ノリのいい友達が好きだ。男女問わず、一緒にいて楽しい、笑いのツボが合うような人。
宮は、わたしにとってその中の一人だった。
だから正直、宮のことも“そういう”目で見たことはない。何より、男女の友情だっていくらでも成り立つと思っているのだ、わたしは。そりゃあ、何もかも分け隔てなく、っていうのは難しいかもしれないけど、それでも。
「みょうじは男に勘違いさせがちやねん」
「何がよ」
「あかん、ほんまにそろそろ教えたらなあかんって俺ん中の男の部分が叫んどる」
「ははは何を言うてんの」
「真顔やん、全然笑ってへんやん」
「宮が訳わからんことばっか言うからやろ」
「訳は分かるやろ、いや、分からへんか…」
「いやいや、大体は理解したで、したけども」
「けどもなんや」
「それと、さっき宮がわたしにした告白とは何の関係があるん?」
「……やっぱ分かってへんやんか」
はぁ、と小さくため息を吐いた宮が、わたしの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。やめろや、といつもの調子で言葉を返したわたしに、「こうやって俺に触られても、みょうじは何も思わへんのやろ」と少し拗ねたような声色で言う宮の顔は、乱された髪の毛のせいであまり見えない。…調子狂うなぁ。
あまりに突然だった。部活が休みだという宮と久しぶりに二人で遊ぶことになって、立ち寄ったゲーセン。ゾンビゲームをしている最中、二人して必死に銃を撃っていたはずなのに、聞こえてきた宮の言葉。耳を疑った、何かの聞き間違いかと思った。だってこんな、いろんな音が入り混じった騒がしいゲーセンで、ゲームをしながら聞くような、言うような言葉じゃなかったから。しかもゾンビ、ゾンビゲームやで。
下手したら聞き逃していたかもしれないような状況で、こんな色気もクソもない空気感で、告白なんてするかね?君…
「ありえへん」
「何がや!何や突然!」
「突然は宮の方やろ、なに、わたしのこと好きなん?」
「…デリカシーない〜やだぁ〜」
「宮の口からデリカシーなんて単語が出てくるとは」
「なにを言うてんねん、俺はデリカシーから生まれてきた男やぞ」
「は?一番程遠いわ」
「…これほんまに一世一代の告白したあとの空気か?」
「こっちが聞きたいわ…」
「完全にタイミングミスったやろ、俺…」
「気付くの遅すぎんねん…」
「おかしいな〜…今や!って思ったんやけどな〜…今しかないって…や、焦ってたんはあるけども…」
「一人反省会は家でしてくれ」
「さっきからひどない?俺、みょうじのこと好きやねんけど」
「なにを開き直ってんねん…」
「ちゃうねん、俺もわりと必死やねんで、恥ずいから」と似合わないセリフを吐きながら再び財布を取りだした宮は、結局ゲームをする気満々らしい。…まあ、わたしと宮だもんな。
本気として受け取ればいいのか、冗談や気の迷いとしてこのまま流してもいいのか。楽なのはもちろん後者だけど、宮は冗談でこんなことを言う奴ではないということも十分に理解している。…じゃあやっぱ、前者なのだろうか。答えは出ない、というか多分、出したくない。
そういうとき特有の気まずい空気が流れているわけではないけど、どう切り出すのが正解なのかは分からない。なんか、今何かを言えば、相当失礼なことばっか言っちゃいそうで。
…もう手遅れかもしれないけども。
100円玉は取り出したものの、お互いそれをゲーム機に入れるわけでもなく、ただ沈黙が続く。だって分からない、宮はわたしとどうなりたくて、今こんな、こんなよく分からないタイミングで告白をしたのか。そして、説教じみたことを同時に言ってきたのかが。
一つ言えることがあるとすれば、わたしは別に、宮に対して恋愛感情を抱いたことなんてないということだけだ。
「…みょうじは今好きな奴とかおらんやろ」
「まあおらんな」
「俺は候補に入らへんの」
「………」
「本気で嫌そうな顔するやん…」
「や、ちゃうねん、真剣に考えてたら自然とこんな顔に」
「脈ナシ丸出し過ぎひん?泣いてええか?」
「そもそも友達やねん、宮は」
「…おん、そやろな」
「別に宮を勘違いさせたようなつもりはないねんけど」
「…ボロクソ言うやん…」
「要は、あれやんな、わたしが魔性の女だって言いたいねんな?いや〜悪いな!」
「どつくでほんま」
本当にどつかれかねないので、一旦口を閉じてみる。そして、考える。…あー、あー…確かに、宮に対しての距離感は男女の垣根を超えてたかもしれんな…。言われてみれば、思い返せば、くらいのレベルだけど。だって、友達だし。…それに、
「…一応気ぃつけてはおるねん」
「何を」
「めっちゃ前の話やけど、友達の彼氏に告白されたことがあって」
「…ほう」
「そっからその友達とは仲拗れてな、まあ、距離感ってやつをちょっとは反省したんやけど」
「そうは見えんのやけど…」
「なんというか…宮には、つい…」
「…つい?」
「他の男子よりも仲ええし…安心しきっとるというか…」
「……ほーーーん?」
「まあだから…わたしは無罪ということで…」
「いや有罪やろ、コナンくんもびっくりな完全犯罪や」
「また馬鹿なこと言い出したでこいつ…」
「気が変わったわ、ええよ別に、そのままで」
「はぁ?逆に意識してまうわ!」
「とりあえず俺だけってことやろ?ならええねん、他の男に同じことしたらそいつフルボッコやけどな」
「こわっ…」
「いっぱい触ってええよ、むしろ触ってくれ」
「うわ…引くわ…」
「ほんでどんどん俺のこと意識すればええねん!」
「………」
「な?」
なじゃないわ。心なしか恥ずかしくなってきた。
ニコニコと上機嫌な宮は、「記念にプリクラでも撮るか?」とまた訳の分からないことを言い出した。何の記念やねん。
…というか、なんでわたしはあんなに恥ずかしくてややこしいことを言ってしまったのか。戻りたい、数分前に戻りたい。
残念ながらわたしは、少しだけ、ほんの少しだけ宮のことを意識している。そりゃそうだ、だって宮はわたしのことが好きなのだ。いつものように隣にいるこの時間が、なんだか、全く違う未知の空間に感じてしまうのは、誰のせいなのか。
そもそも友達、そう言ったのはわたしだけど、宮はわたしとの間に友達という線引きをなくすためにわたしに告白した。そんなことは分かっている、分かりきっている。
宮とわたしが…彼カノかあ…うーん…
「違和感しかない」
「だから何がやねん、怖いわ…」
「宮のこと男として見れるかどうか…」
「なかなか残酷なこと言うやん!泣くで!」
「…顔はかっこいいけどな」
「お…お?」
「わたしも誠意を持って宮と向き合わなあかんと思っとります」
「よう言った!みょうじはやればできる子や!」
「…ちょっと宮、わたしのこと触ってみて」
「は?」
「手とか」
「…あ、ああ、びっくりした…エロいこと想像したわ…」
「そら危なかったな、殺されるとこやったで」
「いやこればっかりはみょうじの言い方に問題があるって……ほんで、手?」
「うん」
「ええの?」
「ええよ」
「……なんか緊張するやん」
「はよして」
「ムードないなぁ…」
文句を言いながらも、ふぅ、と息を吐いた宮の左手がわたしの右手に触れる。少し触れ合って、そのままするするとわたしの手の甲を撫でる。くすぐったいようなその感触に、わたしはなぜだか視線を逸らしてしまった。…どうしよう、選択肢間違えたかもしれへん。
宮がどんな表情でわたしを見ているのかは分からないけど、多分、きっと、ムカつく顔をしているに違いない。今見たらムズムズして殴りたくなるような、そんな顔を。
きゅっ、と軽く繋がれた手に、汗が滲む。なんか、やばい、わたしやたら緊張してないか?だってそんな、どう考えたって違うのだ。わたしが宮に触れる温度とは、確実に違う。
そんな優しく、だけど力強く。手のひらから伝わってくる感情が、熱い。
失敗した、完全に、失敗した。
「…みょうじ、こっち向いてや」
「嫌や」
「…手ぇ熱いな」
「うっさいわ」
「可愛すぎやろ、これ以上俺を惚れさせてどうする気やねん」
「別にそんな気はあらへんわ」
「…俺、候補に入った?」
「……わからん」
「まだ友達か?」
「……わからん、言うてるやろ」
「なあみょうじ」
「…なに」
「顔見せて」
「……絶対、笑うやろ」
「はぁ?笑わへんよ、にやけるかもしれんけど」
「それが腹立つねん」
「なんで手繋ごとか言うたん」
「繋ごうなんか言うてへんわ!…ただ、」
「ただ?」
「……宮がわたしにそうやったみたいに、わたしも宮に触られたら、なんか分かるんかな、って…」
爆発しそうなくらいに顔が熱かった。心臓もわりと飛び跳ねてるし、手汗は止まらんし。
それなのに、繋がれている手にはぎゅうっと力が込められている。わたしはというと、同じ力を返すことすらできず、頭だけじゃなくて、指先まで呆然としているような感覚だった。…軽く跳ね除けられると思っていたのだ、宮の手なんて。ちょっとした意識なんて、告白なんて。
それなのに、わたしの中には新しい感情が芽生えようとしている。芽生えてしまっている。ああ、やっぱり、触れさせなければよかったのだ。
友情から恋愛に移転するのは、存外恥ずかしい。
「やっぱタイミング間違ってへんかったな」
「…間違いすぎやボケ」
「手、離したくないねんけど」
「……離せや」
「みょうじの心の声も聞こえんで、離してほしくないわ宮くん!て」
「どつかれたいんか」
「俺と付き合ってほしい」
「…気ぃ早いねん!!お前は!!」
「え、どこが?」
「まだ好きちゃうでわたしは!」
「…まだな、まだ」
「…うわ間違えた、やり直し効く?」
「残念ながら無理や」
な、みょうじ、とわたしを呼んだその声に、思わず顔を上げる。いつもよりずっと優しくて、見たこともないくらいに甘い目をした宮と、ばちりと視線がぶつかった。
男女の友情だってある。友達は友達やし、いくらでも成り立つと思う、わたしは。…だけど。
当たり前のように、例外だってあるのだと。
「早く俺を彼氏にしてや、友達脱却や」
「……気ぃ早いて」
「俺は遠慮なく触り合いたいねんみょうじと」
「キショ…近寄らんといて」
「手繋いどるから俺の勝ちです〜」
「うっざ…」
まあ、少しだけわたしにも責任はあるから、取ってやらんこともない。…ということにしておこう。
今はとりあえず、繋がれているこの手をどうするか、一刻も早く考える必要がある。
だって宮はまだ、今はまだ、わたしの友達だから。
20200309