「今日も可愛かったですね〜」
そう言いながら幸せそうにグラスへ口をつけるみょうじさんの横顔を見て、心があったかくなるのを感じる。

「やっぱりアイドルは会ってなんぼですね!現場デビューできたの、チョロ松さんのおかげです」「いやいや、そんなことは…」





ほんの数か月前まで顔も名前も知らない彼女と僕が出会うきっかけをくれたのは、かのアイドルである橋本にゃーちゃんだ。SNSでのグッズ交換募集でいくつかのやり取りを交え、ライブ後の会場で落ち合う約束をし、現れた人物を目の前にしてそれはもううろたえた。まさか、女性だとは思いもしなかったのである。数少ないアカウント上の情報では性別を掴めず、自他共にぽんこつを発動する僕なんかが彼女とこうして2人で酒を交えるようになったのは、何と言ってもにゃーちゃんのおかげで、アイドルはやはり偉大だ。


「おでんも本当に美味しいです。こういう屋台って今まで入ったことなくて…」
照れたように彼女が笑いかければ、それを向けられた店主の幼馴染も恥ずかしそうに鼻をさする。初対面なのにすっかり意気投合した僕たちは、ライブ後の熱さに流れるまま飲みに行った。その時はチェーン店の居酒屋で、何度かこうしてイベント後に落ち合ううちに、この馴染みのおでん屋に連れてこれるほど距離は近くなった、と自意識ながらに思う僕がいる。

「チビ太、おあいそよろしく」時計に目をやると短針は12を過ぎていた。律儀に半分のお金を出した彼女は、「ごちそうさまでした。また来ますね」と幼馴染へお礼を言った。





ああ、ちょっと飲みすぎたかな。旧道沿いの河川敷を並んで歩きながら、駅まで3分はちょっと立地が良すぎるんじゃないかと罪のない幼馴染を恨む。いくら楽しい時間だとしても、しょせんにゃーちゃんづたいでなければ、僕は彼女とこうして関わることすらできないのだ。

「チョロ松さんだいじょぶです?」
「あ、ごめん。ちょっと飲みすぎたかな…」無意識にだんまりで歩いてしまっていて、駅の前で足を止めたみょうじさんは気を遣うように話し始める。
「そういえばこの前おすすめしてもらったDVD、やっぱり見つからないんですよね〜」


じゃあ、今日うちに寄ってく?


頭に一瞬だけ浮かんだ言葉は、眩しい改札の光ですぐに消えた。

「もう何回も見たし、今度で良ければ貸すよ?」「いいんですか?!」こうやってまた次の約束をまんまと取り付けられた彼女は、改札を越えて僕の関われない日常へ帰っていく。振り返ってお気をつけてと手を振られ、同じ動作を返しながらホームへ消える姿を見送った後、目に入った時計は24時20分。


君を縛るための名前なんか僕は持ち合わせていないけど、次に会う時は約束のDVDを家に忘れてこよう。終電に間に合うように送っていくようなヘマは、もうするつもりはない。



世田谷ラブストーリー


( #back numberより )




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