God bless you
しんしんと雪の降る日。スニッフルズの頼みでツリーハウスを作った帰り、雪道をザクザクと歩いていた。作業中に雪が降り始め、防寒の準備をせずに来てしまったため、耳が冷たくて痛い。せめて手の温もりで耳を温めようにも――腕がないのだからどうしようもない。
「……はぁ、さみぃ」
仕様もなくひとり言を呟くと、白い息がタバコの煙みたいに吐き出され、むくむくと立ち昇って消えていく。
無尽蔵に吐き出される白煙の向こうから、黒い人影がぽつりぽつりと歩いてくるのが見えた。
「モールさん」
声をかけると、桃色の頭がもたげた。短い腕を振ろうと思ったが、あの人は目が見えないことを思い出す。
なんというか、難儀な関係だ。
「モールさん!」
まだ雪が積もりはじめたとはいえ、歩きにくいだろうと、俺が率先して近くまで向かう。舗装はされているが、白杖だと大変じゃないだろうか。
「ハンディさんですか」
近くまで寄るとモールさんも距離がわかったらしく、タンッと白杖を使って体をこちらへ向ける。
モールさんもそこまで防寒をしていないようで、髪の隙間から見える耳は寒さで赤くなっていた。
「今から外出ですか?」
モールさんの家は確か方向が逆だったはずだ。空はもうすぐ暗くなり始める頃で、服と同じような黒い外套を着ていて、家に帰るような様子ではなかった。
「ええ……仕事で」
仕事。モールさんがこの言葉を言うたび、何かぴしりとした雰囲気がする。俺はその雰囲気を感じ取って、何の仕事をしているんだとか、どこへ行くんだとか、そういう込み合ったことは聞かなかった。――聞くのが怖い、に近いかもしれないが。
「そう……ですか。寒いし、雪も積もり始めたのでお気をつけて」
深入りしないようにと思うと何も言えず、常套句のような挨拶をして、頭を下げた。
そのまま、モールさんの脇を通り過ぎようとしたが……、宙ぶらりんにしていた袖をモールさんに引っ張られ、後ろへ転びそうになった。
「……っ、危ないじゃないですか」
「ハンディさんに聞きたいことがありまして」
「聞きたいこと?」
体勢を立て直し、袖を掴まれたまま向き直って聞くと、モールさんは俺の袖から手を離し、ほんのり赤くなった指先で白杖を握った。
「先程お会いしたギグルスさんが言っていて、なんだろうなと考えていたんです」
「ええと、話が見えないんですが、ギグルスが何を言ったんですか」
突然、話しかけてきたらこれだ。モールさんはなんというか突拍子もなく、前触れもなく話しかけたり動いたりする。
きっと、頭の中でモールさんなりに組み立てているんだろうが、少しだけでもいいからそれを外に出してほしいもんだ。
「カミサマ、って何でしょうか?」
モールさんは、はっきりとした口調でそう言った。俺は一瞬面食らって、モールさんの言った言葉を反芻して、噛み砕いて、飲み込んで。それからようやく理解した。
「哲学的な意味ですか、それは」
「……さぁ。ただ、ギグルスさんが仰っていたんです。何でもできる偉大な存在の方だと」
哲学とか宗教とかそういった答えを求められているのかと思ったがそうではなく、モールさんは純粋な意味を聞いているようだった。
そうでもなければ、こんな寒い道端で聞いたりはしないだろう。俺はひとり納得した。
「カミサマってのは……」
言葉の先を期待するように、サングラスの奥の瞳が瞬いている。学のない俺に、この人は何を期待しているのか。
大体何でもできる偉大な存在≠ネら、この世界の狂った生死も何とかしてくれそうなもんだ。今の今まで、それをしてこなかったということは――、不在≠ゥ存在するが善ではない≠フどちらかだ。
そこまで思い至り、それを目の前の人に言うべきか迷った。どこまで言うか、どう言うか。足りねぇ頭をぐるぐる回転させ、言い方を考えていた時、降ってきた雪が鼻に入り――
「ぶぇっ、くし!」
思わず体を捻って、くしゃみを吹き出した。ぐずぐずと鼻をすすりながら辺りを見やると、さっきよりも暗くなり始めていることに気付いた。そういや、この人これから仕事だって言ってたのに……。
「大丈夫ですか、ハンディさん」
「ああ、いや、大丈夫ですが……、その、この話長くなりそうなんで、又にしましょう」
なんだか逃げてしまったようで、消化不良だがこのまま留めておくわけにもいかなかった。寒いし、風邪を引かせてしまっても悪い。
「それなら仕方ないですね。……それでは」
ぺこりと下げたモールさんの頭から、パラパラと積もった雪が落ちる。俺はヘルメットを被っていたが、この人は何も被っていなかった。
「モールさん」
立ち去ろうとするモールさんを、今度は俺が声で制した。
「すみません、雪が」
一応断りを入れ、モールさんの頭上に積もった雪を短い腕で払う。手ならもっと繊細に払えただろうに、小せぇ腕だと少々乱暴になってしまう。
「ハンディさん」
「あー……、痛かったですか?」
「いえ、ありがとうございます」
モールさんの言葉に、細く立ち昇る息。
何となく、この人がちゃんと呼吸して、生きているんだなと安堵したのは内緒だ。
「また今度話しましょうよ。次はこんな寒い外じゃなくて、家で。
ええと、その、あったかいコーヒーでも入れますから」
ニッと笑ってそう言うと、モールさんから白い息が漏れる。
「ええ、是非」
*
そうして俺はモールさんと別れ、冒頭と同じように雪道を歩き始めた。冒頭と違うのは、次回までにどう説明しようかという難題を抱えていることだった。
難題にも関わらず、わくわくした俺は思い切り息を吐いた。もうもうと立ち込める白い息に俺は小さく投げかける。
「カミサマってやつが、もし本当にいるなら」
(何処で何をしているかわからないあの人に――、どうか幸運を)