Act,3




流行り廃りが多く、個性というとても便利なものが散漫する世の中なのに、結婚式という遥か昔から存在するそれに皆が一度は憧れる。名前もそのひとりであった。名前は、結婚式に関する仕事がしたかった。ヒーローが活躍する世界で、個性など一切関係のない古典的な手作業によるブライダルメイクアップアーティストの仕事を名前は選んだのである。様々な個性や技術が進化するにも関わらず、女性のメイクは下地から睫毛の先まで繊細な手作業だし、髪の毛も丁寧に手で結って仕上げる。なんと美しくて素敵なことなのだろうか。ヒーローが世の中を平和にすることを誓うように、花嫁になる人にはその日世界で一番幸せな花嫁になって欲しい、と名前は思っている。


「名前、わたし、結婚、するんやね」
「うん、そうだよ」


鏡越しにお茶子がどこか惚けたように、まあるい視線を名前に送った。まるで夢をみているような声。その純粋無垢な瞼に淡い星屑のようなラメを丁寧にのせていった。くすぐったそうに笑う頬が林檎のようにほんのり赤らんで可愛い。

名前の親友のお茶子が、今日結婚式を挙げる。彼女は名前の夢を応援してくれた数少ない友人のひとりだ。名前の個性は派手で戦闘向きなものであった。それを見た大人たちにヒーローになるべきだと強く勧められて、押し込められたような気持ちで学生時代を名前は過ごした。当然の如くヒーローになるものだと思い込む周りに個性と全くもって関係のない将来の夢を話すと、決まって愕然とされたし失望の眼差しを向けられた。挙げ句の果てには「その個性が要らないだなんて、贅沢だ」とまで言われたこともあるくらいだ。そうなればなるほど、名前の中の結婚式に携わりたいという夢が間違いなのではないかと虚しくなった。大切にしているつもりだった夢は手のひらの中でちいさく握りしめてしまってあっという間にくしゃくしゃに丸めた紙くずのようになる。弱気の塊だった学生時代、「ヒーローになりたくない」と口を滑らせて、嫌々将来のことを話す名前の言葉ひとつひとつをうんうんと目を輝かせて聞いてくれたのがお茶子だった。「素敵やー!」と輝く目の奥底に、小さい頃従姉妹のお姉さんの結婚式でウェディングドレス姿に釘付けになった小さい頃の名前の姿が重なった。一瞬でも夢に背を向けた自分は、きっと「できない」「なれない」を周りのせいにしてなりたいものに向き合うだけの覚悟や勇気が足りなかったのだ。


「名前なら、絶対!なれる!」
「ほ、ほんと?!」
「そやから、約束!もし私が、将来、好きな人と結婚式を挙げるとしたら名前がお化粧してね!約束!」


「でも、結婚できんかったらどうしよー!」と慌てて付け足すお茶子。あの頃貰った約束は一度だって忘れたことがない。少女のようだったお茶子が、今日お嫁に行く。睫毛にマスカラをそっと乗せて伸ばした。少女だった彼女が大人の女性になる。


「おめでとう、お茶子」
「ありがと、」
「今泣いたら、お化粧崩れちゃうよ?」
「うっ、で、でも、嬉しいんやもん…!」


鏡越しに目が合ってお互いジンと目頭が熱くなる。涙と一緒に、思い出が溢れて脳内を駆け巡る。お互いの夢に向かう為の第一歩となる高校に受かったこと、お茶子が1年生の時体育祭でボロボロになった後慌てて駆けつけたこと、ネットニュースにインターン先で活躍したウラビティの名前が乗って自分のことのように飛び跳ねて喜んだこと、お茶子はプロヒーローとしてデビューしたこと、名前は名前の夢を叶えたこと、お茶子に好きな人ができたこと、そしてその人と恋人になり、結婚することになったこと。結婚式にはお茶子のプランナー達と裏で支えるパートナーとして、披露宴会場の端でお茶子の晴れ姿に惜しみなく拍手を送る。


「それでは、次に大切なひとに感謝の気持ちを込めてサンクスバイトを行いたいと思います!新婦のお茶子さん、感謝を伝えたい大切な方がいらっしゃるんですよね?その方を大きな声で呼んであげてください!」


打ち合わせの時に、サンクスバイトなんて時間あっただろうかと名前は内心考える。ファーストバイトを終えたらしばらく歓談の時間だったと思うのだけど。親友の結婚式に自分としたことが、スケジュールのミスをしてしまったのか?浮かぶ疑問を飲み込めないままでいる名前をお茶子の視線が捉えた。


「名前ーー!!」
「えっ?!……わ、わたし?!」


スポットライトの光が自分を照らす。お茶子の担当のプランナーが「名前さん。さ、行ってきてください」と名前の背中を押して笑った。こみ上げそうになる色々な感情を必死に抑えてお茶子の隣に立つ。お茶子がへにゃりと笑って、「ありがとう」と名前を抱きしめたら、堪え切れなくなってボロボロと涙が溢れた。お茶子もわんわん泣いていた。参列者の中にいるお茶子のおじちゃんが「お茶子の友達でおってくれてありがとう!!」と潤んだ声で野次を飛ばす声が聞こえた。サンクスバイトでお茶子に食べさせてもらったケーキの味は幸せの味、そのものだった。



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