「兄ちゃんとヨリ戻してよ」

久しぶりに会って開口一番これって、こんな最悪なことある?普通さ、建前だけでも久しぶり〜とか元気だった?とか、そういうの言わない?言うわけないか、この男が。

「…竜胆くん久しぶり〜元気だった?」
「いやそういうのいいから。すげー顔引きつってるし」
「当たり前だよ、逆に引きつらない人の方がいないから」
「ふーん、おもろ」
「何が?笑える要素なかったよ今」

なまえちゃん全然変わってね〜、と楽しげに笑うその横顔を眺めながら、そうそうわたしはこの顔に騙されたんだよ、と当時のことを回顧する。六本木のカリスマ、とかなんとか呼ばれてたこいつらにまんまと騙されて、人生で初めてできた彼氏とのお付き合いは本当に散々な思いをした。別れたくてもなぜか別れてくれなくて、「喧嘩で俺に勝てたら別れてやってもいいよ」とか意味分かんないことを言ってくる頭のおかしい奴だった。お前ごときが俺を振るのか?という、無言の圧力を感じたのを覚えている。
…思い出したら気分悪くなってきた。一旦酒を流し込んで忘れよう。

「なまえちゃん今彼氏いる?」
「そういうのってもうちょっと話が盛り上がってから聞くもんじゃないの?」
「焦らすほどの価値はねーだろ」
「えっなんかすごいムカつく!」
「いるの?いねーの?」
「いないけど…」
「じゃあ兄ちゃんと元サヤに戻っても大丈夫だな」
「戻るつもりないんだけど…怖い…」

会った瞬間からその話しかしないの普通に恐ろしいんだけど。大衆居酒屋選んで正解だったな。竜胆くんは不満げだったけど、提案されたお店があまりにも高額だったので即却下した。いまや他人の竜胆くんに奢ってもらう義理もないし。あとが怖いし。
そもそもなぜ呼び出されたのか、それすらわたしには分からないのだ。…いや、今のやりとりで何となく察しはついたけど、もしその通りなら今すぐ帰りたい。あまりに時間の無駄すぎる。
当時は確かに、彼氏であった蘭より話しやすく“まだ”感覚が一般的だった竜胆くんの方が、仲はよかったかもしれない。かもしれないけど、こんなふうにサシで会うなんてことはなかったし、そもそも数年振りだってこと分かってる?連絡だって全く取ってなかったのに、急に知らない番号から電話がかかってきたかと思えば竜胆くんで。どこからわたしの番号を入手したのかとか、そんなことはもはやどうでもいい。怖いから。
竜胆くんの誘いに応じたのも、結局は“竜胆くんだから”というのがあった。もしこれが蘭なら絶対に来てなかったもん。絶対に。

「じゃあせめてセフレに」
「帰っていい?」
「いやこれ結構大真面目に言ってんだって」
「セフレのどこが大真面目なわけ?体目当てですって言ってるだけじゃん」
「いや、体目当てならなまえちゃんなんて選ばねーって」
「どういう意味」
「俺が言ってんのは純愛の話」
「頭悪そう」
「兄ちゃん今でもなまえちゃんのこと好きだと思う」
「そんなわけあるかい」
「あるんだってマジで」
「だと思うってことは竜胆くんの想像の話でしょ?」
「…兄ちゃんのオカズ、昔のなまえちゃんの写真なんだけど」
「ちょっと待ってキモい、処理しきれないキモさ」
「番号も兄ちゃんから聞いて電話したし」
「ねえ怖いんですけど!竜胆くんわたしを助けに来てくれたってこと?!そうだと言ってほしい!」
「なまえちゃんと別れてから兄ちゃん、憔悴しきっちゃってさ」
「え…」
「まあそれは嘘だけど」
「おい、一番まともなとこ」
「女とヤりまくって一回性病もらってたわ」
「うわあ…今普通にドン引きしかしてない…」
「でも結局、」
「………」
「身体の相性はなまえちゃんが一番よかったって」
「…そんな切なげな顔で言われても…」

最低のオチでしかないんだけど…と、皆までは言わず。蘭とヨリを戻してほしいと言うわりに、蘭の好感度は下がる一方である。元々ないに等しいのに、このままではマイナスに達してしまいそうだ。…いや、既にもう氷点下まで下がりきっている。ハリーポッターならば「灰谷蘭にマイナス500点!」といったところだろうか。いや、ところだろうかではなくて。
はぁ、と遠慮することもなくため息を吐いた。せっかくの華金、わたしは何をしてるんだろう。あまりにあんまりな話に、ついお酒は進む。進むけど、美味しいのかと言われたら、微妙である。
ストレスの過剰摂取のせいか、頭痛までしてきた。普段ならたったこれだけのお酒じゃ、酔うことなんてないはずなのに。
……というか、あれ?

「……竜胆くん、」
「なに?なまえちゃん」
「りんどーくん…」
「どうした?」
「…あー、やばい、しぬ」
「死なねーって、大丈夫」
「……いやちがう、しんで」
「ははは、こえー」

クラクラとする頭でなんとか必死に考える。いや、今寝たらまずい、それだけは確実に分かる。分かるけどどうしよう、眠い、全然動けない。なにこれ、竜胆くんなにした?
薄れゆく意識の中で最後に見たのは、変わらない竜胆くんの楽しそうな横顔と、忘れるはずもない、“元彼”の姿だった、と思う。
薬盛られた、とはっきりと気付けたのは、見覚えのない部屋の中で目覚めたときだった。



「なまえちゃーん」
「なまえちゃーん、寝た?」
「ったく、兄ちゃんも人遣い荒いよな、俺ほんとはなまえちゃんにこんなことしたくないのに」
「…けど、久しぶりに会えて嬉しかった」
「またゆっくり話そうな、昔みたいに三人でも、二人でも」
「おやすみ、なまえちゃん」

20220812

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