episode 1
01 サファイアの愛と心臓⭕️
「お姉ちゃん、ほんとに行くの、?」
「あぁ」
手の横の袴を握りしめて問う。
目の前に立つ彼女は後ろ姿。遠ざかる姉と、近づいていく穿界門。何度聞こうが姉の意思は変わらず、引き止めることが出来ない。私は自分の無力さに絶望し、唇をかみ締めた。鮮明な青空は、私の想いなど知らぬとでも言うようにいつも通りにその輝かしい太陽を掲げて私たちを照らす。
「……ゃだ……」
「……?何か言ったか?」
「やっぱりやだーー!!!!!!」
「うわぁっ!!」
絶対離さぬようお姉ちゃんにへばりつく。離すものか、誰が離すものか!絶対絶対離すものか!!!
「やだやだやだやだやだやだ!!」
「や、やめぬかレミア!」
「やだ!!!!!」
やだ!お姉ちゃんと一ヶ月も会えないなんて絶対やだ!!そんなことなら死んだ方がマシだ!
「やめないもん!絶対絶対やだ!」
「っ!……レミア、やめろ」
「やだっ」
「レミア!」
「!」
ぐりぐりと頭をお姉ちゃんの背中に押し付けて両手両足で抱きついて、絶対離さないと決めたのに、お姉ちゃんのその一言で体の力が緩む。
お姉ちゃんがその隙を見逃してくれるはずもなく、私はお姉ちゃんから引き剥がされた。その衝撃で地面とチューをする。酷いんだ、お姉ちゃんも私の気持ちを分かってないの。
「やだよ……置いてかないで、お姉ちゃんっ、」
「……はぁぁ。レミア」
「やだ。聞きたくないっ」
「レミア」
「やだ!」
あぁ、我慢してたのに。堪えきれなくてぽたぽたと涙が死覇装にシミを作る。また、泣き虫だって、思われるんだ。
「レミア」
「……」
「こちらを見ろ」
ぼろぼろと頬を流れる涙が顎を伝ってまた違う場所にシミを作る。顔を上げた先の姉は意外と近くにいて少し吃驚した。
お姉ちゃんの細くて白くて大好きな手が私の頬を包んで親指で目尻に溜まった涙を拭った。
「そんな顔をするな」
「……だって、」
「聞け。レミア」
そんな優しい声で、私が大事だと言いたげな声で言われて誰が聞かずにいられるんだ。
新鮮な光に照らされた大好きなお姉ちゃんはとても綺麗で、美しいなんて、見惚れてしまう。よく、双子みたいに似ていると言われるけど私はそうは思わない。お姉ちゃんは私なんかとは比べ物にならないくらいに綺麗で可愛くてかっこいいんだから。
そんな事考えてたらいつの間にか涙なんて止まっていて、それに安堵したお姉ちゃんが私に微笑むから、私の頬はぽっと赤く染まる。
「泣き虫だな、レミアは」
「……言うと思った」
「ははっ、そんなに拗ねないでくれ」
お姉ちゃんが私の前に腰を下ろす。何だ?と首を傾げるとぎゅっと抱きしめられた。
「一ヶ月、待っていてくれないか?」
「……長いよ、」
「そんなことないさ」
抱きしめられたまま何も出来ないでいれば、お姉ちゃんの体が離れてしまう。お姉ちゃんの温もりがなくなって寂しい。こんなことなら抱き締め返せば良かった。
お姉ちゃんが私の肩を掴んで目線を合わせる。これはお姉ちゃんが私を言い聞かせる時の体勢だ。
「一ヶ月待っていてくれたらこの間行きたいと言っていた甘味処に一緒に行こう」
「……足りない」
「そうか……では、現世でお土産も買ってきてやろう。現世には可愛いものが沢山あると聞く。お姉ちゃんが選んできてあげるぞ?」
「……んむぅ」
「それと、帰ってきたら誰よりも先にレミアにただいまと言いに行こう」
「!」
「あぁ、これもだったな。帰ってきたらこうやってぎゅっとしてあげよう」
そう言ってお姉ちゃんはまた私を抱きしめた。でもさっきとは違って頭をぽんぽんとしたり、頭の形に沿って髪を押さえるように優しく撫でてくれる。小さい頃から何度も何度もしてくれたこれ。小恥ずかしいけど堪らなく嬉しい。
今度こそ、と私はお姉ちゃんがしてくれるようにぎゅうっと抱き締め返した。
「はは、苦しいよレミア」
「これくらい許して」
「しょうがないなぁ」
お姉ちゃんの首元に顔を埋める。──お姉ちゃんの香りがする。これから一ヶ月、この感触と香りを感じられない。そう考えてしまうとまたどんどんと涙が溢れてきてしまう。お姉ちゃんの襟元は数秒後にはびしょびしょだ。
「ぅぐ、うわあぁぁぁぁぁんん」
「はははっ、よく泣くなぁ」
「お゙ね゙ぇぢゃぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」
「おお、よしよし」
一切我慢せず思うままに全てを出し切るように大声を上げて泣いた。お姉ちゃんはそんな私を愛おしそうに背中をぽんぽんとしてあやす。もうそんな子供じゃないと言いたいけれど嬉しいことにも変わりはなくて、誰にも見られていないことを言い訳にお姉ちゃんにされるがままでいた。
「ほら、そろそろ泣きやめ」
「ヒック、ぐずっ」
お姉ちゃんがお姉ちゃんの手拭で私の涙と鼻水を拭いてくれる。「顔がぐちゃぐちゃだぞ」と言われて、顔が赤くなる。大好きな姉にこんなところを見られるのは恥ずかしくてふいっと顔を背けた。
「立てるか」
「うん、」
「ほら」
お姉ちゃんが差し出してくれた手を握って立ち上がる。 私の死覇装に着いた砂をお姉ちゃんが払ってくれた。
「あ、ありがとう、」
「あぁ」
恥ずかしくて下を向いていたけどお姉ちゃんがもう行っちゃうんだと感じてお姉ちゃんを見る。するとお姉ちゃんはこちらを向いていてちょっと恥ずかしくなった。
「一ヶ月などすぐだ。私が帰ってくるまでにどれだけ強くなれるか期待しているぞ」
「……ぅん!ぐずっ」
「泣くな」
やっぱり最後まで我慢できなくて話す勢いで涙がこぼれる。
お姉ちゃんが私に少し近づいてぎゅうっと私がしたように苦しいくらい抱きしめてくれた。
「えへへ、苦しいよお姉ちゃん」
「そうか、すまぬな」
だめだ、お姉ちゃんにぎゅっとしてもらうと離れるのが寂しい。もっと涙が出そうだ。でも、それじゃいけない。約束したから、お姉ちゃんと。
「では、行ってくる」
「……うん」
開いた穿界門から出た光にお姉ちゃんが包まれる。もう、見えなくなっちゃう。
「お、お姉ちゃん!!」
「ん?」
「その、い、行ってらっしゃい!」
「!あぁ」
「き、気をつけてね!」
「もちろんだ」
ゴウンと音を立てて穿界門が閉じられる。閉まる最後にはお姉ちゃんの暖かい笑顔が見えた。
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