眉が元に戻って、いつもわたしに見せる表情になった。本当に一瞬の出来事だったから、もしかするとわたしの見間違いだったのかもしれないし、もしかするともしかするのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていたせいか、自ら死亡フラグを踏んでいたことに気付けなかった。ドン、と洗濯かご越しに衝撃が伝わってきたかと思えば、「うおっ?!」という聞き慣れた声がして、ぶわっと冷や汗をかいた。やばい。
「みょうじ、またお前か」
「副長ううう、すみませんんんん」
「ったく、気ィつけろよ…ところでみょうじ、ザキ見なかったか。」
「え、山崎さんなら多分すぐそこに…」
「オイ山崎ィ!!おめーまた縁談断ったってほんとか?!」
「副長早い……………てか、え、」
また縁談断った?…また?
怒鳴りながら横を通り過ぎていく副長のまさかの発言に、わたしはついに持っていたかごを地面へ落とした。どんがらがっしゃんとひどい音を立てて落ちたそれに、「またおめェか」と木陰で寝ていたらしい沖田さんがアイマスクを外しながら出て来た。いや働けよ。
後ろの方で「だから副長!俺には心に決めた相手が…!」「あァ知ってるよアイツだろみょうじだろ?!」「声でけーですよ副長!!」「知るか!別に受けろって言ってるわけじゃねェんだぞ!せめて一度くらい行くだけ行けっつってんだ!近藤さんの面子の為にも!」「そんなこと言われたって…」「山崎ィ!!」「ふぁい!!」……目の前でやけにニヤニヤしてる沖田さん超腹立つ。腹立つけど、確かにちょっと笑えてきた。
ほんとに声でけーですよ副長…と思いながらも、わたしも負けじと大きな声で「沖田さーん、わたしにも何かいい縁談話ないですかね〜!!」とわざとらしく話しかける。途端に面倒くさそうな顔をした沖田さんは本当にいい性格してると思うよ。ていうかちょっと棒読み過ぎたかな。
また遠くで「副長おおお!」と山崎さんが叫んだのが聞こえたとき、わたしは堪えきれずぷっと吹き出してしまった。わたしに単純だって言うけど、山崎さんも大概だと思う。
ぐうう、と鳴り出したお腹が焼肉定食を今か今かと待ちわびているようだった。
近々来るのであろう“縁談話”に思いを馳せながら、とりあえずタンスの奥にしまいっ放しになっているであろうとっておきの着物を引っ張り出しておこうと心に決めた。
私が歩けば世界が回る
(title by パニエ)
20150805