※前サイトにて公開していた作品の設定を使用しています
人生思い通りにいかないもんですよ。ええ、そんなことは誰だって分かりきっていることですけども。しかし、しかしですよ。
自分の姿を鏡で見て、うわー…と気の抜けた声を出す。一生に一度、女の憧れである真っ白なドレスを着ているにも関わらず、わたしのテンションは意外とローである。
なんというか、今になって現実味がなくなってきた。ベタにほっぺを引っ張ってみたりしたいけど、メイクが崩れたら嫌なのでやめておく。
「…まさか今泉とこんなことになるとは」
「こんなことって何だよ」
聞こえた声に振り返ることもない。鏡越しで合っている目をそらすこともなく、「本人たちが一番びっくりだよね、そう思わない?」と今更失礼な質問を繰り出したわたしに、今泉は呆れたようにため息を吐いた。だってそうでしょ、幹よりみんなより、多分わたしが一番びっくりしてるよ。…いや、よく考えてみれば幹なんかは結構すんなり受け入れてたような気がする。こうなるのが自然の摂理だったんだよ、って意味わかんないこと言われたんだっけ。自然の摂理ってなに、規模でかすぎない?
白いタキシードを難なく着こなしている今泉が、わたしの後ろに立つ。ドレッサーの椅子に座ったまま振り返ってその姿を見上げると、今度は直接、ばっちりと目が合う。…まあね、かっこいいのは認めるけど。今更、それを口に出すような関係でもない。数秒の沈黙が続いて、どう考えても結婚式前の男女の空気ではない。
「……みょうじ」
「わたしもう今泉だよ」
「………」
「なんでそんな神妙な顔になるの」
「…似合ってる、ドレス」
「…ありがとう」
「おう…」
「今泉も似合ってるよ、ムカつくくらい」
「なんでムカつくんだよ」
「今泉だからだろうね」
「意味分かんねえ」
そう言って少し笑った今泉が、遠慮がちにわたしの頬をつまむ。おかげでやっとこれは現実なんだって実感できたよ。
この先もずっと変わらないんだろうな、わたしたち。ずっとこんな感じで、ずっと一緒にいる。ほんとに、何の疑いもなくそう思えるのは、相手が今泉だからなんだろうね。悔しいけど、まじで悔しいけど。
今泉、ともう一度彼を呼べば、「違うだろ」なんて言われて。…今の顔、写真に撮って一生ネタにしてやりたかったな、残念。
「俊輔」
あまりに久しぶりの響き過ぎて、急に照れ臭くなってきた。付き合ってる間でさえ、下の名前で呼ぶことなんてなかったのに。そうか、そうだ、わたしももう、同じ名字で生きていくのだ。
わたしの声に、緩やかに口角を上げた彼が、言う。
「なまえ」
あーもうだから、その顔やめてって。
スマホを構えるくらいの元気はあったはずなのに、何だか目元がじんわりとするせいで、せっかくのメイクを崩さないようにと堪えることで手一杯だ。
わたしね、俊輔、あのね、
「…ちょっと、かなり、幸せかもしれない」
ぐす、と少しだけ鼻をすする。こういうの、あんま言いたくなかったんだけど、言いたくなっちゃって、それで。そんなダサい言い訳じみたことを口にしたいくらいには恥ずかしかった。でも、多分。
「ああ、かなりな」
そう言った俊輔も、同じくらいの照れ臭さと同じくらいの幸せを感じているはずだから、もう全て良しとしよう。メイク崩れたら今泉のせいだからね、なんて減らず口を叩けるくらいの元気は残っているわけだし。
20200430