Act,10
荘厳ながらもあたたかいチャペルにはオルガンの音と名前の美しいウェディングドレスのトレーンが擦れる音が響いていた。ヴェールの下に薄っすらと見える名前の顔。一歩一歩を大切に踏みしめるようなウェディングステップ。花嫁を待つ爆豪の表情は見たことのないくらい、穏やかである。一歩ずつこちらに向かう花嫁にあの爆豪ですら、美しさを感じ、夢を見ているかのような気持ちになっていた。
「バージンロードは、花嫁の人生を表しています」
爆豪はウェディングプランナーの言葉を頭の片隅で思い出していた。一歩ずつ歩み寄る花嫁の名前のこれまでの人生はどうだったのだろうか。名前の両親は愛情深く、あたたかみに溢れている人たちであることを爆豪はよく知っていた。名前が間違いなくその家庭で育ってきた子であるということが付き合いの中でよくわかるほどに名前はいい女であった。爆豪が怒鳴ろうがつっけんどんな態度をとろうが、真正面から受け止め、「悪いことは悪い」ときちんと叱ってくれるような女性である。あの爆豪に対してあまりに真っ直ぐ向かっていくものだから、同級生たちは「おいおい苗字大丈夫かよ…」と少々心配であったが、いつの間にやら恋仲になっていて地球が反対向きに回ったのかというくらいに驚いたのだった。しかし、驚いたのは最初だけでふたりのあまりの空気感の一致と爆豪の幾らばかりかの落ち着きに「ああなるほど」と皆が納得した。緑谷に関しては、「かっちゃんには、もう、絶対絶対絶対に苗字さんしかいない」と確信していた。誰も躾けることの出来なかった獰猛な猛獣だったかっちゃんが、まるでサーカスの猛獣使いに懐いているかのように大人しくなった。多少の尖りなんて気にもならないくらい。ふたりはいつでも対等だった。高校を卒業し、プロヒーローになり、同棲を始め、プロポーズをして、両親に挨拶をして、いよいよ結婚する。制服を着ていた頃の名前がスカートを翻しながら、爆豪の頭の中でニコッと笑っていた。
新婦の名前を包むようにヴェールダウンが行われる。花嫁である名前の脳裏にもまた、これまでの人生がまるでメリーゴーランドのようにゆったりと流れていく。爆豪が感じている通り、名前は両親の愛情たっぷりに育った人生であった。産まれた頃の記憶は当然無いが、産まれてから今まで両親の口ぶりから今まで自分が愛されていることを知った。頭の隅っこで忘れかけていたような記憶でさえ、鮮烈にありありと思い出せるのは何故だろう。転んだ時に差し伸べられた両親の手の暖かさと大丈夫だよと笑うその顔を今思い出したのは何故だろう。名前の目にうっすらと涙が浮かんだ。自分をたくさん愛してくれたひと。次に浮かんだのはこれからの人生を共にするひと。高校の時出会った彼は、名前の今まで出会ったことのない人種だった。怒鳴り散らす背中に皆が引いている中、名前は「なんだか子どもみたいにストレートなひとなんだな」とクスクス笑っていた。乱暴で自分本位で、ガキ大将がそのまま大きくなったようなひと。出会った頃は決して良い性格とは言えなかったが、その隙間にある真面目さや真っ直ぐさを名前は見つけていった。 きっかけは日常にたくさん転がっていて覚えていないけれど、演習の時怪我をして差し伸べられた手のひらがとても優しい温度だったことを名前はよく覚えている。

「名前、結婚するか」
落ち着いた声色が名前の耳に囁くように届く。ゆったりと射す西陽が制服も教室も橙色の海に沈めていく放課後の教室。なんとなく爆豪に分かりづらい好意を向けられていることは気づいていたあの頃も、確か「付き合うか」と言われたんだっけ。少し目を伏せた後、真っ直ぐこちらをみた爆豪。あの時と同じで笑ってしまう。それでも、あの頃と違うこと。それはふたりとも大人で、爆豪の指先が名前の薬指に輝くダイアモンドの指輪をはめたこと。
「名前のことをこれからも、これからも、よろしくお願いします」
「任せてください」
名前の父親の言葉と肩が小さく震えていた。名前の父親から受け取った名前の手のひら。これからの人生、名前を生涯の伴侶として必ず、必ず幸せにするのだと柄にもなく爆豪は小さくて強いその手のひらを受け取り、しっかりと握りしめたのだった。ヴェール越しに、爆豪と名前の視線が交わる。幸せだとかずっと傍にいてくれだとか綺麗だとか、そんな台詞を言ったことも直接的に伝えたこともあまり無かった爆豪。それでも今日という日は間違いなく素直に名前への言葉にしきれない愛情を感じていた。挙式が進み、名前を包み込んでいたヴェールを丁寧に持ち上げる。ダイアモンドよりも美しいその瞳に涙をうっすらと浮かべて微笑んでいる。それを見た爆豪の口も少しだけ緩んだ。大きな喧嘩をしたことも勿論あったし、大泣きした日もあった。しかし、それ以上に育んできた愛情たちは花を咲かせ実をつけるほどに大きいもの。ふたりの未来があたたかく幸せなものであるとその瞳にきらきらと映っていた。
Act,10
