わかってる、彼女にとって僕なんかはお門違いなことくらい。

「あの…」
いつものように路地裏で猫とじゃれていたら、この薄暗い道の隅にはあまりにも不釣り合いなおずおずとした声が響いたのは、水曜日の夜だった。
「ねこ、お好きなんですか」
「……まあ」
みっともないくらい警戒心丸出しな声が出たのに、手の下の友達は相変わらず喉をぐるぐると鳴らしたままで、僕の方がよっぽど猫みたいだ。

「私も好きで、あの、お邪魔してもいいですか」
そう言ってもう一匹の猫を撫でる手は優しく、愛でるような視線と、それを心地良さそうに受け入れる友達を見て、この場を退散する気が少し小さくなった。猫が受け入れる人間には、悪いやつはいないという勝手な自論。





こうして彼女は決まって水曜日の夜に、この路地裏で僕と猫をなでるようになった。
最初こそ同じ目的を持った者同士というだけで、空間のみ共有しつつ個人プレーに勤しんでいたが、少しづつ会話を交えるうちに、彼女のことが僕の中に少しずつ増えていく。みょうじはみょうじさんなこと、田舎に住んでいて就職のために東京へ出てきたこと、ひとりぐらしをしているアパートはペット禁止なこと、実家で飼っていた猫は茶トラなこと、猫カフェより野良猫が好きなこと、田舎に比べて東京はなかなか野良猫に出会えないこと。


彼女は自分が出会ってきた女性の中で最も話しやすく、優しく、いつの間にか築き上げた空間は心地の良いものになっていて、柄でもないけど会えると嬉しいと思うほどになっていた。
それに自分自身で気付いた夜、どうしようもなく焦り、頭痛さえした。こんな感情を抱いたのは、生まれて初めてだった。

1度気付いてしまえば最後、いつまでもつきまとうようになり、想いを飲み込んで、不器用なりに上手に包んで仕舞い込む。
あきらめろ、そう諭しても彼女はあっさりと自分の中に侵入してきて、何食わぬ顔で夢をちらつかせるのだ。





「…今度、猫島にでも行ってみる?」
ハッとした時には遅かった。みょうじさんは撫でる手つきを止めてぽかんとこちらを見ている。

だめだ、水曜日の夜に、この人目に触れない路地裏で、猫をなでて、彼女を横目で盗み見て、それだけで十分だったのに。もっと見ていたい、もっと近づきたい、もっと色んな場所や景色を共有したい、もっと、もっと、もっと。
多くを求めすぎて、できるだけそばにいたくて、築き上げた心地のよい空間は、そんなことをしてる間に息がつまるようになって。

大抵人はこんな感じで大事なもんを失うのか。そんなことは初めて知った。こんな感情と向き合うのは初めてだから、僕はばかだから、それでも懲りずに君を欲しがってる。





夜寝静まる前に布団から見えたカレンダー、心の中で赤丸がついた3日後の土曜日の日付を、みっともないけど愛しいと思う。
これまで外じゃひとりでずっと生きてきたのに、さびしさを感じてしまうようになった。
やけに会いたくなって、声が聞きたくなって。


苦いキャンディーを胸に抱えている僕を、君がぺろりと食べてくれればいいのに。



candy


( #Mr.Childrenより )




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