奴は超が付くようなロマンチストだ。大概のひとにそれを言えば「そんな訳がない」「見間違いだろう」と笑われてしまうところだけど、きっと一目でわかると思う。ただし、ひとつ気をつけてほしい。奴は顔も指先も、すべてが砂糖菓子みたいに甘く出来ているから、大概の女の子たちは、甘く溶かされてしまう。だから、溶かされて骨抜きにされないように。
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わたしたちの仲間、サッチはああいう風だから頼りなさげに見えるけど、わたしたちの戦友であり家族だ。強くて優しくて、仲間の異変にはいち早く気付く。同時に、どうしてそれが、なぜまったくタイプの違うあの男と未だに深い仲なのかというのも不思議だなあ、とつくづく思う。空も海も青く光る午後、甲板で偵察をしながらピーチカクテルを飲んでいる時だった。海賊というのはいい。昼間にお酒を飲んだっていいし、何より自由だ。
「なまえ!トランプするぞー!」
「2人で?」
わたしが困ったように笑えば、ううんと首をひねるエースが可愛いと言ったら怒られるかしら。オヤジに挑んでボコボコにされたあの日からエースは家族だったし、可愛い弟分のエースはいつの間にか随分と大きくなった。あ、とエースが目をまあるくする。
「なあ、なまえ!マルコもサッチも呼ぼうぜ!」
「え、」
「じゃあ俺がマルコ呼んでくるから、なまえはサッチを呼んできてくれよ!」
そう言うや否や、わたしにトランプを押し付けてなまえ頼んだからな!と風のようにエースは駆け出した。疾風迅雷。まさにそう、それだ。でも、まあ、エースの頼みは断れないんだよなあ、可愛い弟みたいなものだし。さっきまで見えたサッチの姿は無いから、彼の部屋にでも戻ったのだろう。ぱらぱらと赤と黒のトランプをきりながら彼の部屋に向かう。どうせまたエースが負けちゃうのに。淡々とやろうとするけれど、顔に出てしまう可愛いエースのことを思い浮かべると頬が緩んだ。
「またエースにでもトランプ誘われたのかよい、なまえ?」
独特な口調、ニヒルな微笑みをたずさえる男、もといマルコが、口端をつり上げて笑う。「そう、でもわたしサッチを探してるの」それだけ言うと、マルコがやれやれと言った風なポーズをとる。
「サッチなら、向こうだよい」
「あ、りがとう」
いいえ。そう言い放ち、狭い通路に立ったままマルコは動かない。そこを通らなければ、マルコの言う“向こう”には行けないと言うのに、一向に退く気配がない。どいて。そのひとことが言えなくて、にやにやと緩い笑みを浮かべるマルコを少し睨み付けてみる。
「怒ってるの、マルコ」
「誰かさんが、口説いてくれねえおかげで、な?」
「わたしはエースにサッチを探すように頼まれてる、それだけなの、だから、」
「でもどうせ、エースは俺も探してるんだろい?」
「どうせ、トランプなんてやらないくせに。前だって断ってたもんね、マルコは」
「なまえが言えば、俺は何だってやるぜ?」
「いいよ、やらなくたって」
「何をそんなに怒ってるんだよい」
怒ってなんかっ!そう言ったわたしの言葉は確かにツンツンと尖っている。でもわたしは怒ってなんかないのだ。マルコの軽口は今に始まったことじゃない。それはそれはもう、いつの頃だかわからないくらい昔からずっとずっとのことだった。わたしはそういうのが苦手だった。慣れてない、だから、止めてほしいのに、それなのに。
「じゃあ、そこどいてってばっ」
「どうぞ?」
「は、」
「退ければいいさ」
ふ、と笑って両手を広げるマルコ。サッチの部屋に向かうまでの廊下はそんなには広くない。マルコが手を伸ばせば端から端まで届いてしまう。だから、そうゆうのが嫌いなの。飛びっきりの呆れ顔をしてやって、マルコの手を払うようにしてやる。そういえば、わたしはいつの間にやら大人になってしまったマルコに触れたことがなかったと今さら気付く。それに気付くとなぜか、勝手に手を引くように、と脳が指令してしまったらしい。
「退けなきゃ、このままだよい」
「やめてよ、な、んで、近寄ってくるの!」
「制限時間がないと、な?」
壁際まで、簡単に追いやられる自分が悔しい。じりじりと詰め寄るマルコの顔は笑っている。ふざけている。でも真剣だった。ああ駄目。体がまったく動かないってば、どうするの。わたしはもうマルコの足元しか見てられない。奴の胸元はもう目の前だ。なんとかしないと。ああでもわかってしまった。本当に本当に、マルコは、本気、なんだ。
「や、どいてってば!」
思い切り突き飛ばしてやろうと腕を伸ばす。ふらり。ほんの少しだけマルコはよろけて伸ばしたままのわたしの腕をぎゅうと掴んだ。にたり、マルコが意地悪な笑顔を浮かべて耳元で囁いた。
「タイムオーバー」
ようやく俺の女になってくれるんだな、待ってたんだよい。ぺろりと舌なめずりをしたマルコ。ちゅ、と生暖かいものが口内に侵入する。もう、だめだ。徐々に深くなる行為に息が続くはずもない。誰か、どうか、彼の深い深い口付けを受け止められるだけの心臓をください。どうかどうか、わたしだけの愛の言葉で、死んでしまいませんように。
温
か
な
深
海
で
溶
け
て
し
ま
え
(もっと深くにおいで、ここでは呼吸ができるよ/170324)
ALICE+