「好きです」

さすがに耳を疑った。え?と聞き返したわたしに、目の前の男は表情を変えることもなく、「オレと付き合ってほしい」と、確かにそう言った。
いや待って、好きってどういう意味?…なんてそんな野暮なことはもちろん言わない。いつもどちらかと言えば掴み所がないというか、ニコニコはしてるけど何考えてるのかわかんないタイプの男。でも、遊ぶにはそれくらいでちょうどいい。優しいし、お互い都合のいい関係でいられる。それが、わたしにとっての隼人くんなのだ。つまりセフレ、それ以上でもそれ以下でもない。
わたしだって好きだよ、それはライクだけど。わたしだって好きだよ、あなたの顔が。体格だってめちゃくちゃ好みだし、セックスも上手い。年下だけど、多分わたしよりも経験は豊富で、そりゃあこの見た目なら遊ぶよなあって、喘ぎながらぼんやり考えることもあった。
こんなイケメンを捕まえることができてラッキー、くらいにしか思ってなかったのが、いつの間にか会うのが少し楽しみになっているくらいには、彼にほだされてしまったのは事実だけど。
でも、だけど、わたしは隼人くんとのことが好きなわけでも、ましてや恋人になりたいわけでもない。そんな、しがらみだらけでいつか必ず終わりが来るような関係には、絶対に。

「…もう今日は帰ろっか」
「嫌です、まだ返事聞いてない」
「そんなの、言わなくたって分かるでしょ」
「なまえさんの口から聞きたい」
「…分かった、じゃあもう会うのやめる?わたしは隼人くんと付き合う気はないよ。期待させちゃったなら、ごめん」
「…期待したっていうか、なまえさんがさ」
「なに?」
「昨日、オレに初めて「明日楽しみだね」って言ってくれたから…あー、やっぱ期待した、ごめん」
「楽しみだねなんて…隼人くんなら言われ慣れてるでしょ、そんなことで今更…」
「前々から勘違いしてるっぽいけど、オレは別に遊んだりしてないですよ。アプリだって、会うのはなまえさんが初めてだし、」
「…嘘だ〜」
「嘘じゃない、ほんと」

なまえさんだから会いたかったんだ、と最強の口説き文句を口にした隼人くんに、いよいよわたしは黙りこくることしかできない。いやだって、そんなことある?この見た目で、出会いはアプリで、女の扱いに慣れてる気がするし、おまけにセックスも上手い。確かに、隼人くんと直接的にそういう話はしたことがなかったけど、聞かなくたって当たり前に“そっち側の人間”なのだと思っていた。
…てかわたし、楽しみだなんて言ったんだ。そんなこと、言ったんだ。

「…今は、誰かと付き合うとか、あんまり考えてない」
「知ってます、そう言ってたから」
「だったら、」
「それでもオレは、なまえさんを誰かに取られたくない」
「…誰にも取られないよ」
「オレ以外の男とも会ってるくせに」
「…え、隼人くんってそういうこと言うんだ」
「言うよ」
「…言うんだ」
「言う。好きだから、なまえさんのこと」

ああ、重い。一方的に向けられる好意ほど、重いものはない。一緒にいることが心地いい相手なら尚更、その重さに耐えきれない。罪悪感とか、少しの嫌悪感が、一気にわき上がってくる。ああ、重い、重すぎる。
…くせに、まんざらでもない自分がいるのも事実で、それがすごく気持ち悪い。ほら見てよ、わたしみたいな性悪のどこがいいって言うんだ。
もちろん全く嬉しくないわけじゃないよ、ないけどさ。
隼人くんの隣にいていいのは、わたしじゃないと思う。わたしの隣に立つには、隼人くんじゃ眩しすぎる。
なんて、そんな理由で納得してもらえるとは、思ってないけど。

「…ごめんね、隼人くん。わたし、身体の関係を持った人とは、ちょっと」
「…少しもオレのこと、好きじゃないんですか」
「好きだけど、種類が違う、かな」
「…種類」
「わたしが望んでるのは、今まで通りの関係なの。隼人くんと恋人になりたいとか、そういうのじゃなくて、」
「それでしか、なまえさんとは会えないってこと?」
「…そうだよ」

今まで出会ってきた年下の中でも、隼人くんはいい意味で年下らしくないというか、わたしなんかよりずっと大人だなあと思ってたけど。それは多分、隼人くんが何も言わなかっただけで、ずっとわたしのために取り繕ってただけで、ただタイミングを待ってただけで。今初めて、隼人くんの本心が見えているのだと気付いてからは、なんだか、どうしようもない気持ちになった。何を考えてるのか分からない、ではなくて、隼人くんが察させてはくれなかっただけなのかもしれない。

「…じゃあもう、」
「…なに?」
「もう、わけが分からなくなるくらい、なまえさんのこと抱いていい?」
「え?」
「オレのことしか考えられなくなるくらい、オレの言葉にはいしか言えなくなるくらい」
「まってよ、なんでそうなるの」
「いいだろ、なまえさんが言う通りオレたちは、」

セックスフレンドなんだから
せっかく服を身に纏ったというのに、気付けば身体は再びベッドに沈んでいく。そして、気付いた。
ああ隼人くん、本当は、セックスそんな、上手なわけじゃないんだ。隼人くんが優しくて、丁寧で、わたしのことを好きだから。ただそれだけで、ここまで来てたんだ。
力が強くて、少し痛い。今更気付くなんて、皮肉にも程がある。

20220811

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