大脱出

 ロイが魔竜を封印の剣で斬ると魔竜の身体がばらばら鱗が剥がれ落ちるように崩壊し、薄紫の髪の娘がその場に倒れていた。死んだわけではなさそうだ。
 ついに魔竜を殺さずに倒すことができた。その達成感を胸にロイが封印の剣を鞘に戻し、彼女の方に駆け寄ろうとすると竜殿全体が糸が切れたかのように大きく揺れ出す。
 普通の人間ならば、とても立っていられないだろうが、ここにいるのはエトルリア連合軍の中でも猛者。立っていられている。
「なんだ? この揺れは」
 それでも突然の揺れに動揺が隠せないようだ。ウォーリアのロットが巨大な斧のアルマーズを杖代わりにして、不安げに呟いた。スー、シン、トレックの騎馬兵の三人は馬を落ち着かせている。
「あー、こりゃまずいな」
 聖騎士のトレックがぼやく。上からパラパラ瓦礫が落ちてきて、この建物が崩壊を始めていることを悟った。しかし、ここまで竜と戦ってきた十人は落ち着いている。
「きゃっ!」
 さすがに幼子のファは身をよろめかせていた。すぐ近くにいた彼女をロイが支えるとその緑の目を不安そうに曇らせて、見上げてきた。魔竜さんを助けてあげて。目がそう言っている。
「ロイのお兄ちゃん……」
「わかっているよ。あとはぼくに任せて! みんな、建物が崩れ始めている! 早く脱出するんだ! スー、ファをお願い!」
「わかった」
 ロイはファを抱き上げると遊牧騎兵のスーに渡す。スーは自分の前にファを乗せると真っ先に走り出した。ミュルグレによって増幅された彼女の速さは馬にも行き届いているようでその脚は速かった。
 どんどん落ちてくる瓦礫が大きくなってきている。早く退避せねばならない。
「シンとトレックはそれぞれニイメさんとサウルさんを連れて行ってくれ!」
「わかった」
「へえい。じゃあ、おばあちゃん……」
「わたしはあんたのおばあちゃんじゃないよ! そんなことよりわたしは魔竜をじっくり見るんだ! 邪魔するんじゃないよ!」
「へいへい。行きますよー」
 まだ息巻いているニイメをトレックは何食わぬ顔で抱え上げ、自分の後ろに乗せた。
 ニイメは魔竜を見てから、ずっと興奮してはしゃいでいる。魔力を増幅させる、アポカリプスの力もあるかもしれないが、基本的には彼女の興味の矛先が魔竜だったからだろう。ロイたちに会う前から彼女は竜を追っていた。
 このおばあちゃん、なんでこんなに元気なんだろう、とそんなことは知らないトレックはなんとなく思っていた。トレックも馬を走らせる。
「それじゃあ、行こうか」
「いえ、私は是非、ミレディさんと逃避行を……」
 サウルは女癖が悪いクソ坊主であることは軍全体に知れ渡っているし、そのことでマリナスが教団に苦情をつけた事件もあった。なので、この男と女を一緒にしてはいけないという暗黙の了解があった。
「それなら、神父様、あんたが代わりに走るか? 俺がシンと行くからよ」
 二人のやりとりにロットが割り込む。自分を指で示しながら、ニヤリと笑う。
「俺は別にそれでも構わないが」
「私が行かせていただきます……」
「あんたの体力じゃ最後まで走れねえだろ。俺は先に行くからな」
 筋骨隆々としていて、逞しいロットが先に走り出すとシンはまだ名残惜しそうにしているサウルの首根っこを掴んだ。
「いいから行くぞ」
「グエッ!」
 シンが装備しているデュランダルで増幅している力が男一人を片手で持ち上げることを可能にしている。無理やり後ろに乗せるとシンも馬を出発させた。
 仲間たちの大半が出口を目指して駆け出したというのにその場を離れないロイをリリーナは心配そうに見つめていた。
「ロイ……」
「ミレディさん、リリーナを頼みます」
「ロイ?!」
 ロイは瓦礫に埋もれかけている娘の方へと駆け寄りながら、待機していたミレディに指示を出す。おそらく、竜騎士はこの場で一番安全に逃げ出すことができるだろう。
「ロイ様……わかりました」
「待って、ロイも一緒に……」
「リリーナ様、行きましょう。トリフィンヌ!」
 ミレディはまだそこに留まろうとしているリリーナを担ぎ上げるとトリフィンヌを浮上させた。抱き上げられているリリーナはまだロイの名を叫んでいる。
「……ロイ! いやよ、ロイ! ロイーーー!」
 少女の悲痛な声にミレディはゲイルと別れたときの自分のことを思い出していた。
 去って行くゲイルの背中へと何度も呼びかけたが、彼は振り返ることはなかった。あのときは身を裂かれるような気持ちだった。それがリリーナにとっての今なのだろう。彼女の声を聞いていて、ミレディも心が痛かった。
 しかし、ゲイルと違って、ロイは再びリリーナの前に現れるだろう。必ず生きてここから脱出してみせる。彼の目がそう言っていた。
「リリーナ様、大丈夫です。必ずロイ様は生きて竜殿から脱出されますよ」
 自分の背中にしがみつき、嗚咽を漏らしているリリーナに言う。きっと、聞こえていないだろうが、悲しんでいる少女にそう声をかけずにはいられなかった。

***

「さあ、僕も行かなくちゃ」
 ミレディの愛竜の背中を一瞥してから、ロイは倒れている魔竜だった少女を背負った。デュランダルなどの他の神将器と同じように装備者の能力を引き上げる機能があった。なので、少女一人を担いで走ることなど造作もないことだった。
 ロイが奥の間を出て、幅の狭い通路からヤアンを倒した廟まで走り抜けると奥の間が崩れ落ちた。これはうかうかしていられない。少しズレたイドゥンを背負いなおすとまた狭い通路を走る。
「グオアアアアアア!!」
「わあっ!」
 次の廟に辿り着くと玉座から現れた戦闘竜が化身してロイに襲いかかってきた。これまである程度は先行した仲間たちが倒してはいたが、大量に湧いて出ていたので生き残っているものがいたのだ。
 イドゥンを背負っている状態で戦うのは難しい。