※学パロ(3Z)
いっそのこと、嫌いになりたい先輩がいる。
「沖田先輩、いますかっ!」
他のクラスとは比べ物にならないくらい騒がしい教室内に声を届けるには、それなりの声量がいる。わたしの声に気付いた妙先輩が、ニコニコとした笑みを浮かべながら「あらなまえちゃん、こんにちは」と声をかけてくれた。それに続いて神楽先輩もこちらへ来て、「またサドにコキ使われてるアルか?」と眉間にしわを寄せてわたしを見ている。…まぁ、コキ使われてると言えばそうなんだけど。全く嫌じゃないから悔しいというか。
…全く嫌じゃないどころか、喜んでいるわたしがいるから、もう何というかめちゃくちゃ悔しいというか。
「今日は何アルか、またパシられてるアルか」
「違いますよ!今日はお弁当です」
「お弁当ォ…?作ってきたアルか?」
「はい…昨日そう言われたので…」
「ハーッ!!あのクソサドやり方が汚いネ!お前もお前アル!ホイホイ素直に言うこと聞くからサドも調子に乗るネ!」
「まぁまぁ神楽ちゃん、沖田さんもなまえちゃんもそういうお年頃なのよ」
「お、お弁当作ってきたの、そんなにいけなかったでしょうか…パシリになるななら分かるんですけど…」
「いいわけないネ!私に食わせろヨ!」
「それ神楽先輩の食い意地が張ってるだけじゃないですかあっ!」
「でもねなまえちゃん、神楽ちゃんの言うことも一理あるわよ。沖田さんと進展したければ、言うことを聞いてるだけじゃどうしようもないもの。たまにはなまえちゃんから何かを仕掛けてやらないと」
「何かって言われても……って、待ってください」
「? どうかした?」
「し、進展って何の話ですか…」
「あら、バレてないとでも思ってるのかしらこの子…」
「鈍臭くて鈍感で能天気なのがなまえアル、気付いてないのなんかサドとバカなヅラくらいネ」
「え、悪口のオンパレード…!もうヅラ先輩しか信じられない…」
「ヅラじゃない!桂だ!」
いつものセリフが聞こえてきたけど、聞こえないフリをした。…いや、今までの会話の中で薄々そんな気はしてた。してたけど、こうやってはっきりと言葉にされたのは初めてだったから、ちょっと動揺して…だって土方先輩も近藤先輩も、山崎先輩も知ってるってことだよね?そうなってくると、あの鋭い沖田先輩が気付かないはずがないのでは?同じ剣道部だし、仲良しだし…わたしの話題が出るとまではさすがに思わないけど、そういう話をすることだってありえるわけで。というかもしかして、わたしって分かりやすいのかな?いや確かにこんな毎日会いに来て(半ば強制的だけど)、言われた通りに尽くしてたらそう思われるのも無理はないか…というか客観的に見たわたしってものすごく可哀想なのでは?
ぐるぐるとマイナスなことばかりが飛び交う脳内をどうにか整理しようとしているわたしの横で、「お腹空いたアル、弁当くれヨ」といまだに諦めていなかったらしい神楽先輩が話しかけてくる。ダメですよ、と制しながらも、このお弁当を渡すはずの沖田先輩の姿は見えない。確かにはっきりとした約束はしてないけど、4限目終わった途端に教室飛び出してきたのになぁ…なんやかんやこうやって楽しみにしてしまっている自分がいるから、まぁ確かに、妙先輩の言うことも否定できないんだけど…
やっぱりぐるぐると考えを巡らせていたわたしの頬に、不意にひんやりとした冷たさが襲った。わっ、と声を出してしまったわたしの耳に、「遅ェ」という聞き慣れた声が届く。
「昼休みの10分前には待機しとけよ」
「まだ授業中ですよ!てか今日はわたしが待った方なんですけど!」
「土方の下駄箱に細工してたら遅くなった」
「何してんですか!わたし結構早く来たはずなんですけどまさか授業中からですか?!」
「嫌がらせも時には労力と時間が必要なんでィ…」
「そんな切なそうな顔されても!また坂田先生に呼び出し食らいますよ!」
「うるせェ豚だなァ…」
「うるせぇ豚?!」
「せっかくおめェの大好きな抹茶オレ買ってきてやったのになァ…」
「え…そんなこと一言も言ったことありませんけど…ありがとうございます…」
今日からわたしの好きな飲み物は抹茶オレになったらしい。さっき感じた冷たさの正体が分かって、何だかむず痒い。…だってね、神楽先輩、聞いてよ。結局沖田先輩だって、こうやってわたしを甘やかしてくるんですよ。ものすごくたまにだけど。飲み物くれるなんて、明日大雪でもおかしくないけど。…ああ、嬉しい。
わたしのそんな思いも筒抜けなのか、呆れたような表情を浮かべた神楽先輩が「抹茶とか趣味悪いアル、いちごにしろヨ」と文句を垂れている。それをガン無視した沖田先輩が、「行くぞ豚」と言いながらわたしの手を引いた。手を引くというかまぁ、無理やり引っ張られているような形ではあるけれども。相変わらず豚扱いされているけれども。…でも、だけど。
死んだ魚のような(坂田先生のような)目でこちらを見る神楽先輩と、にっこりと笑ったままひらひら手を振っている妙先輩にぺこりとお辞儀をして、足早に歩く沖田先輩の隣へ並んだ。向かう先はきっと屋上だろう、今日めちゃくちゃ天気いいし。
こうやって、沖田先輩の方からわたしに触れてくれたり、沖田先輩の方から何かとわたしを構ってくれたり。それがどんな形であれ、ほんとにわたし、嫌じゃないんですよ。今日だっていつもより早起きしてお弁当作るの、楽しかったし。「明日弁当、卵焼き甘いの不可」とだけ書かれたラインが届いたときも、ムカつくより先に嬉しかったくらいなのだ。…いいんです、都合のいい後輩でも。今だけは。この関係に満足してるし、浸ってたいんです、わたしは。
沖田先輩がこんなに構ってくれるのなんて、わたしだけじゃないですか。多分、今のとこ。
「弁当は」
「開口一番それですか…どうぞ」
「どうも」
思った通り屋上に着いて、フェンスを背に二人並んで腰をおろした。無言で弁当の包みを開く沖田先輩を、心地のいい日差しがキラキラと照らす。わたしはそれが眩しくて、つい目を逸らしてしまった。…この横顔は何度見たって慣れない。だってかっこいいんだもん沖田先輩…仕方ないじゃん…。
そのまま顔を俯けて、誤魔化すように自分のお弁当の蓋を開いた瞬間、ぐいっと思いきり頭を掴まれた。その手はもちろん沖田先輩のもので、わたしの顔は首ごと無理やり沖田先輩の方へと向かされる。いつものポーカーフェイスと視線がかち合ったかと思えば、「卵焼き、いい味付けでさァ」と褒めてくれたのはいい。いいんだけど、ほんとにマジでこの人は手加減というものを知らないのか。というかいつの間に卵焼きつまんでたんだ。
いだだだだ、と痛がるわたしを見ては嬉しそうに口角を上げるような人を、どうしてわたしは好きになってしまったのだろう。神楽先輩曰く、わたしは根っからのマゾらしいが、絶対にそれだけは否定したい。沖田先輩に自然に順応したらこうなってしまっただけです。…あれ?だからそれが所謂マゾ化なのでは?
「アホ面してらァ」
「誰のせいですか誰の!いででで!!ちょっ!」
「お前、卵甘い派?だし巻き派?」
「甘い派ですけど!!」
「今日からだし巻き派になりますと言いなせェ」
「なぜです?!だし巻きも好きですけどなぜです?!」
「俺がそうだから?」
「語尾にハテナつけるくらいなら言わないでくださいよぉ…!」
ジャイアニズムがひどすぎる。味覚まで支配されかねないのか。
既に飽きたのか、ぱっとわたしの頭から手を離した沖田先輩が「ウインナーはタコにしなせェ」とただ半分に切られただけのそれを箸で口に運びながら言う。…タコて。命令口調で急に可愛いことを言うなよ…。
はぁ、とため息を吐きたくなったのを堪えて、素直に「分かりましたよ」と返したわたし、なんて健気なんだろう。これはもうマゾではなくてただのいい子だと思います。そうに決まってる。
そこまで考えてはっとした。…もしかしなくても、次があるということだろうか。だし巻きじゃなくて甘い派だし、ウインナーをわざわざタコにするなんて面倒くさいけど、沖田先輩はまたわたしの作ったお弁当を食べたいと思ってくれている、ということでいいのだろうか。いつも気まぐれで発せられる沖田先輩の言葉に何度踊らされたかも分からないのに、単純なわたしはこれだけでもう満足してしまった。別に、直接そう言われたわけじゃないけれど。
同じおかずが入っている自分の弁当箱からつまんだアスパラベーコンの味が少しだけ濃い。ちらりと横目で隣の弁当箱を覗いてみれば、もうそれは食べられた後だった。てか食べるの早っ、わたしが1/3食べてる間に、もう半分以上食べてる感じ。どうでもいいところになぜか男を感じてしまって、どうでもいいときめきが胸を支配する。…うん、やっぱわたし、能天気なのかもしれない。
「…土方先輩の下駄箱、どんな細工したんですか」
「普通に接着剤で靴と棚くっつけただけでさァ」
「どこが普通なんですか…」
「土方の野郎も懲りねェからなァ…」
「いやそれ沖田先輩が言われる側では?」
「こないだお前、土方に勉強教わってたろ」
「え、まぁ、はい…土方先輩頭いいし」
「俺の方が頭いいけどな」
「え…そんな潔く嘘つきますか普通…」
「こんなに頼れる先輩がいるにも関わらず何であんなマヨ臭い野郎のとこに行くかねェ…」
「……頼れる先輩…?」
「本気で困惑してんじゃねェよ鼻フックされてェのか」
そう言いながら、弁当包みの上に置いていた飲みかけの抹茶オレを手に持って、ごく自然に飲み出した沖田先輩に唖然とする。それ…わたしの……、その思いが言葉になることはなく、ただただ先輩の上下する喉仏をぼーっと眺めることしかできない。いや確かに沖田先輩がくれたものではあるけど、そうじゃなくて。
間接キスじゃん、なんてそんなピュアなことを口にしたら、今度こそ神楽先輩に「いい加減にするアル」って絶妙な力加減で殴られてしまいそうだ。あれはほんとに痛いんだ。
そう、わたしよく考えて。今更こんなことで動じてはダメ。散々振り回されてきたじゃないか、今更、間接キスの一つや二つ……
「あっま…お前よくこんなもん飲んでんな…」
「せっ先輩が買ってきたんでしょ!」
無理無理無理、気にしないとか無理。
再び同じ場所へ戻ってきた抹茶オレは、おそらくまだ半分くらいは残っているはず。つい力が入ってそれが声にも出てしまったけど、「おう、感謝しなせェデブ」と返してきた沖田先輩はいつも通りだ。悲しいようなほっとするような、決してデブじゃないと言い返したいような、よく分からない感情に襲われながら、なぜかわたしは勢いのままに抹茶オレを手にした。え?なんで?
パックを持ったのにそれを飲まないのもおかしいだろう。ドキドキとうるさいくらいに鳴る心臓を無視して、ストローを控えめに咥える。いやだって、沖田先輩が飲む前からわたしが飲んでたわけで、もう既に間接キスは成り立っているわけだから今更ドキドキしたって特に何も状況は変わらないし…。自分でも訳が分からないくらいに純粋なこの思考を今すぐにでも破壊してやりたい。神楽先輩でも誰でもいいから、上手に記憶がなくなるくらいの力でわたしを殴ってください。
ごくん、とやっとの思いで一口だけ飲んだときには、沖田先輩の弁当箱はもう空っぽになっていた。
「ごちそうさま」
「はい…」
「なに疲れた顔してんでィ」
「そりゃ…疲れもしますよ…」
「なんで」
「…なんでも」
「あっそ」
「なんてそっけない返事…」
「てっきり間接キスだァ〜はわわどうしよォ〜ってなってんのかと思ったのになァ〜」
「わたしどんなキャラ……っじゃなくて!全然違います!!」
「あっそ、残念でさァ」
確信犯かこの男…!ついいまだ手に持っている抹茶オレのパックを握りつぶしてしまいそうなくらいには苛立った。毎回毎回!この調子で!まぁ喜んでるわたしもわたしなんだけど!もう!そう!結局喜んでるわたしがダメなんだろうけど!マゾ呼ばわりされても仕方ないんだけど!でもやっぱ、沖田先輩も沖田先輩だと思いません?!ねえ!神楽先輩!妙先輩!
心の中でどんなに問いかけたって答えが返ってくるはずもない。そして何より、今ので何となく分かった。
この男、わたしの気持ちを知っている。確実に気付いている。間違いない。沖田先輩の最悪な性格を考慮した上で言える、間違いなく、わたしのことを弄んでいる。最悪だ、マジで最悪だ。仮にも好きな相手に対して使う言葉じゃないけど、最悪のクソ野郎である。土方先輩の方が余程かっこいい。…多分、一般論は。
そもそも、都合のいい後輩になりたがっていたのはわたしの方だ。今の関係を甘んじて受け入れているのもわたし。文句を言うのもお門違いなのかもしれない。…だってわたし、例えどんなにひどいことをされたって、沖田先輩のことを好きでいられる自信が、そんないらない自信があるんです。やっぱマゾなのかな、嫌だな。
一人で勝手にセンチメンタルになって、はぁ、と今度こそ深くため息を吐いた。ほんと、どうしてこんな人を好きになってしまったかな、わたし…顔に騙された…だけじゃないはずだけど。
告白すらしていないわけだし、失恋こそまだしていないものの、どう考えたって脈があるようにも思えない。思えるわけがない。今のままでいいって散々思ってきたわたしが言えたことじゃないけど、沖田先輩は一体どういうつもりでわたしに構ってくれるんだろう。…くれるっつったら何か腹立つな、どういうつもりでわたしに構ってきやがるんだろう。
一度だけ、神楽先輩にそう問いかけたことがある。まぁ、想像していた通りまともな言葉が返ってくることはなかったけど。「聞く相手間違ってんだろ」とだけ言われて終わった。そりゃそうだ、って納得して、そのまま。
「…沖田先輩、お弁当美味しかったですか?」
「まァ」
「…また食べたいですか」
「まァ」
「明日作って来たらまた一緒に食べてくれますか」
「気が向いたら」
「……ひどすぎる…無理だろこれ…」
「なにが」
「自分に呆れて悲しくなってきたんです!沖田先輩には分かりませんよ!!」
「マジで急すぎて何も分かんねェや。情緒不安定だな、生理か?」
「最悪!最低!」
今までで一番でかい声が出た気がした。あまりのデリカシーのなさ!分かってたことだけど!
あわよくばまた沖田先輩から誘ってくれないかな〜とか、美味しかったよまた食べたいって言ってくれないかな〜とか…そんな淡い期待を抱いてしまったわたしの負けだ。学習しないにも程がある。この人はこういう男なのに。今更どうにかして都合のいい後輩ポジションから抜け出そうなんて、遅すぎたんだ…もう完敗ですよ、何をどうしろって言うんですか、教えてください妙先輩……
今日何度脳内で登場したか分からない先輩たちに脳内でしくしくと泣きつく。そうだよなあ、誰より懲りてないのはわたしなんだよなあ。お前もほんと懲りねぇなって、言われるべきはわたしなんだよなあ。
……いっそ、フラれた方が身のため?これ以上今を続けたら、ほんとにもう戻れなくなる気がする。それこそ今更なのかもしれないけど。
勢いだけでそんなことを言うのは良くないと、まだ理性のあるもう一人のわたしがわたしに制止をかけている。いやでも、悩んできた結果が今だよ。いい加減わたしも目を覚まさないと…
間接キスなんか比じゃないくらいに、嫌な音を立てる心音がうるさい。「あー、土方の上にだけ上手く隕石落ちてくんねェかな〜」とすっかりいつもの調子で土方先輩を殺そうとする沖田先輩の、手を……って思ったけどそんなの無理で、制服の裾をちょんと控えめにつまんだ。こんなときにまで情けない…
…だって、よく考えたら、わたしから沖田先輩に触れるなんて、初めてだ。
沖田先輩、と心なしか震えている声で名前を呼んだわたしに、当の本人は返事すらしてくれない。だけどまぁ、わたしも今先輩の顔見れないし、何だっていいや。
「…わ、わたしのこと、どう思ってますか…」
「……どうって」
「多分、てか絶対、沖田先輩もう気付いてますよね?!その上でわたしのことからかってるのかもしれないですけど!」
「………」
「わたし、ほんとに本気で……本気なんです…」
「…ヘェ」
「だからっ、沖田先輩と一緒にいられるなら、何でも…いいや…って…」
「それで?」
「……なん、なんでそんなニヤけてんですか…」
「いいから続けろよ、まだ言いたいことあんだろ」
思わず視線を上げてしまったのは、ほぼほぼ反射のようなものだった。だけど、ものすごく後悔した。
きっと真っ赤になっているであろうわたしと、あまりにも平然としている沖田先輩。平然としているどころか、いつものように口角を上げて、立てた自分の片膝に頬杖をついてわたしを見ている。えと、だから、と言葉に詰まってしまった自分が憎い。もういっぱいいっぱいだ、何でこんなことしちゃったんだろう。今すぐ逃げ出したい。
そのまま黙り込んだわたしに痺れを切らしたのか、沖田先輩の制服を掴んでいたわたしの手を、今度は沖田先輩が掴んだ。かと思えばもう一方の手も掴まれて、あっという間に両手を拘束される。え、と戸惑っているわたしをよそに、気づけばわたしの背中はフェンスへくっついて、目の前には沖田先輩がいた。わたしの手はわたしの顔の真横にある。…え、待って、なにこれ。
壁ドンならぬフェンスドン……と、どうでもいいことを考えてどうにか冷静になろうとするわたしを、沖田先輩は相も変わらず心の読めないポーカーフェイスで追い詰める。
何が怖いわけでもないのに冷や汗すらかいてきた。きっと見開かれているであろうわたしの目は、しっかりと沖田先輩の姿を捉えている。捉えてしまっている。
「言いなせェ、早く」
「な、なにを…ですか…」
「一番言いたいこと言ってねェだろ、俺に言わせんな」
「……え、えと、」
「早く」
「…う、」
「さーん、にーい、いーち、」
「うわあああ好きです!!沖田先輩のことが好きです!!」
カウントダウンが怖すぎて、飛び出るように言ってしまった。ぎゅうっと目をつむって、そのまま口も閉じる。…終わった…沖田先輩のクソ野郎…こんな、こんなときにまで楽しみやがって…惚れたわたしの負けってか!ああもう死にたい、飛び降りてもいいかな。
屋上から見えるグラウンドで行われていたサッカーをする男子たちの声が聞こえていたはずなのに、それすらもう聞こえない。昼休みの終わりが近いことをそのおかげで思い出すことができた。次、なんだっけ……ああ…現国か…坂田先生じゃん…5限目にあのトーンで授業されたら、ありえないくらい眠くなるんだよなあ……
「俺もみょうじのこと好きですぜ」
あんなに眠くなるのに、結構みんな居眠りすんのに、あんなに適当な教師のくせに、後でしっかり成績に響かせてきやがるんだよなあ…当たり前なんだけど、腹立つんだよなあ、あれ………
「…え?」
「じゃ、放課後は下駄箱集合な」
「え?ちょっと待って沖田先輩」
「土方のゴミ野郎の行く末を一緒に見守って、あわよくば共犯になってくれ」
「いやそれは絶対嫌ですけど、そうじゃなくて沖田先輩、」
「明日も、」
沖田先輩の手からすっかり解放されたわたしは、ぽかんと口を開けて沖田先輩を眺めることしかできない。いや、待ってよ沖田先輩、わたしまだ寝てないはずなんだけど、全く頭が着いていかない、
「弁当よろしくな」
それだけ言ってさっさと屋上を出て行ってしまったその背中を見送る。わたしはというと、置いて行かれたにも関わらずこの場から動くことができない。人間、あまりに想定外のことが起きると、本当に全ての機能が停止してしまうらしい。
…わたしの聞き間違いじゃなければ、いや聞き間違いかもしれない、だってわたし、心の底からどうでもいい坂田先生の授業についてばっか、考えてーーー…
「まっ待って沖田先輩!!」
絶対に届いていないであろう大声を出しながら、わたしもやっと屋上から飛び出して、階段を駆け下りた。どうやら、屋上から飛び降りる必要はなくなったらしい。
全力で走ったおかげか、見えたその背中に「明日は甘い卵焼きでもいいですかっ!」と叫ぶように問いかけたら、「却下ァ〜」と間延びした声が返ってきた。ふふ、と笑ったわたしはもう、マゾと呼ばれても仕方ないのだろう。だって、やっぱり嬉しいもん。神楽先輩にわたしまで怪訝な目を向けられる日も、もう近い。
土方先輩の行く末を見守ったら、帰りに赤いウインナー買って帰ろう。絶対に共犯にはなってやらないけど。
20201207