*共学設定
*ちむらぎ女子
「あと、ちょっと……っ」
共同キッチンでなぜか手の届かないところにしまわれたフライパン。
そもそも料理をする人が少ないこの第一寮でこのキッチンを使うのはほとんど那雪くんか私か、あと数名いるかいないかというところだ。
その中でも一際身長の低い私に合わせて、よく使うものは普段なら私の手の届くところに片付けられているのだが。
「なんで届かないの~!」
なぜかぎりぎり届きそうで届かないところにしまわれた使用率NO1のフライパン。
私、那雪くんに悪いことでもしたのだろうか?
目に入るところに踏み台になりそうなものもなく、仕方ないので、調理台に手をついて一生懸命背伸びをする。
が、フライパンの柄までのあと数ミリが縮められない。もう少し、と爪先に力を入れた瞬間ぐらり、と重力に引っ張られた。転ぶ、と思った瞬間。
「取りたいのはこれ?」
軽々と支えられた背中に、顔の横からすっと伸びてきた腕が取ろうとしていたフライパンを易易と掴んで棚から出す。
「大丈夫?立てる?」
「辰己くん」
少女漫画のヒーローのように颯爽と現れたのは我らがリーダー。思わぬことに彼を呆然と見上げる。
みょうじ?と声をかけられて、慌てて体制を立て直し、自分の足でしっかりと立つ。その間私の体重を軽々と片腕で支えてくれたリーダーは少し苦く笑いながらフライパンを渡してくれた。
「ありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして、と、言いたいところなんだけど。………みょうじは本当に小さいね」
「それは私をディスってるよね?」
むっ、と唇を尖らせるとごめんごめん、と笑いながら謝られる。ミントグリーンの瞳がどこか楽しそうに緩んだ。
「卯川でも届く棚だったから大丈夫かと思ったんだけどな」
その言葉に思わず首をかしげる。辰己くんの壊滅的な料理センスと戌峰くんの自由度の高さのせいで、team柊の調理係はもっぱら私と申渡くんだ。
片付けをチーム全員で行うことが多いが基本的に私はその場に立ち会っているので、よく使うものが手の届かないところにしまわれることはないはずなのだ。
それに、確かにうちのチームの中で卯川くんは私に次いで背が低いのは事実だが、それでも数センチの差はある。案外頭上のものを取るとき、その数センチが物を言うのだ。高身長な人にはわからないだろうけど。
「みょうじは昨日出かけていただろう?」
「あぁ。うん、そうだね」
我が親愛なる兄上に呼び出されて出かけていたのだ。あの人の身長は私の分も吸い取ったんじゃないかと思うほど高いから、たまに身長返せと掴みかかりたくなる。
閑話休題。
「そうしたら那雪が気を使ってくれてね。team鳳と一緒に晩ごはんを食べさせてもらったから、俺たちに片付けをさせてもらったんだ」
「あれ?申渡くんはどこに?」
彼ならこう言うことは覚えているはずだ。と首を傾げる。
「クラスのことで副委員長に呼ばれて、片付けの途中で抜けてしまってね」
思わず目元を覆って天を仰ぐ。不運。
「…なるほど」
「ごめんね?」
「しょうがないこともあるよね」
不運が重なった結果だ。にしても、私ははぁ、とため息を吐く。
「切実に身長がほしい」
「叶わない願いより、面倒くさがらずに踏み台を持ってくるようにした方がいいんじゃないか?」
「叶わない望みって何さ。まだ伸びるよ。多分」
「そう言うのを叶わない願いっていうんだよ、みょうじ」
「うるさいな。ただ、不思議なことに踏み台がなかったんだよねぇ。普段はおいてあるはずなのに」
辰己くんは決まり悪そうな笑みを浮かべた。珍しい。
「あれはそういうことか」
「心当たりでも?」
「昨日戌峰がその踏み台をどこかに持っていってたんだよね。那雪が僕はあまり使わないんだけどって少し困った顔をしていたのはそのせいか」
「まぁ、もっぱら私しか使わないしね。あれ」
思わずもう一度ため息をつく。腕力というのは体格に比例することが多い。何が言いたいかというとこの8割男子という環境に置いて、身長が低めな私は圧倒的に非力ということだ。
「校内の踏み台、基本的に重いんだよねぇ」
寮母さんに、掛け合って買ってもらった踏み台は女性でもらくらく!と言う煽り文句通り、軽くて持ちやすくて使い勝手が良かったのだ。今度図書館にも入れてもらうことになっている。
「ただでさえ気を使ってもらってるのに、困った」
「ままならない………」
「そういうときに、他の人に頼らないところがみょうじらしいというか」
「辰己くん?」
ぽん、と私の頭に手を置いて、辰己くんが私の顔を覗き込む。
「今回みたいに俺たちに非があるときはもちろんだけど、俺でも栄吾でも虎石でも卯川でも他の人でも。呼んでほしいな、さっきみたいに無理して怪我をされる方が嫌だし、手伝ってって言ったら皆手伝ってくれると思うよ」
小さな子を諭すようにそう言われる。わかってはいるのだけど。思わず眉を寄せる。
「回数が多すぎて、気が引けるのよね……」
「男っていうのは単純だから、女性に頼られて嫌な気分になる人はいないよ」
「それ、うちの兄の友人にも言われたことがあるよ……」
無邪気な笑顔で容赦なく図星をついてくる人が頭に浮かぶ。なんとなくムカついたので、今度お菓子でも買ってもらおう。
お取り寄せとか好きな人だから。
「俺たちはチームメイトに頼られて嫌だとは思わないし、いつでも呼んで?むしろ頼られたいくらいなんだから」
ね?と笑顔で念を押される。渋々ながらに頷くと、ぽんぽんと頭を撫でられた。
「子供扱いされてる気がする」
そういうと、辰己くんは目を丸くしたあと、ふふっと笑った。
「何言ってるの?みょうじ。こういうのはね」
子供扱い、じゃなくて、オンナノコ扱い、だよ。
実は、二期で出てくるあの人の妹、と言うイメージで書いていたりする。