滑稽な酷刑
「ハンディさん」
囁くような細い声が聞こえて目を開けると、そこは白い部屋だった。ここがどこか頭が認識する前に、ずんとした体のだるさを感じた。それに、酷く喉が渇いていて、気を抜くと寝てしまいそうなくらいの眠さがある。
「ハンディさん」
再び呼ばれた名前に、ゆっくりと右を向くと不安そうな顔をしたモールさんが、俺の短い腕を掴んでいた。眠れていないのか、サングラスの隙間から目の隈が覗いていた。
白い指先が俺の顔の辺りを弄いじって、半開きのまぶたを触られる。いつものごとく無遠慮に。
「目が覚めたんですね」
モールさんの声は相変わらず単調だったが、安堵の息が漏れ聞こえた。睡眠も取らずに起きていたのだろうか。普段半日も眠っているような人が。
「モ、ル……さん」
声を出すと、驚くほど嗄しわがれていた。喉が渇いているのもあるのだろう。腕を動かそうとすると、自分に繋がったたくさんの管が見えた。管をたどると、仰々しい機械が俺を生かしているようだ。
「ハンディさんは、小さくなりましたね」
腕を触っていたモールさんの手は俺の太腿へ移動していて、慈しむように膝を撫でていた。
そうだ。俺の足は、腕のように"短くなった"のだ。誰かに足をノコギリで切られたような覚えはあるが、何がどうだったかはまるっきり思い出せない。思い出せないから、重要じゃないんだろう。
「アンタより……背、低くなっちまって、悔しいですよ」
「そんな、大したことじゃないですよ」
ふふ、と笑ってモールさんは言うが、俺にとっちゃ大したことだったんだよ。アンタよりほんの少し背が高いから、フラフラとどこかに行っちまうアンタを誘導できたのに。今はもうそれができない。
「こんな小さな体に、私の血が流れているんですね」
ああ、そうだったな。確か病院へ運ばれてきた時、血が足りねぇとかなんとか言って、ランピーがモールさんに頼んでいたような気がする。なかば無理やりに見えたけど、アンタがそうやって嬉しそうな顔をするなら、俺はそれでいいや。
「貴方が生きていて良かった」
「生きている……」
電気をぷつりと消されてしまうような、あの真っ暗闇の死が怖くて、生きていることにはほっとしたが。
……だからといって、これからどう生きるべきなんだろうか。ランピーが眠そうな顔で、車椅子生活になると言っていた気がする。確か、病院の売店で売ってるから買ってねと言ったんだっけか。本来売り物じゃねえだろうが、まぁいい。あとで売店を見に行こう。ランピーのことだから、スーパーと勘違いして生鮮食品も売ってそうだ。
「心配しないでくださいね」
胸にすとんと降りてくるような、モールさんの声。この人の声は心地がいいから、うっかり寝てしまいそうになる。これが"安心"とでも言うんだろうか。
「これからは私が貴方の手足になります。
移動も食事も、入浴も排泄も。眠りにつくまで、一緒にいます」
途中、抵抗のあることも言われた気がするが、いいか。こんなちっぽけな俺のそばにいてくれると言うなら、手放しで喜ぶべきことだ(放す手なんて無いが)。
「ちょっとばかりアンタの不注意が怖いですけど、
まぁ、その、ありがとうございます」
なんとなく顔を合わせてのお礼が気恥ずかしくて、明後日の方向を見ながら言葉を濁した。だけど、心の中にはどくんと温かいものが脈打つ。こんな足も腕もない男の手足になるなんて、覚悟がないと言えないだろう。ああ、そうだ。アンタがそう言ってくれるなら。
「じゃあ、俺が貴方の目になります」
そう言うと、サングラスの隙間の青い瞳がはにかむように細められた気がした。アンタでも恥じらうことがあるんだなぁと、こうなってから気付くなんて滑稽だろうか。
売店にある車椅子に乗らず、俺がモールさんの白杖の代わりになるなんてどうだろう。モールさんが俺を両手で持ち運んで、俺がカーナビゲーションのように「次は50m先右折です」だなんて言うのだろうか。
「ふ……」
想像するとあまりにも滑稽で、笑えてしまう。思わずこぼれた笑い声をモールさんに聞かれたかと思ったが、当のモールさんは緊張の糸が切れたように、首を横に傾けて眠ってしまっているようだった。寝ずにいたようだし、仕方ない。
余分なシーツでもかけてやるかと上体を起こそうとしたが、足がないため起き上がることができなかった。いつもであれば不条理に苛立ったが、今回は諦念に近い感情が胸を占めていた。
「……モールさん、俺嬉しいんですよ」
寝ている人に話しかけるなんて卑怯な気がするが、どうか今日だけは許してほしい。胸に湧いたこの止め処ど無い気持ちを、吐露したいんだ。
「アンタが俺の手足になって、俺がアンタの目になって。
これでようやくアンタのことを理解できた気が……」
その辺りまで言葉を発したあと、ぐらありと視界が揺れた。瞼が重い。どうやら押さえ付けていた眠気が上がってきたみたいだ。でも、どうしても、続きを言いたくて言葉を発してみたが、眠気のせいで頭が回らず、呂律も怪しい。ああもう、だめだ。
次に目が覚めたとき、この言葉の続きをアンタに伝えられるだろうか。
なあ、モールさん。
(視界が暗くなった小さな男は目を閉じる。
残酷にも、機械から死の音が鳴り響くが、眠った紳士は気付かない)