04:探し物はなんですか見つけにくいものですか



「確かここらへんだったかな」


私は早速ジュリアを連れ、金髪の彼が眠っていたガーデンの隅にやってきた。もしかしたら私のブレザーはそのまま放置されているんじゃないか……と一縷の望みをかけたが、流石に寒かろうと貸してやったブレザーをポイして立ち去るような青年ではなかったようで、その場には何も無かった。ジュリアは腕組みをして、凛と立ち、その場を舐め回すように伺っている。彼女の美しいブロンドが風にささやかれ、猫の瞳のような深緑の大きな目がキョロキョロと動いた。


「ま、もちろんのこと、何もないし誰も居ないようね」
「ううー……」
「ツカサ、もう一度言ってご覧なさい、そいつの特徴」
「えっと、男子で、金髪で、髪は短め。何年生かはわからない。ブレザー着てなくて、名札ももちろん無かったから」
「ふん。ありきたりな特徴ね」
「ありきたりって。でも、顔は、たぶん……かっこよかったと思うけど」
「……そう。ふーん」


私が言った彼の特徴を聞き、ジュリアは何故か不機嫌そうな顔をした。


「あんたって本当目が離せない子よね。どうしていずれ敵になりそうな奴を私が探し出さなければならないの」
「敵?」
「何でもないわ。あんたが面食いだからこっちが迷惑してるって話よ」
「面食いなんかじゃないよ。でもさあ、そりゃかっこよかったらブレザーの一つや二つくらいお納めくださいって献上させて頂きたくもなるって。それに寒かったから仕方ないよ」
「あーハイハイ。まああんたのお人好しも今に始まったことでもないわね」


ジュリアはもういいから、とばかりに手を振ってここまでの会話を終わらせた。しかし私は少し心の中で思った。もしブレザーを貸した彼が、この学園の抱かれたくない男No.1で有名な万年留年生モタリケ先輩だったとしたら、……いや、考えるのはやめておこう。


「……ツカサ。あんたそいつの事をかっこいいと今言ったけど」
「え?うん」
「まさか気になってるとか、思ってなどないわよね」
「えっ!?な、なんで!」
「答えなさいよ。どうなの?」


ジュリアの突然の指摘に、私はしどろもどろになりながらも思い切り手を振って否定した。


「べ、別に、私はただ……ネックレスとブレザーが返ってくれば本当にいいし、それ以上なんてないし。それに私、綺麗じゃないし。そんな人達とは釣り合わないってわかってるよ」
「馬鹿。そういう事を言ってるんじゃないわよ」


ジュリアは訝しんで私の様子を伺っていたが、「……まあ、それなら、そういう事にしといてあげる」とここで追求をやめてくれた。しかし私は、すこし心臓がどきどきしていることを隠すように嘯いたような気がしてならなかった。



「さて、一体誰なのかしらね。ツカサのブレザーをパクったままの奴は。ツカサの語彙力の無い説明だけでは特徴の情報はたったそれだけだし」


私が一方的に貸しただけなのだから別に彼はパクったのではない、と心の中でジュリアに突っ込んだ。しかし短い金髪の、男子。彼は一体どこに居るのだろうか。ジュリアは腰に手を当て、顎に手を当て、まるで名探偵のように振る舞った。


「ああもう、面倒臭い。考えても仕方ないし、さっき言ったこの学園の金髪の奴ら全員の顔を見たらいいんじゃない?」
「……妙案のように思えるけど、それ、時間かかるんじゃ……」
「仕方ないじゃない。他に方法がある?」
「う、うーん。そう言われるとなあ」
「そうでしょう。さあ、そうと決まればさっさと行くわよ」
「え、何処に?」
「まず一人目ね」


ジュリアは人差し指を立てて、ウインクをした。美しい彼女だが、私にはそれが妙に不気味な予兆にしか見えなかった。








「じゅ、ジュリア……ねえったら」
「何ようるさいわね」
「い、いいの?私達がこんなとこまで入り込んじゃって……」
「ダメなんてどこにも書いてないじゃない」


そりゃ書いてないけど、マナーとかモラルとかそういう問題を私は言いたいのだ。しかしジュリアは我を貫く性格、そのようなものはお構い無しだった。


私がジュリアに連れられて来た場所は、ハンター学園附属中等部校舎。私達の在籍する高等部棟に隣接した、下級生らの校舎だ。私やジュリアは高等部への編入組だからあまり中等部棟のことをよく知らない。しかしハンター学園はやはり一筋縄ではいかない学園であり、中等部在籍だからといってエスカレーター式に学位が上がり高等部へと昇学する訳ではなく、難関な高等部への昇学試験が存在する。それは一般にハンター試験と呼ばれている。よって、中等部の後輩ら全てが昇学できる訳では無い。そして中等部にも同様に部活動や生徒会組織はあるが、あくまでそれは高等部とは干渉し合わず独立している。不穏な癒着が発生する可能性があるからだ。
つまり、中等部だからといって気軽に絡んだりはしない関係性なのだ。



「見つかったら怒られないかな……」
「そしたらあんた残して私は逃げるわ」
「すごく酷いと思うけどそこまで言われるといっそ清々しいよジュリア」
「クラピカは中等部生徒会長よ。けどまあ、そこまで入り込むのも悪い意味で目を付けられそうね。誰かに連れてきてもらいましょう」


確かに、たかが中等部校舎の中庭だというのに、じろじろとした視線を複数感じる。歓迎はされていないし不審に思われている。それならジュリアの言う通りに誰かに仲介を立ててもらうのがベストだ。

ジュリアは中庭の隅のベンチに座り話に花を咲かせて居る男の子達に声を掛けた。



「ちょっと、そこのトンガリと白髪の2人組。少しいいかしら?」
「ちょ、ジュリアさん!?」


人によっては喧嘩にさえなるだろうその物言いで、ジュリアは男の子達に声を掛けた。トンガリと白髪。確かに彼らの一人は黒髪の剛毛が目立つツンツンとした髪型で、もう一人はフワフワとした真っ白い銀髪が特徴だった。


「え?オレ達のこと?」
「なんだよ、アンタら」
「そうよ。他に誰かいるようには見えないけれど?」


まさか少年たちも高等部生のしかも女子にそんな喧嘩腰で話しかけられるとは思わなかったのか、いささか怪訝な顔をしている。


「探し人がいるの。あんた達、お使いをして貰える?」
「……はあ?おいアンタ、どこの誰か知らねーけど、人に物を頼む時にはそれなりの態度ってもんがあるんじゃねーの?」
「態度?何を言っているのかしら。私はお願いをしているのではなくて命令しているのよ」
「そんでハイわかりましたって言う事聞く馬鹿がいるかっつーの」
「下級生ならば黙って素直に私の言うことを聞くべきではないかしら」
「んなの知るか。……アンタ、アニキと同じ匂いがしやがる」
「仕方ないわね。それならその気になってもらうしかないようだわ」
「へえ。俺と闘るっての?」
「それが必要ならね」


白髪の少年とジュリアはそうして静まり返ったが、緊張の一線を張ったまま睨み合いを続けている。その一触即発な会話に、ようやく私はあわあわしながら割り込んだ。


「ま、待って待って!ごめん、違うの!私たち探してる人がいて、もしかしてそれがクラピカって子なのかなってちょっと確認しに来ただけで!ジュリアはちょっと物言いがキツいだけで本気で喧嘩なんてしない博愛主義の美少女だから!ね!ジュリア!」
「何を言うのツカサ、私はこのガキにお灸を据えなくちゃ、」
「しーっ!」


無用な争いを避けるべく、無理矢理にジュリアの口を手でふさいだ。ジュリアは私の手を振り払うかと思ったが、少しムッとした表情をしただけでそれ以上何かを言うようなことはなさそうだった。


「クラピカに会いたいの?」


その経緯をただきょとんとした顔で見ていた黒髪の少年が、その名前を反芻した。私はそうだとばかりにうんうん頷くと、少年は先程のことがあったばかりだというのに、ニコっと笑った。曇りのない笑顔に、私はホッとした。


「そっか。それならもう少しここで待ってれば来るよ。オレ達、仲間なんだ」
「おいゴン!おめーな、さっき喧嘩売られたの見てなかったのかよ」
「大丈夫だよキルア。そんな気は無いって、お姉さん言ったよ?」
「だからってな!あーもー、お前って奴は!」


どうやら、少年たちはゴンとキルアという名らしい。
あっさりとクラピカの所在を私達に教えてくれたゴンに、キルアはそのもさもさとした白銀の髪を掻き乱して納得のいかない様子だった。



「心配ないよ。確かにさっきはちょっとびっくりしたけど、謝ってくれたじゃん」
「もしコイツらがクラピカに何かしたらどーするつもりだよ!」
「オレもキルアもいるし、クラピカだってそんな簡単に何かされたりしないよ。それに、嘘だったらそれはそれで気が楽だし」
「気楽?」
「遠慮なく倒せる」


…………………………あの、ゴンさん、それは私達をですか?

突如黒い表情を見せたゴン少年。さっきの光のような笑顔はどこへやら、底知れない何かを発揮したゴンくんに戦々恐々としつつ、私は数歩引いた。


「オレ、ゴン=フリークス!あっちは友達のキルア!お姉さんは?」
「……あ、私、ツカサ=ブライス。彼女は、私の友達のジュリア=フロマプロディトス。さっきは本当にすみませんでした、心から」
「大丈夫だよ!よろしく、ツカサさん」


重ね重ね謝罪をし、ゴン君に差し出された握手に私は恐る恐る返した。「次はねーからな」と、キルア君も不貞腐れながらも機嫌を直してくれたようだ。ジュリアは不遜な態度で腕組みをしながらも「ツカサに免じて見逃してあげるわ」と減らず口を叩いたが、それ以上は強気な姿勢を見せることは無かった。



「ゴン、キルア!待ったか?」


その時、後ろから声が聞こえた。振り返ると、金髪の少年がこちらへ向かってくるのが見えた。


「もしかして……彼がクラピカ?」
「そうだよ」


ゴン君が返事をしてくれた。
確かに綺麗な金髪で、男の子のようで、美しい顔立ちをしていた。けれど私の探し人は、彼では無かった。片耳にきらりと揺れる紫色のピアスが、風に揺れる髪から見え隠れしている。

彼が探し人か、とジュリアの視線を感じた。しかしアイコンタクトで探し人はクラピカでは無いことを訴えると、彼女は興味のなさそうにそっぽを向いた。無駄足であったということだ。


「二人共、待たせて悪かったな。……彼女達は?」
「さっき会ったんだ。高等部のツカサさんとジュリアさん。クラピカのことを探してたんだって」
「私を?」


クラピカは私達に向き直り「先輩方、私に何かご用向きでも?」と警戒感を抱きながら尋ねてきた。しかし私は、探し人がクラピカではなかったことを説明した。


「お騒がせして申し訳ないんだけど……、探してる人はクラピカ君じゃなかったみたい」
「そっか、残念。クラピカじゃないんだね」
「ごめんね、ゴン君、キルア君」
「オレ達はいいよ、気にしないで」


クラピカ君はそんな私達の会話に挟まれて虚をつかれたような顔をしていたが、話の流れを察したようで、「ツカサ先輩、といったか。誰かを探しているのか?」と私に言った。


「あ、うん。私のブレザーをある人に貸したんだけど、そのポケットの中に大事なものが入ってて。それ無くしたらすごく嫌なんだ。私もうっかりしてたから、私が悪いんだけど。特徴が金髪で男の子ってだけしかわからなくて、名前も知らない人だったから」
「成程、それを確認するために私に会いに来たという事か」
「突然押し掛けてごめんね、クラピカ君」
「いや、構わない」


クラピカ君は手を振ってそれを否定した。しかし続けて彼は言った。


「だが感心しないな。中等部と高等部は同盟でこそあるが馴れ合いの関係では無い。ここを女性が彷徨くのは得策とは言えない」
「あ、はい……そうですよね、すいません……」
「これは中等部生徒会長としての警告だ。そもそも我々は高等部生徒会のやり方を良く思っていないのだよ。高等部生徒会は会長による指定推薦を続け、近親の身内を形成している。それは平等かつ公平な選挙とはならない。力にものを言わせているような体制も気になる。そんな中、高等部生がこちらに来るということは喧嘩腰である事と同義だ」
「あ、なるほど……そういうことは露知らず……」
「あなたは学園生なのに何も知らないのか?今、生徒会選挙直前でもあり雰囲気は悪化の一途だ。あなたは生徒会の者ではないようだが、こちらに来て絡まれたとしても文句は言えないぞ。付き添いの彼が居たとはいえ、今後は気を付けることだ」
「すいません……すいません……」


クラピカのド正論に私はひたすらに頭を下げた。クラピカはある程度くどくどと文句を言った上で一息付き、さらに私に尋ねた。


「因みにだが、大事なものというのは何を?」
「あの、兄の形見のネックレスで……」
「……すまない。そんな物を探しているとは。見たところそんな深い事情があるなんて見えなかったものだから、つい言い過ぎてしまった。何も考えずにこちらへ来た能天気者だとばかり……」
「あ、いえいえ……」


クラピカはナチュラルに私をディスった。そんなに私はアホそうに見えたのだろうか。
三人とも私の返答に押し黙ってしまったため、私はそんな雰囲気に耐えかねた。妙に気を遣わせてしまったことに「いや、大丈夫!すぐ見つかると思うから」と慌てて応えた。


「じゃ、じゃあ、また探しに次のとこ行かなくちゃ!ごめんね本当に!」
「ツカサさん、オレ達も手伝って探そうか?」
「いやいやいや、大丈夫だよゴン君!気持ちだけでも嬉しいよ。ジュリアも一緒に探してくれてるから平気」
「アニキの物を形見に持ち歩くって俺にはよくわかんねーけどさ。こんだけ必死こいて探してるんだから良いアニキだったんだろ。気ィ使わなくていいんだぜ」
「キルア君も親切にありがとう。でも本当に大丈夫」


ゴン君とキルア君の頭を思わず撫でた。ゴン君はニコニコとそれに甘んじていたが、キルア君は「やめろよ、恥ずいな!」と顔を赤くして私の手を振り払った。クラピカはそんな彼らの様子を見て雰囲気柔らかく微笑んだ。


「力になれずすまない」
「あ、いやいや、そんな」
「だが、捜し物が見つかるよう祈っているよ。ツカサ先輩」
「ありがとう、クラピカ君」


三人は中等部の出入口まで見送ってくれた。

優しい後輩らに感謝しながら笑顔で手を振ると、ジュリアは「あんたもあいつらもほだされやすいわね」と鼻で笑った。血も涙もないジュリアにこそ戦々恐々としながら、そして私達はその場を後にして高等部へと戻った。










「さて、次はフィンクス=マグカブって奴に当たりに行くわよ」


先程の件もあり、薄らと嫌な予感を感じてしまうのも無理は無いというものだ。ジュリアはトラブルメーカーだ。女王様の喧嘩腰の我儘なのでトラブルは避けられないとここでもう感じていた。


「ね、ねえ?ジュリア。ちょっと疲れたから、休憩でもしない?ほら、お腹も空いたしさ」


時刻は昼過ぎを指している。確かにジュリアもそう感じたのか、「まあそれもそうね」と同意をしてくれた。


「そういえばあんた、遅刻したのだからお弁当なんて無いでしょう」
「あ、うん」
「それなら食堂か購買で買ってきなさいよ。私は一度教室に戻ってお弁当取ってくるわ。それでたまにはガーデンで食べるっていうのはどう?もしかしたらあんたの探し人がガーデンに現れるかもしれないわ」
「なるほど!」


確かに、昼間のガーデンは人通りもあるし、このお天気の下でご飯を食べながらその人を見つけ出すことも出来るかもしれない。少なくともいつものように教室に引きこもって食べるよりは実に効率的だ。「それじゃ、あとでまた落ち合いましょう」と、一度ジュリアと別れた。私はお昼ご飯を確保すべく生徒が多く集まる食堂へと足を向けた。










「へえ、初めて食堂なんて来たけど、案外いっぱい種類があるんだなー」


食堂は、券売機でお金を払ってから券を給食のおばちゃんに渡し、ご飯をもらうシステムだ。ステーキ定食から始まり、ククルーマウンテンカレー、天空闘牛丼、ノストラードリアなど、名称はよくわからないが様々なバリエーションに富んでいてとても美味しそうではある。購買は、食堂の隅にあり、そこではサンドイッチやパンなどのテイクアウトの出来る軽食が置いてありそうだった。私はそこへ向かった。


「どれがいいかなぁ」


じーっと眺めていると、目につくものがあった。それは「1日5個限定!ソース引き立つ焼きそばパン!」と書かれたそれだ。なんだそれ絶対美味しいじゃないか。濃い色のソースが絡まった焼きそばが、紅しょうがとともにふわふわのコッペパンに挟まれ、ついでに青海苔も彩りに振りかけられている。その神々しいパンに目を奪われずにはいられなかった。しかも数を見るに、最後の1個のように見える。初めての購買でそんなものが買えるなんてラッキーだ。きっと神様の御褒美に違いない。私は即座にそれを買うことに決めた。


「おばちゃん、焼きそばパンください」
「はいよ、200ジェニーね」


パンを受け取り、お金を支払った。るんるんでその場を去り、ガーデンへと戻ろうと踵を返したその時。ようやく私は背中に立つ男子生徒が居たことに気付いた。

「あ、ごめんなさい」

と、横を通り抜けようとしたが、何故かその男子生徒は通せんぼをして道を塞いだ。お互いに避けようとして同じ方向に避けてしまったのか、とまた通り抜けようとしたが、彼はまたもや通せんぼをした。なんですと?と思った次の瞬間のことだ。



「おい。女、それ俺に譲れ」
「え」


顔を反射的に上げると、男子生徒が私を立ち阻んでいた。シャツを着ておらず、ジャージを着た上にブレザーを着ている。筋肉質がありありとわかる体格に、オールバックの茶金髪、そして何より眉毛の無い強面が私の恐怖を煽った。こいつ、チンピラだ。


「聞こえなかったか」
「え、その……」
「それを寄越せっつったんだが」


チンピラは私の手の中の焼きそばパンを指さした。
おお、神よ、何故私にこのような困難を与えたもうか。神様の御褒美だと思ったのにむしろ絶対勝てない敵にエンカウントした気分だ。


「でも、その、……既に私が買ったんです……他のものをご購入されては如何かと……」
「ああ?もう一度言うぜ。それを寄越せ、女」
「……い、いつからこの学園はそのような恫喝恐喝暴行窃盗強盗詐欺置き引きが許されるようになったのですか!」
「は?え、いやそこまではやってねえけど」


チンピラは差し出がましく口答えをした私を睨みつけた。生意気な女だ、とばかりに思ってるだろう、顔が怪訝そうにありありと出ている。しかし彼のやろうとしていることはいずれかの犯罪行為のそれだ。


「で、出るとこ出ますよ!せ、生徒会教師陣へ訴えますよ!」
「テメェ、俺を知らねぇのか?」
「え?し、知りませんが……」


チンピラは物珍しそうに私を眺めた。俺を知らねえのか、なんて自意識過剰なチンピラだ。一部の界隈では有名かもしれないが私はその筋の者ではないのだから知る訳が無い。だがもしかしたらその口振りからすると先輩かもしれないから、下手に出なければ。


「へえ。誰かも知らず、それで俺に口答えかよ」
「ぞ、存じ上げず、すみません……」
「俺が怖くねえのか」
「そういう訳じゃないですけど」
「俺は女子供でも容赦しねえ主義だ。謝るなら今の内だぞ」
「それはできません。先輩、その、そういうのは良くないです」


少なくとも、兄はそんな学園を望んだ訳では無いだろう。
チンピラの先輩は、しばらく無言で私の譲らぬ姿勢を伺っていたが、そのうちに口を開いた。


「お前、名前と学年は」
「えっ」
「早く答えろ」
「う……一年のツカサ=ブライスです。でも覚えないで下さい」
「覚えねぇなら何の為に名前聞くんだよ」


その大きな手が私の目の前に翳される。叩かれるんじゃ、と私は突然のその行動に目を瞑った。しかし、コツン、と額を小突かれただけで終わった。力加減を考えてくれたようで、それはジュリアのものよりは痛くなど無かった。ゆっくり目を開けると、彼は不敵に笑っていた。怒ってはいなさそうだ。


「バーカ。度胸もねえのに啖呵切るんじゃねーよ」
「そ、そんなつもりは、」
「ま、そういうバカは嫌いじゃねえけどな。だがまずは、この学園を知る事だ。一年だからって甘く見てくれるような世界じゃねぇ。現にお前の近くには天使みたいな顔して俺より怖ぇ悪魔がいるぜ」
「えっ!だ、誰ですか、その方は」
「次の生徒会副会長。それ以上は秘密だ。ま、次期生徒会選挙で分かる事だがな」
「は、はあ。……副会長……?」


生徒会ならそんな人はいないと思うけれど。まあチンピラさんからしたら生徒会は脅威の存在かもしれない。そういう意味なら学園を取り締まる生徒会副会長を怖いと言うのも頷ける。


「ったく、仕方ねーな」


チンピラは興が削がれたのか、私から離れて購買に足を向けた。そして5個ほど適当な種類のパンやサンドイッチを言い付けて購入すると、くるりと私の元へと戻ってきた。


「ほらよ。交換条件だ」
「へ?なんです、これ」
「これじゃ足りねえのか。よく食う女だな」
「いやそうではなくて……おっしゃる意味が……」
「お前の肝に免じてここは見逃してやるよ。お前頑固そうだしな。だから交換条件だ。俺はその焼きそばパンが食いてえ、その代わりにこれをやる、だから譲れ」
「はあ……交換条件、ですか……」
「わかったか。わかったなら寄越せ」
「ああっ」


私の焼きそばパン……!
むしろ交換条件にしては多いくらいのパンの山を押し付けられ、了承もしてないのに焼きそばパンはチンピラにさらりと奪われてしまった。その擦れ違う瞬間に彼のブレザーが風にたなびいて、ジャージの胸元にご丁寧にきっちり縫い付けられたワッペンがちらりと見えた。そこにはマグカブと書かれた苗字。見間違いでなければ。

もしかしてこの人がジュリアの言っていた、フィンクス=マグカブ?



「じゃーな。覚えておくぜ。ツカサ=ブライス」



最後にぽん、と軽く頭を叩いて、そして彼は立ち去っていった。

呆気に取られてフィンクス先輩を見送った後に、なんとなく彼が私にくれた袋の中身を見てみた。ジャムコッペパン、ピーナツバターコッペパン、餡マーガリンコッペパン、マーマレードコッペパン、チョコサンドコッペパン……。って、全部コッペパン!!!選択のセンスが無いのか、嫌がらせなのか、それともただのコッペパン好きなのか。それにしてもバッドチョイスには変わりなかった。こんなことなら焼きそばパン譲らなけりゃよかった。落胆せずにいられない。返してほしい。

しかし文句を言う相手もここにはもういないので、仕方なく溜め息をつき、ツカサはとぼとぼとその場を後にしてガーデンへと戻って行った。









「遅かったじゃない、ツカサ」
「ちょっとね……」


ガーデンへと戻ると、ジュリアは既にお弁当を広げて昼食を食べ始めていた。人を待たないところがとてもジュリアらしい。私は気にせず隣に座り、ふう、と一息つく。その様子に彼女は小首を傾げながら、空中に箸を指し示した。


「ああ、そういえば今そこをフィンクス=マグカブが通って行ったわよ。ツカサがもう少し早ければ顔を見れたのに、まったくトロいんだから。今から追えば追いつくと思うけれど、どうする?」
「あ、うん……でもその必要はないかな……」
「どういう意味?というかツカサ、何よそのパンの量。どうしてそんなに買ってきたの?まさか今それ全部食べるつもり?しかも全部コッペパンじゃない。ちょっとどうかしてるんじゃないの?」
「いやこれには色々事情が…………あ、一個どう?ジュリア」
「私他人の作った食べ物は食べられないの。結構よ」
「あ、さいですか……」


さり気なく潔癖を発揮するジュリアに素っ気なく断られた。
賞味期限は今日だ。今日までにこれらのパンをどう胃袋にねじ込むか考えものだった。が、探し人が見つからないことこそ考えものだ。


「結局見つからないなあ」
「言っておくけど、私、放課後は用事あるからあんたに付き合ってあげられないわよ」
「そんな!……というか用事って?もしかしてバイト?」
「まあ、そんなところかしら」


ジュリアがバイトだなんて。いくら美しい彼女だからとて接客態度は最悪評価だろう。客と喧嘩をする姿が目に浮かぶ。店が潰れなければいいが。
と、別の心配をしつつ、放課後は私だけで学園内を回らなければならないことに肩を落とした。



「無くし物を見つけるには少し時間が掛かるものよ。私もそうだったわ」
「ジュリアも大切なものを無くしたことあるの?」
「あるわよ」
「それは見つかった?」
「ええ。今は私の手の中に在る」



ジュリアはそう言って、その深緑の瞳を私に向けた。陶器のような白い肌は太陽に照るとさらに白く透けてしまいそうだ。ブロンドが反射してきらきらと輝く。



「もう絶対に、無くしたりなんてしない」



どこか意味深い物言いをする彼女。切れ長の瞳が、私の頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見回す。少し独占欲や所有欲さえ感じられるような、そんな視線。その瞳の奥に燻る熱情が見え隠れしたような気がしたが、まさか、と思い直した。「無くすと探すの大変だからね」と返して、私は適当に取り出したコッペパンを齧った。ピーナツバターだった。









「それじゃ、ツカサ。精々がんばんなさい」


放課後となって、マブダチに冷たい態度のジュリアはせっせと帰り支度を済ませて立ち上がった。


「ネックレスぅ〜……」
「あーもう、うるさいわね」
「ごめん……でも……」
「危機管理能力欠如してるツカサが悪いんでしょう」
「そうかもしれないけど……」


やはり無くした物が大きいのだから、落ち込むのは仕方の無いことだ。いや、まだ諦めた訳では無いけれど。しかしもうこのまま見つかることが無いかもしれない、と思うと、目の端にじんわりと涙が浮かぶ。鼻をすすると、ジュリアはそんな私の様子に気付いたのか、ゲッという顔をした。


「……何も泣かなくても」
「泣いてないもん」
「ならばこの涙は何?」


ジュリアの骨張った手指が、私の頬を持ち上げて撫でた。少し滲んだ涙のしずくを、その細い指が拭う。


「……見つけてあげられなくて悪かったわよ」


私の涙にさすがにそこまでは強気になれないのか、ジュリアは少しバツの悪そうにそう言った。


「うう、ジュリア……探すの協力してくれるって言ったのにぃ……」
「用事は仕方ないでしょう。明日また一緒に探してあげるわ」
「ずびっ……本当?」
「鼻水汚いから拭きなさい」
「絶対だよ?」
「わかったから。明日まで良い子に待っていること、いいわね」
「うん……」


そしてジュリアは「それじゃあね」とあっさりとブロンドを風にたなびかせて帰ってしまった。学園に私よりは詳しいジュリアが頼みの綱であるのに、その彼女さえもいなくなってしまっては私は無作為に探し回るしかない。まいった。私は友達も少ないので誰かに頼るにも難しい。ヒソカはどうかと考えを過ったが、彼は今日一日教室にも学園にも姿を見ていない。きっとどこかでサボっているのかもしれない。


そんなことを考えながらぼんやり何処へともなく廊下を歩いていると、キーンコーンカーンコーンと、夕刻4時を示す鐘が鳴り響いた。


茜色に染まる校舎。部活動に勤しむ生徒達の掛け声。人のいない廊下に差し込む夕陽。ぽつんと教室の隅で勉強している者もあれば、内緒話をする女子生徒たちもいる。この時期ともなれば、部活動に入部する新入生はもういないだろう。少しずつ学園生活にも慣れ、学園は稼働を始める。私もその歯車の一部。しかし、何かが足りないような気がするのは何故だろうか。何かが物足りなく感じてしまう焦燥ともいえるような感覚が、私の青春を煽る。

これでいいのだろうか、と思わずにいられない。

兄の遺志を探す為にこの学園へと入ったのに、このまま何も得られずにいつの間にか時間が経ってしまうような気がしたのだ。起きて、登校して、授業を受けて、友達と喋って、そして帰宅する。この生活の流れの中に、私の求めるものはあるのだろうか。

春の風の匂い。それらが少しずつ暖かな風を運んでくる感覚があった。桜の花はもう枯れ落ちる寸前で、花弁の残骸がほんの少し窓から入り込んでは廊下の隅に吹き溜まりとなっている。美しいものさえ塵となる。桜の木に新芽があるのを横目で見ては、ため息が出た。



「へっくしゅん。はあ……」


何も考えず歩いている内に、いつの間にか屋上へと辿り着いた。

柵に腕を組むように寄りかかり、屋上から覗くガーデンを見下ろした。綺麗な学園の庭は、芝が青く茂り、季節の花を咲かせているのがここからでもよく見える。私、たぶん目が良い方だ。



「おや、ツカサじゃないか」


その声に振り返ると、ヒソカが物陰から顔をひょっこりと出していた。片手を挙げて「やあ」とにこやかに笑顔を向けている。


「ヒソカ。どうしてここに?」
「ここはあまり誰も来ないからね。ツカサは?」
「私は……ちょっと人生の迷い子といいますか」
「おや、それはタイヘンだ」


ヒソカに近寄ると、「ココへおいで」と隣を指定された。それに大人しく従って、パンツが見えないようにスカートを抑え込みながら隣に座った。ヒソカはそれに少し満足そうな笑みを浮かべた。


「今日、教室来なかったね。授業も受けずに大丈夫?」
「問題ないよ。ボクは授業免除だからね。テストで合格点にさえ達すれば、授業自体は受けても受けなくとも良い事になってる」
「へえ……なんで?」
「まあ、色々と上手くやってるのさ」


そうなんだ、と相槌を打った。
ヒソカが問題ないと言うのだから、そうなのだろう。どう上手くやっているのか知りたいところだ。


「それで?」
「え?」
「ツカサは何に迷っているんだい」
「うーん……何というか、取り留めのない事だよ」


よくある思春期の悩みと言っても過言ではない。
この学園に入った理由、まだ入学して4月末ではあるが目前にある将来への莫大な不安、このまま無為に時間を過ごしてしまうのではないかという自分の不甲斐なさ。少しずつ大切なものを無くしていってしまうようで、それが怖いのだと。それらを順も追わずにヒソカに話すと、彼はただ黙ってそれらを耳にしてくれた。どうしてか、ヒソカにだけは素直に悩みを打ち明けられることが心地よく感じる。


「ごめん、ヒソカにはちょっとつまらない悩みだよね」
「そんなことないさ」
「何かしたいと思ってるけど、それが何かわからない。でもこのまま時間が経つのはとても惜しいってわかってる。みんな、やるべき事を見つけてやってる。私は何も出来てないの」
「ツカサがそんな事を考えてるなんてね。キミも少しずつ大人になっていっているんだね、少し驚いたよ」


私はそんなにアホそうに見えるのだろうか。
ムッとすると、ヒソカは「そう拗ねるなよ。キミの成長を褒めただけさ」と、私の髪を撫でた。少し意地悪く釣り上がった目尻と口元が、しかし急に真一文字になって、真面目な雰囲気を纏わせた。


「……でも、キミはそのままで在るのがいい」
「え?」
「けれどそれでも欲しいのなら、追い求めなければね」


ボクのように、とヒソカは付け足した。
その意味深なニュアンスの台詞に小首を傾げると、ヒソカは何も無い掌をくるっと返し、カードを1枚取り出した。


「いいかい、ツカサ。得ようとしなければ何も得られないのさ」


ジョーカー。
ピッと向けられたそのカードを受け取る。


「ヒソカも何か欲しいものがあるの?」
「そうだね。欲しいよ」
「それは何?」


そう尋ねると、ヒソカはただ柔らかな笑みを浮かべて私を見遣るだけだった。普段の天邪鬼のような表情とは打って変わって、まるで吹いた春風にその身と心を解したかのような、ふっと穏やかな目尻。


「……さて。何だろうね」


そして、そう誤魔化した。
未だ教えてはくれないようだ。
「いつか教えてね」と言うと、「もちろん、いつか必ず言うよ」と、彼は約束してくれた。ヒソカの綺麗な赤毛が彼のうなじを擽るのを、私はただ眺めた。


「ヒソカ、綺麗な赤毛だねー」
「ツカサも綺麗な栗色の髪じゃないか」
「そうかな……あ。ねえねえ、もしかしてヒソカ知ってるかな」
「なんだい?」
「短い金髪の男子生徒に誰か心当たりない?今日遅刻した時にガーデン通り掛かったら、その人授業サボって寝てたんだけど寒そうだったからブレザーを貸したんだ。でもポケットの中に大事なネックレスを入れっぱなしにしちゃって。名前も知らないから誰かわからなくて……けれどどうしても見つけたいの」


短い金髪。男子生徒。授業に出ていなかった。
ヒソカにはそれが誰かすぐに察しがついた。しかし、ヒソカはその細く長い白指を顎にあてて考える素振りをし、わからない振りをした。彼女と彼等を再会させるには、まだ時期尚早と思っていたからだ。彼女も彼等も、気付いていないのだ。


「そうだねェ。ボクも人見知りだから、他の生徒のことはよくわからないなァ」
「そっかぁー……」


ツカサは膝に顔を埋めてまたもやため息を吐いた。それにはまだ早いが、彼女が無くしたものはその内にボクが取り戻せばいいだろう。「ボクも探してみるよ」とツカサに言うと、存外な返答が帰ってきた。


「ううん。大丈夫。私一人で探す!」
「……いいのかい?」
「得ようとしなければ何も得られない、でしょ?」


にかっと笑って、私は立ち上がった。ヒソカは少し驚いたような表情であったが、「そうだね」と、ヒソカは目を伏して、私の言うことに同意してくれた。

「ヒソカありがとう、またね」

私は彼にお礼を言ってその場を立ち去る。ぼーっとしてないで学園中を歩き回ってでも探さなければ無くしたままになってしまう気がした。ジュリアにもヒソカにもおんぶにだっこじゃ、きっと返ってこないし見つからない。フラフラしてないで自分でも追い求めなければ何も得られない。無くしたものも、探しているものも。







「ーーー……ああ。きっとすぐに見つかってしまうね」



ヒソカは独り残された屋上にて、ぽつりと呟いた。

探しもの。無くしたもの。彼等と彼女。けれどそれもいいかもしれない、と少しずつ大人になっていく彼女の背中を見送る。早いと思っていたけれど、そうじゃないようだ。あの時体を縮こませて泣いていた女の子は、こんなにも大きくなった。ボクは少し忘れていた。ボクと彼女は、同じく今の時を共に過ごしている。そして、共に大人になっているのだということを。