※吐露するラブズの続き



拗らせ過ぎてるなぁ、っていう自覚はあるけど、もう自分ではどうにもできないところまで来ているのだということも、同じくらい分かる。


「…上手すぎるから、嫌なの。ごめんね」


何が、とは言わずとも伝わったのだと思う。まさかそんな理由でフラれるとは、彼も、彼以外の誰だって思いもしないだろう。わたしだってバカみたいだなって思うし、ほんとに、意味分かんない。
一人になったベッドの上で、大の字になって天井を見つめる。…わたしもう、誰とも付き合わない方がいいな。何度もそう思わされてきたのに、人恋しさや寂しさにたまに押し負けてしまう。全てはわたしがものすごく未練たらしくて、気持ち悪いくらいに忘れられない“初めて”のせいなのだけど。


「だからって、下手くそがいいわけじゃないもんなぁ〜…」


ぽつりと呟いた独り言は、テレビから流れる芸人たちの笑い声と同化して、なかったものになった。なかったことにしたかった。








「みょうじさん、だよな?俺、ヒーロー科の上鳴電気っていうんだけど、よかったら連絡先交換しねえ?」


普通なら即断りを入れるようなチャラい台詞。だけど多分、わたしの顔は誰が見ても分かるくらいに綻んでいたと思う。うん、いいよ、とすぐに頷いて、わたしは制服のポケットからスマホを取り出した。
…上鳴電気くん、もちろん知っている。ヒーロー科の1年A組は有名だから、というのももちろんあるけれど。それだけじゃなくて、ただ純粋に、わたしは上鳴くんのことが気になっていた。廊下や食堂で見かけたときも、体育祭も、姿が見える機会があればこっそり目で追っていた。見た目も、いつでも明るくてちょっと抜けてるような性格も、全部わたしの好みに刺さっている。好きなのかなぁ、なんて、ぼんやりと思っていたけど、自分から話しかける勇気なんかは当たり前のようになかった。
上鳴くんが他の女の子に話しかけているのも見たことがあるし、確かそのときも似たようなことを言っていたような気がする。だから、手当たり次第と言ったら上鳴くんにも失礼だしわたしも悲しいけど、でも、やっとわたしにも順番が回ってきたんだ、ってただただ嬉しかった。上鳴くんから話しかけてもらえるくらいには、わたしのことも可愛いって思ってくれたのかなって。そうだったらいいなって。
だからまぁ、言ってみれば予想外の出来事でもあった。


「…こんなに仲良くなるなんて…」
「え?なに?」
「上鳴くんとこんなに仲良くなれるとは思わなかった〜って話」
「そう?俺は仲良くなる気満々だったけど」
「ふーん」
「え、不服なの?」
「ううん、嬉しい」
「嬉しいって顔してねーけどな…」
「ほんとに嬉しい、上鳴くんってもっと手が届かない雲の上の存在だと思ってたし」
「なんで?てかどこが?轟とか爆豪ならまだ分かるけどよ…」
「なんとなく…でも今は、一番身近に感じるかも」
「…そっか、よかった」


よかった、って笑う上鳴くんの表情は本当に柔らかくて、本当にほっとしているように見えたから、わたしはまた勘違いしてしまいそうになるのだ。…上鳴くんの気まぐれが、たまたまわたしに向けられただけなのに。だってそうとしか思えない。これだけ仲良くなったって、どうしてそこだけこんなに信用できないんだろう。
そもそも、この世には友愛というものがある。男女間の関係全てに恋愛においての愛情が当てはまるわけじゃない。当たり前だ、当たり前のことだ。だから、わたしと上鳴くんの思いが違うことだって、何も不思議じゃない。受け入れるべき事実であり、現実だ。
というか、好きですって伝える勇気すらいまだにないくせに、偉そうに大口を叩く権利なんてわたしにはない。良くてただの友達、それ以上踏み込める気はしないし、踏み込む気もないのだ。多分、今が一番幸せなんだと思う。言い聞かせるようにそう考えてきたけど、段々それが本音として脳に染み付いてきた。高望みはするもんじゃない、こうして仲良く一緒にいられるだけでも進歩なのだから。全部、上鳴くんのおかげなのだから。
お昼休みでガヤガヤと騒がしい食堂内の隅っこ、二人並んで食べるランチラッシュの料理は美味しい。隣でハンバーガーにがっつく上鳴くんの横顔をぼーっと眺めては、その視線に気づいた上鳴くんが「どした?」と問いかけてくる。上鳴くん、かっこいいな〜と思って、なんて素直に言えればいいけど、わたしの口から出てくる言葉なんて精々「美味しそうに食べるなぁと思ってさ」とか、そういうどうでもいいことばかりだ。
…わたしって、上鳴くんにとってどんな存在なんだろう。日に日に面倒くさくなっていく自分の思考にストップをかけたいけど、そう思えば思うほどにやめられないのが恋ってもんだ。たまに会話の中に出てくるクラスの女の子と、わたしと、どっちの方が上鳴くんにとって“上”なんだろう。こんなことを考えてる時点でわたしの負け確、意気地なしは黙ってろって話なんだけど。
上鳴くんは多分、わたしがこんなにウジウジ上鳴くんのことばっか考えてるってこと、知らないんだろうな。いや、気付いてたりして。どちらかといえば前者の方がいいけど。あわよくばとか、もうそんなずるいことばっかり思うのもやめたいな。せめて、上鳴くんの前では綺麗なわたしでいたいし。…とか、そんな自己満足、どうでもいいよねほんと、分かる。


「みょうじさ」
「うん?」
「今月どっか暇な日ある?」
「暇な日?なんで?」
「どっか遊び行かね?」
「…え、わたしと?」
「うん」
「…二人?」
「そのつもりだけど」
「…行きたい」
「よし、じゃあ決まりな」
「上鳴くんの空いてる日でいいよ、わたしこれといって何もないし合わせるから…ヒーロー科忙しいでしょ?」
「まぁ…サンキュ、空いてる日またラインするわ」
「うん、やった〜」
「おい、棒読み」


むに、と軽く頬をつままれて、ふふふ、と笑う。上鳴くんに触れられるのはこれが初めてじゃないけど、いつだって嬉しいし、いつだって新鮮に感じる。…嬉しい、もしかしなくてもデートだよね?嬉しい、嬉しい。だらしなくにやけそうな口元を必死に抑えようとするものの、我慢できそうにないから「それってデート?」っていつもみたいに茶化すフリして誤魔化した。
さっきまであんなに病んでたのが嘘みたい。「デートじゃね?デートじゃん!」とはっとしたように返してきた上鳴くんの頬を、今度はわたしがつまむ。この感じ、わたし以外の何人の女の子にしてきたのか分かんないけど、もう今はそんなことどうでもいいや。
「どこ行くの?」と問いかけたわたしに、上鳴くんはうーんと考える素振りを見せた。そして、「みょうじんちとか?」ときっとふざけて言ったのであろう言葉に、わたしは思わず頷いてしまったのだ。


「いいよ」
「…え、いいの?」
「うん、いいよ」
「…ま、マジ?」
「上鳴くんが言ったんじゃん」
「まさか許可が出るとは思わず」
「いいよ、わたしの部屋に招待してあげます」
「………」
「あ、ほんとに冗談だった?」
「…いや……行かせていただきますっ!!」
「声でか」


あまりの勢いに笑ってしまいそうになったけど、最近サボっているせいで散らかっている部屋の惨状を一刻も早く何とかせねばならない。…あわよくば、二人っきりになれたらいいなぁ。もちろん何があるわけでもないけど。どんどん欲張りになっている自分に心底嫌気がさす。本当に、どうすれば期待しないでいられるのか分からない。
…嫌になるけど、でも。
親、いなかったらいいなぁ。








日頃の行いのおかげか、上鳴くんとの約束の日には、本当に家には誰もいなかった。何度も二人で一緒にいることはあったのに、こうして休日にまで会って遊ぶのは何気に初めてなんだなと思うと、地味に緊張する。
いつもより念入りにセットした髪の毛も、いつもより気合いを入れたメイクも、友達と遊ぶときにはしないような甘い服装も。全部全部鏡の前でチェックして、よし、と小さく頷いた。
思えば、上鳴くんの好みなんて聞いたことがない。いや多分、大抵の女の子は好きなんだろうけど。だから、今日のわたしが上鳴くんにちゃんと可愛いって思ってもらえるかは、わたし次第。…頑張らなきゃ。
きっちり片付けて綺麗になった部屋も、普段はわたしの寝相に押しつぶされているぬいぐるみも、まだ少しだけ勉強道具でごちゃごちゃとしている机も。全部が全部、上鳴くんを今か今かと待っている。お母さんにだけ「好きな男子が遊びに来る」と伝えたら、張り切っておしゃれなティーセットとお菓子まで準備してくれた。会えないのが残念、また遊びにおいでって伝えといてね、なんて言ってたけど、録画してある体育祭の中継を見せて、この人だよって伝えた方が多分早いんだろうな。
十分に、おもてなしする準備はできていた。今日のわたしは多分、少しは可愛いはずだし、少しは上鳴くんもそう思ってくれるかなって。たった、たったそれだけの、期待。
…それだけ、だったのに。


「…みょうじはさぁ、彼氏とかいたことあんの?」


上鳴くんのその質問は、あまりに突然だった。え、と明らかに戸惑っているような声を出してしまったけど、なぜか上鳴くんのその目は真剣で、真っ直ぐにわたしを見ている。…なんで?さっきまでどうでもいい話ばっかりしてたのに。上鳴くんのクラスメートの“爆豪くん”の話とか、テレビを眺めてこの俳優がどうのこの芸人は面白くないだの、わたしの部屋のあれこれを探るだの。いつも通り、だったはずなのに、突然のこれだ。
えっと…と上手く言葉を返せずにいるわたしに、上鳴くんは追い打ちをかけてきた。


「ちなみに俺はない」


…いや、追い打ち、と言うのも、おかしいのかもしれないけど。


「ないの意外だね…」
「マジ?」
「うん…中学のときとか、いたのかと思ってた」
「ないない、モテねえし俺」
「それは嘘だよ」
「嘘じゃねーよ」
「…なんでいきなり?」
「んや、別にいきなりでもねえっつーか…常々気にはなってた、聞かなかっただけで」
「そうなんだ…」
「つか聞けなかったの方が正しいかな!」
「なんで…?」
「だってみょうじ絶対、いただろ、彼氏」
「……なんでよ」
「男の勘だ」
「…上鳴くんはできたことないのに、わたしにいたことがあったら、負けた気がする、とか?」
「俺そこまで幼稚じゃねえよ!…ねえけど、まぁ、一理ある」
「あるんかい」
「…どうなん?」
「…まぁ、あるけど」
「ほらな〜!!」
「一人だけね、しかも一瞬。三ヶ月くらい?付き合って、別れたよ」
「へえ…」
「…だから、何の経験もないよ?真っ白なのわたし。安心した?」


こて、とわざとらしく首を傾げてみたりして。わざとらしく、いつもの調子でそう返したわたしに、上鳴くんはなぜか黙りこくったままだ。上鳴くん?と呼びかけようとしたわたしの声に被せて、「みょうじは、」と上鳴くんが口を開く。その表情はどこか、ほんのりと薄暗い。


「他の男も、こうやって…部屋にあげたりしてんの」
「…してない、上鳴くんが初めて」
「……なら、いいけど」
「…なんで上鳴くんがそんなこと言うの?」
「なんでって…」
「わたし、上鳴くんだけだよ、ほんとに」
「…変なこと言った、わり、」
「上鳴くんは、どうなのか知らないけど」
「は、」
「上鳴くんこそ、わたし以外の女の子に…っ、」


ぐるりと、視界が反転したのは一瞬だった。
ちょうど床に置いてあったクッションのおかげで衝撃は少なかったけど、それでも、少しだけ背中を打った。だけど痛みなんてどうでもよくて、上鳴くんを見上げているこの状況とか、その背景に見えているのが天井である事実とか、いろいろと自分の中で噛み砕くのにかなり時間がかかる。頭の横にあるのは上鳴くんの手か、とか、どうにか冷静になろうと必死だった。
だって、おかしいじゃん。わたしも上鳴くんも、好きだなんて一言も言ってないし、付き合ってないし。もしかして、なんて思ったけど、上鳴くんはそうは言ってくれなかった。やっぱり違うんだなって、わたしもやけくそになったのは認めるけど。
でも、だとしても、この状況はなに?答えが出るより先に、どうやらわたしの方がおかしくなったらしい。
雰囲気に飲まれるとか、流されるとか、ノリとか。いろんな言い訳じみた言葉が脳裏に浮かんで、そのどれもがわたしの味方になってくれる気がした。どれもほんとは違うけど、わたしの嘘を覆い隠してくれるような気がした。
あわよくば、が、現実になるような気が、した。


「…上鳴くん」


もっと素直に、思ってることを伝えればよかった。それだけの話なんだけどね。
まあでも、好奇心と、それなりの性欲と、好きって気持ちと、その好きな人に押し倒されている現状と。全てが揃ってしまえば、始めから勝てっこなかったんだよ。


「上鳴くん、そんな顔しないでよ」
「…どんな顔してんの俺」
「…しいて言うなら、」
「………」
「エッチな顔?」
「…何だそれ」
「誰もいないよ」
「え、」
「わたしと上鳴くんしかいないよ」
「ちょ、ちょっと待て」
「だって上鳴くん、起き上がらないし」
「……ふ、不可抗力的な、」
「…上鳴くんは、興味ない?」
「いや、え?」
「わたしと、したくない?」


この言葉が決定打だったのかは分からない。
分からないけど、「…みょうじはいいわけ?俺で」と言った上鳴くんの声が、ちょっとだけ上ずっていて、それが何だか可愛くて、たまらなくなって。
だから、わたしからキスをした。上鳴くんの首に腕を回して、思いっきり自分の方へ引き寄せた。
わたしたち、これでおあいこだよね。大丈夫、これからも、友達、だよね。
ああわたし、バカにも程がある。








「みょうじさん、確かチャージズマのファンだったよね?」


先輩との営業帰り、突然振られたその話題に、わたしは少しだけ動揺した。確かに、その手の話をしたときに一度だけチャージズマが好きだと言ったことはあるけれど。「あ、はい、覚えてたんですね」と当たり障りのない返答をしたわたしに、先輩は「うん、あのさ」とさらに続ける。


「昨日たまたま会社の近くで見かけてさ」
「え、」
「そういや最近、近所の◯◯社がチャージズマのスポンサーになったって話聞いたなぁと思って」
「…なるほど」
「それで、みょうじさんがチャージズマ好きだって話も一緒に思い出したんだよ」
「それは…朗報ですね」
「朗報ってほどじゃないかもしれないけど、もしかしたら会えるかもね」


「にしてもうちだって似たような製品取り扱ってんのになぁ〜」と唇を尖らせた先輩を横目に、わたしは思わずきょろきょろと周囲を見回した。そんな都合よくいるはずないってことは分かってるけど、こんな情報を耳にして冷静でいられるほど、わたしは彼を忘れられたわけじゃない。忘れたどころか、今でも好きだと言えば笑われるだろうか。笑うとか通り越して、引かれるかもしれない。自分でも思うもん、痛いなって。
…というか、もし本当に上鳴くんを見かけたとして。それで、わたしはどうするつもりなんだろう。話しかける?なんて?だけど正直スルーできる気もしない。好きでしたも好きですも、伝えたところで彼を困らせるだけじゃないだろうか。そもそもわたしは伝えるつもりなのか?今更?高校生の頃みたいに、あんなに純粋で綺麗なだけの思いじゃなくなってしまっているのに?…もしも、会えたら、


「…っえ!」
「え?どうしたの?」
「先輩すみません、わたしこの辺で失礼します!」
「え!みょうじさん?!」


見間違いじゃない、多分。
長らく運動なんてまともにしてないし、仕事用のパンプスじゃ走りたくても上手く走れない。仕事終わりできっと化粧はよれよれだし、あの頃みたいにしっかりとした準備なんてできているはずがないけど。どうせ今日は直帰の予定だったのだ、先輩には明日謝ろう。
わたしもたまに寄る、チェーン店の窓際の席。頬杖をついてぼーっと外を眺めているその姿は、やっぱり間違いない。
考えるよりも先に体が動く、って、多分こういうこと。結局、どれだけ難しいことを考えたって、最後に勝つのはたった一つで、あのときだってそうだった。数えきれないくらいわたしはわたしに負けてきたのだ。
好きだという気持ちだけが、結局は、何よりの原動力だった。それがどんなにおかしな方向へ向かおうと、わたしにとっての全ては、それだけだったと思う。
入り口で息を整えて、落ち着いてから店へと足を踏み入れた。期間限定なのだというストロベリーフラッペを注文して、息切れとは違う、耳まで直接響いてくるような胸の高鳴りを必死で抑える。帰った方がいいんじゃない?ほんとに会うの?ほんとに?ここまで来てまだ自問しているわたしは、会っても会わなくても後悔するんだろうな。それなら、
ほんの少し震える手と、いつもより心なしか狭い歩幅。だけど着実に、確実に、近づいている。
卒業までそんなに話さなかった。二人で会うこともなくなって、あいさつくらいは交わしたけど、それっきり。連絡先だって消しちゃったし、上鳴くんも多分、そうなんだろうなって。わたしのことなんか忘れて、さっぱり忘れて、立派なヒーローになるんだろうなって。あのときを思い出にすらできないまま、わたしは一生、抜け出せないで生きていくんだろうな、って。
そう思ってたんだよ、わたし。


「…え、上鳴くんじゃん?」


わたしの声に、スマホを見ながら俯けていた顔を勢いよく上げた上鳴くんと、ばっちりと目が合う。…あ、やっぱり上鳴くん、最高にかっこいいな。まずそう思えたわたしは、案外平常心なのかもしれない。
あんぐりと口を開けて目を丸くしている上鳴くんは、相当驚いているようだった。だけど、その数秒後。


「…みょうじじゃん?」


ふっと穏やかに口角を上げてわたしを呼んだ上鳴くんは、記憶の中の姿よりもずっと大人びている。こうやって昔から上鳴くんは、優しい顔ばっかして、わたしを見てた。
そう感じた途端、わたしの中の何かがぷつりと音を立てて切れた。ギリギリで繋がっていたような、細い細い線のようなものが、今ようやくわたしの中からいなくなった気がする。


「久しぶり過ぎ、元気?」


そうだ、わたしは昔から、こういう人間なのだ。


「…俺ら相性いいのかもな」


“あわよくば”、を期待してきた、ずっと。


「…わたしも、今そう思ってた」


あわよくば。



20201117