Act,5




結婚式なんて、合理的ではない、と思う。それでも今日という日だけは、合理的か否かなんてことを相澤はどうでもよく感じていた。いつもはだらしなく放っておいている髪もきちっと纏めて、スーツを着こなした。会場をぐるりと見渡せば、見知った顔ばかりだ。問題児だった奴らが幾分か大人びた顔をして参列している。


「俺たちも教え子が結婚する日が来るなんて、こりゃ年取るわな」


ガーデンウェディングにはぴったりの晴天になるとは名前らしい。横で騒ぐ山田に「あァ」と一言だけ返す。


「相澤先生!」


相澤を呼ぶ透き通るような声。声の方に顔を傾けると、かつての教え子があの頃と変わらない笑顔で駆け寄ってくる。変わったのは、苗字だけ。ヴェールを靡かせ、ウェディングドレスに身を包んだ名前。流石の相澤も、綺麗になったなと少し口端を緩ませた。


「先生、今日は来てくれてありがとうございます」
「当たり前だ」
「ウェディングドレス似合う?どうかな?」
「馬子にも衣装ってやつだな」
「ひどい!」
「嘘だよ、綺麗になりやがって」
「!!」


惚けた顔した名前のおでこをぱちんと人差し指で軽く弾く。名前たちが卒業して、数年が経った。高校生らしい幼さをいつの間にか脱ぎ捨てて、みんな大人になった。大人になりはしたが、あの頃の面影は残したまま。相澤にとって、プロだろうが大人だろうが、可愛い生徒たちだ。


「先生、」


サアッと名前と相澤の間を風が駆け抜けた。


「先生、わたしね」
「なんだ」
「高校の頃、先生のことが好きでした」


伏し目がちに笑う名前の長い睫毛を見下ろす。恨みを言うでもなく、未練がましく言うでもなく、幸せな思い出を話すかのように、しっとりとした口調で話す名前。相澤は何も言わず、その睫毛を困ったように笑いながら眺める。

名前と相澤は、いち生徒と先生という関係であった。どこにである、当たり前の関係。その裏側で、生徒は淡い恋心を抱いていた。お遊びや憧れから抱くようなものではない、秘密の恋心。そして、伝えられなかった恋心。勘のいい相澤は、ほんの薄っすらと名前の思いを察していた。自分に向ける視線が熱を帯びていたことにも何となく気づいていた。相澤は大人であった。名前を傷つけることなく、距離を保ち、これから良いヒーローになるであろう名前の経歴に傷をつけないようにしていた。狡いやつだと思う。それを知りながらも相澤はその姿勢を貫き通した。名前もまた、相澤の優しさを感じ取っていた。だから、伝えることができなかった。


「先生、迷惑でしたか?」
「…いいや」


眉を下げてニコリと笑う名前の前髪を少しだけ撫でた。光に透けた絹のような髪をさらさらと風が掬う。


「自分勝手だってわかってます。でも伝えられて、よかった。ずっとずっと、伝えたかった」


名前の心はふわりと軽くなった。名前は今、とても幸せだった。当てつけに言ったわけじゃない。ここから攫って欲しいわけじゃない。在るべきところへ恋心を還したような、パズルのピースを当てはめるような感覚に近い。相澤もその気持ちを拒絶することもなければ、肯定することもない。名前の人生のパズルの1ピースを受け取って、そっと心の奥で大切に握りしめた。


「苗字の気持ちが聞けて嬉しかったよ」
「…ずるいひと」
「なんとでも言え」
「…ごめんなさい。先生の優しさなの、気づいてました」


先生、すごく好きでした。だから、わたし、ちゃんと幸せになります。自分で掴んでみせます。昔からの元気印の笑顔を見せる名前に、相澤は「もうちょっとお淑やかにしろ」と冗談を飛ばす。相澤の真意はわからない。それでも、相澤なりの精一杯の愛がちゃんとあったのだ。


「せんせ、」
「なんだ」
「わたし、お嫁に行くんです」


ふわりと花も綻ぶその笑顔。普段あまり笑わない相澤も、その笑顔に珍しくつられて笑うのであった。名前の首元に揺れる華奢なパールのネックレスが、きらりとひとつ輝いた。



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