隣を歩くみょうじさんを見て、まるで夢を見ているような気分になる。今目の前に映るこれは現実かな?僕はまだ眠ってる最中なんじゃないかな。

「あ、わたがし食べたいです」

控えめに浴衣の裾を引っ張られた感触は、僕を現実世界へ引き戻すのには十分だった。





「花火大会…」

もうこのおでん屋へ一緒に訪れた回数も片手じゃ足りなくなってきた頃、めずらしく屋台の内側に貼られたポスターにでかでかと書かれた文字を読み上げたみょうじさんは、相変わらず僕の気持ちには気づいていない。


「もうそんな時期かぁ」
赤塚町では8月の末に3日間大きな花火大会が開かれる。僕たちも小さい頃は両親や兄弟と一緒に、夏休みの最後の日に花火を見るのが日課だった。

「今日はもう終わっちまったけど、明日が最終日じゃねーか?」
この季節外れな夏にほかほかに煮込まれた大根を渡しながらチビ太が説明した。さすが個人経営、おでんに冬も夏もない。


「花火大会なんて、もう何年も行ってないなぁ」

「チョロ松、おめー明日いっしょに行けばいいんじゃねーか?」


「はぁ?!」チビ太、おまえ、なんてことを!思わず大きい声が出た。ちょっと嫌な風に捕らえられたかもしれない。慌てて隣のみょうじさんを見ると、一瞬だけ前を向いたままぽかんとしたあと、顔をこちらに向けた。


「チョロ松さんさえ良ければ」


かくして、人生で一番忘れられそうにない夏の終わりを過ごすことが決定したのである。口にこそしないものの、感謝しろよと言いたげに鼻をこする幼馴染はさらに提案を続け、せっかくなんだからと浴衣を着ていくことまで確約されてしまい、頭はもうついてこれていなかった。





「お待たせしました」

約束通り水色に花びらの浴衣を着てきたみょうじさんは少し照れたように改札を抜けてくる。控えめに言っても世界で一番似合ってた、もう泣きそう。


こうして話は冒頭に戻り、ご馳走したわたがしを嬉しそうに食べながら、彼女と人ごみをかき分けていく。いつかの僕と兄弟のような家族ずれ、中学生くらいの浴衣を着た女の子たち、そして、幸せそうな男女。もしかしたら僕たちも、通りすがりのあの人から見れば恋人同士のように映るのだろうか。楽しいですねと零すみょうじさんに僕はうなずくのが精一杯で、気の利いた言葉なんか出てきやしない。何が恋人同士だ、君の隣を歩くことすら慣れていないのに、自惚れた自分を恥ずかしく思う。





子供達が横を駆けていった。気づけば辺りはすっかり暗くなっていて、もうすぐ花火が上がる。

「なんか緊張します…」
「分かる、久しぶりに聞くと打ち上げる音って結構ビビるし…」

正直、花火なんてどうでもよかった。僕が緊張しているのは隣の彼女にだ。空を見上げる横顔をそっと盗み見る。せめて、この瞬間だけでも焼き付けさせるくらいは許してもらえないかな。


しばらくして、ひゅるる、と空気を裂く音が響き渡る。


大きな音とともに歓声があがり、みょうじさんは宣言どおり肩をびくりと跳ね上げたあと、一息ついて目尻を下げた。本当に驚くなんてどれだけ小心者なんだろう。人のことを棚に上げておいて、自分の心臓がそれ以上にうるさく、痛く、もどかしいことはとっくに気づいている。跳ね上がる肩を見て、どうしようもなく愛しいと思った。その肩を引き寄せるなんておこがましいことは望まないから、せめて、手を繋ぎたかった。何びびってんの、なんて軽口を叩きながら、どう見ても柔らかい君の手を、どんな強さで掴んで、どんな顔で見つめればいいかなんて、僕には見当もつきやしない。





「今日はありがとうございました」

「こちらこそ、付き合ってもらっちゃって」


帰り道、もう君の気を引ける話題なんて底を尽きて、残されてる言葉は分かっているけど、たわいも無い話を続ける。この胸の痛みは君に移せやしない。ならば、あの甘い砂糖菓子のように、君の口で溶かして、僕の中から奪い去ってくれないかな。



わたがし


( #back numberより )




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