Act,7
「あ」
「どうしたの」
「結婚式の招待状きてた」
今年3通目の結婚式の招待状。わたしたちももうそんな年齢なんだなと名前は封を開けた。行儀良く並ぶ新郎新婦の名前。結婚という文字に名前は憧れていた。名前ももう、世間でいう結婚適齢期というやつである。ちょうど遊びに来ていた恋人の尾白猿夫の方を名前は盗み見る。尾白の同年代には、ショートやら爆心地やらイケメンと騒がれているヒーローが数多く活躍している。個性も派手で、おまけにルックスも抜群に良い。そんな人たちの陰に隠れがちではあるが、恋人の尾白もそこそこの人気ヒーローである。彼此中学からの付き合いであるから、10年も越えてくる頃だ。保育園の頃から一緒に居ることを考えたらもっと長いこと傍にいる。所謂、幼馴染みというやつだ。親公認であるが故にも「あんたたちいつ結婚するの?」と言われる始末。正直、心の何処かで焦りのようなものを感じていた。結婚のWけWの字も出ていないのである。尾白が真面目で硬派なのは名前が一番よく知っている。お世辞にも派手とは言えない個性で、努力を重ねてプロヒーローとして軌道に乗ってきているところに、更に結婚を迫るなんて、恋人としてどうなんだろうと名前は思う。けれど、W幼馴染みで恋人Wという肩書きに甘んじている自分がいる。誰にも猿夫を取られないであろう、強い肩書き。結婚するのには心の準備だけでなく、社会人としての準備もある。(まさかとは思うが、猿夫に限ってその準備に見せかけてキープだなんてことないだろう。)社会に出れば出るほど、縁というものは増える。職業柄間違いなく世界が広がる。その中でW幼馴染みで恋人Wという肩書きを簡単に覆すような人が出てくるかもしれない。絶対的な信頼の上に成り立つ愛情。ふたりにとって揺るぎないもの。けれどそれに似て非なるものが、情というやつである。この付き合いの長さが情になっていたら?それとも10年経っても結婚に踏み切れないような何かがわたしにあるのか。時折そんなことを考えるとキリがなかった。何をそんなに不安になっているのか。
「名前?ボーッとしてどうしたの?」
招待状片手に幾らか時間が過ぎていたらしい。名前はハッと我にかえる。盗み見るはずが、覗き込まれていた。スッキリとした端正な顔立ち。今でも見惚れたりドキッとする程に、名前は尾白のことが好きだった。好きだからこそ悩んでしまう。
「なんでもない!」
結婚は双方が納得した上でしたい。催促する形だけは絶対に止めたい。正直、結婚したとしてもなにかが大きく変わるわけではないだろう。けれど、絶対的ななにかが欲しいのも事実。考えていたらきりがない。時計を確認すると、もう12時を回ろうとしている。
「猿夫ー、ご飯にしよう!なに食べる?」
「オムライスがいいな」
「了解、っと、…玉子が一個しかないや。買ってくるよ」
「いや、名前ひとりで行かせるわけにはいかないよ、一緒に俺も行く」
些細なことだと思う。その些細なことこそ、日常を彩る普遍的な愛である。それに気づけた時、自分は彼にとって特別なのであると感じる。スニーカーを履いて、アパートの階段を降りる尾白の尻尾を追い掛ける。ほら、と差し出された骨っぽいしっかりとした手のひらをさっきまで巡っていた不安ごと握った。肩を寄せ合って、手を握って。時には、不安になることも大切なことなのかもしれない。今の自分たちを構成する大切な感情。不安の渦中にいる時は綱渡りをしているかのように不安定にもなってしまうけれど、振り返ればそれすら、愛おしい。それは、隣に居るひとが心から愛おしいひとだからだ。小さい頃遊んだ公園の前を通り掛かろうとした時、尾白の足が止まる。
「俺さ、ずっと考えてたんだよね」
「何を?」
昼下がりの公園、親子がわいわいと騒いでいる。記憶の中にある遊具たちが小さく見えるほど、名前も尾白も大人になった。公園を駆け回る子どもたちを目を細めて笑いながら見つめる尾白を名前は催促することなく次の言葉を待ち続けた。ぎゅ、と名前の手のひらを握る尾白の手に力が入る。
「名前との子ども、どんな髪の色かなって」
「ま、」
尾白の名前を呼ぼうとした名前の頬に一筋、あたたかい何かが伝う。プロポーズにも等しいその言葉。確かにふたりの未来を指し示す言葉が優しい響きで名前の鼓膜を震わせた。
「泣いちゃうくらい嬉しい?」
「ばか!嬉しいよ!」
「今度、名前んちの、お義父さんとお義母さんに挨拶いこっか」
いつもは、おじちゃんとおばちゃん、だった呼び方が、おとうさんとおかあさん、と確かに強調されたその部分に胸が熱くなる。そのまま誰にも見えないように木陰に隠れて軽く口付けを落とされる。いつもは外ではこんなことしないのに。その大胆さに途端に羞恥心が襲うが、右へ左へとふわふわリズミカルに揺れる尾白の尻尾がご機嫌であることを物語っていた。ロマンチックな夜景の見えるレストランでもなく、100本の薔薇を差し出されるでもない、さり気ないくらいのプロポーズ。この人との未来がこれからも愛おしいものであることを名前は確信していた。
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