かっちゃんは、自分のこと王様だって、思ってるんだろうか。傍若無人、我が儘し放題な悪名高い王様のごとく、かっちゃんの世界はいつだってかっちゃんが一番で、かっちゃんがど真ん中で、かっちゃんがルールだ。それくらいにかっちゃんは自分中心で、他人のことなど御構い無しなのだ。今日だって、談話室でかっちゃんが暇そうなのを見計らってから話し掛けたのだ。文化祭のことで話したいことがあったのに、声を掛けたら「うるせえ」と一言、たったの一言だ。ぷつん、と堪忍袋の緒が切れる音がはっきりと聞こえた。あれ、わたし、なんでこの人と、恋人なんだったっけ?
「WうるせえW?わかった、じゃあもう二度と話しかけないね」
「………は?」
ダンッ!!!と思い切り力を込めて机をこれでもかという力で叩いて勢い良く立ち上がって見下ろす。個性をぶっ放して叩きつけてやりたいくらい、わたしの頭は沸騰していた。はじめてかっちゃんのことを見下ろした、と思う。どこまでも優しい風合いの髪に憧れていたんだっけ。それも今は、ムカムカとはらわたが煮えくりかえるほど憎らしい。わたしの冷ややかな視線にようよう顔を上げたかっちゃんの一瞬の表情から幾らかぽかんと呆けた様子が伺える。それを物語るようにやや間を開けてかっちゃんからようやく言葉がぽろりと溢れたみたいだ。感の良いかっちゃんのことであるから、わたしが今回ばかりはブチ切れたことを察したようだった。
「おい」
「話しかけないで、って言ったよね?」
振り返ることもなく、一瞬掴まれた腕を思いっきり振り払って自室まで駆け出した。頭が沸騰したようにカンカンに熱くて、目頭が火傷したようにヒリヒリと痛んだ。かっちゃんの世界の中心は、いつだってかっちゃんだ。そんなことは分かっている。それでも恋人だと思ってくれているなら、少しくらいかっちゃんの世界にいさせてくれたっていいじゃないか。かっちゃんと付き合うなら、まるで映画のワンシーンのような甘い台詞なんて聞けないものだと思ってはいたし、これからだってそうなのだろうと思っている。それだってよかった。なぜなら、かっちゃんの深部にある優しさがごつごつと骨ばった指先から伝わって、言葉なんて要らないのだと感じる程にわたしはかっちゃんにベタ惚れであった。それでも最近の態度は酷い。思い返せば、そもそもかっちゃんに好きだと言われたことなんてあっただろうか。かっちゃんは、恋人の意味をはき違えているのではないだろうか。態度で示してくれなくなったら、わたしはかっちゃんの何を信じたらいいんだろう。そうなったら、かっちゃんからの言葉を求めることはおかしなことなのだろうか。そしてかっちゃんに好きだ好きだと伝え続けた結果が、あのWうるせえWだというのか。ひとを好きになるって、気付かなければ石ころのままだったような原石を大切に大切に磨き上げるようなことだと思っていた。わたしだってその原石を大切にしてきたつもりだったし、その原石は今ではダイヤモンドのようにわたしの毎日を飾っていたのに。当たりどころが悪かったのだろうか。簡単に、欠けてしまった。
文化祭の二週間ほど前くらいだったと思う。なまえが俺に喋りかけようとしていたのを軽くあしらったことから、なまえの態度は一変した。普段絶対に物に当たったりすることなんてないなまえが、これでもかというほどの力で机にその細っこい腕を叩きつけた。正直、あーしまったと思った。なまえの俺を見下ろす視線がバケツで氷水を頭からブチまけたように冷ややかで、色を灯していなかった。掴んだ腕はこんな力出んのかよ個性でも使ったんかというほどに思いっきり振り払われる。その日から、まともになまえと視線を合わすことすら許されなかった。なまえは、側から見ても、俺から見ても、俺にベタ惚れだ。これは自惚れや勘違いではなく、真実である。へらりと気の抜けるような微笑みをたずさえて、まるで純粋な子どもがするように俺に好意を伝える。普段、しっかりしているなまえの表情が緩むのは俺の中で特別で、はっきり言って可愛かった。俺のことを絶対的に好きだという自信があった。それがあったからというか、まあなんというか。今回は、流石に、ちょっとばかし言い過ぎたかもしれねえとは思い始めていた。クラスの奴らがいる時にベタベタするタイプではなかったこと、なまえが俺の声掛けを上手いことさらりとかわしていくこともあって、俺たちの変化を上手いこと隠したままであった。そういえばなまえはこういうところはやけに大人びていて、周りに気を使わせまいとしているのだろう。しかも、二人きりにならないようにこれもまあ上手いこと避けているのである。そういえば、なまえは何を言おうとしていたのだろうか。
「爆豪!お前もちったあ手伝えよなー」
「……ア?」
「出来ねえとか言うなよ才能マン」
「うるッせェ!やり殺したるわ!!」
「はは!そうでなきゃな!」
文化祭なんかくだらねえと思う。マジでくだらねえ。それでも準備やら何やらはやらなければいけないので、とりあえずは参加してやることにしている。そういえば、ただでさえ少ねえ女子が、ひとり足りない。なまえだ。
「みょうじ探してんのか?」
「探してねえわこのクソ髪!!」
「それ久しぶりに呼ばれたな。あ、みょうじなら、あー、用事って言ってたぜ」
「アァ?!用事だァ?!んだよそれ!」
「まあまあそうカッカすんなって」
歯切れの悪い返事が何やら引っかかって喰いついてやったが、クソ髪もとい切島はそれ以上は下手くそにはぐらかして俺に教えようとはしなかった。用事って、何だよ。クラスの奴らは何か事情を知ってそうだが、それを頭下げて聞くのは絶ッ対ェ、嫌だし癪だ。むしゃくしゃした気分をぶつけるように準備に打ち込んだら、アホ面共が囃し立ててきやがってムカついたので軽く爆破してやった。そんでもって、メガネがうるせえ。うぜえ。なまえのことだけが今は気にかかっていた。文化祭まで、あと一週間。
薄黄色のチュールスカートの繊細さと、南国の砂浜のようなきらめきを反射させたラメをたっぷり使ったスカートは、何度見たってうっとりと見惚れてしまう。毎度毎度、飽き足りずに思わず溜息が出るほどだ。予め文化祭の準備を抜けることを伝えて足を運んだのは、わたしの所属しているダンスサークルである。先輩から、折角なら文化祭でダンスを披露しようという話がでたからだった。クラスの友達にはクラスの出し物の準備があるが時々練習で抜けることを先に伝えておいたが、かっちゃんには、自分で言うから言わないで、と内緒にしておいた。自分の口から、かっちゃんに見に来て欲しいことを伝えようと思っていたのに、こないだのWうるせえ事件Wから結局伝えられずに今日まで来てしまったのだ。あれから結局、かっちゃんと口をきいていない。何度か話し掛けようとしてくれてはいたが、頑なになった意地と、口を開けば棘にまみれた言葉しか出てこなさそうで背中を向け続けた。この先、どうなるのだろう。わたしが言葉で伝えることを辞めてしまったら、もうわたしたちはダメ、な気がする。あ、なんだか憂鬱になってきた。
「なまえ、何浮かない顔してんの」
「なんでも、ないです!」
「今日はソロあるんだからシャキッとしなね!」
「はい!」
サークルの先輩が、バシッと背中を叩いた。このサークルに所属する先輩たちはヒーロー活動よりも、芸能活動メインや芸能事務所に籍を置いた就職を決めたひとたちが圧倒的に多い。そんな中、ダンスや歌が趣味だというわたしのソロの部分の一ヶ所を起用してくれた先輩たちには感謝しかなかった。それなのに、頭の隅っこをよぎる、恋人の不貞腐れた横顔。かっちゃんは、わたしがダンスや歌うことが好きなんて知らない。トレーニング中などに付けているイヤフォンから流れる音楽の内容なんてかっちゃんは興味もない。わたしがW好きWと思うものをかっちゃんに強要するつもりも無いけれど、あまりこちら側に向くことのない関心にわたしのかっちゃんへのW好きWだけがひとつ、置いてけぼりだ。
「本番いくよ!」
「はいっ、!」
BGMが鳴り響いて、拍手が会場を包み込む。かっちゃんのことでうじうじと悩んでいたけれど、今ばかりは胸の高鳴りを抑えられなかった。ただ今目の前のことにただワクワクしたりドキドキしたりしていた。
「おーい、爆豪!急げ急げ」
「ンならてめえ一人で来たら良かったんと違うんか?!ア?」
「みょうじの出番、始まっちまうぞ?」
「ハア?!なまえ?」
「は?なんだ、聞いてないのか?」
「なにを、」
ワアッという歓声と音楽が体育館に鳴り響いて、一瞬黄色い歓声の波に溺れかけた。体育館のステージ上に目をやると、溢れんばかりのスポットライトに目を細める。
「は、」
言葉を、失った。それは失望とか落胆とかそういうものからくる語彙力の消失ではなく、どちらかと言えば感嘆とか恍惚とかそういうものであった。まさに俺の視線の全てを奪うもの。なまえだ、なまえだった。あいつがなぜステージに立っているんだとかの疑問などは一切頭から抜けてしまった。アイドルなんてどいつもこいつも同じ顔で、テレビのバラエティ番組ではしゃぐ姿にはくだらねえ、とかなりどうでもよく興味すらわかなかった。それなのにどうだ。普段見るなまえとは全く違う姿。星屑を瞳の中に全て吸い込んだように輝いて、普段パンツスタイルが多いなまえのスカートから伸びる手足の清純さ。なまえが跳ねたりターンをしたりするたびに躍動するチュールの奥のプリーツの天真爛漫さに、この早い鼓動の意味を知る。なまえの声が聞きてえ。俺だけに向ける、「かっちゃん」という呼び名に込められた好意。今まで、どうしてそんなに簡単にあしらっていたのだろう。なまえがいつもトレーニング中に聴いていたイヤフォンから流れる音楽のこととか、俺の名前を呼んでからひと息ついていつもににこやかに話す内容のこととか、そういうことが気になって気になって、ソワソワした。そう思わせるほどに、今のなまえの姿が眩しく、尊い。なまえの弾けるような笑顔を乗せた横顔。悪戯するように跳ねる髪がやけに愛おしくなった。
歓声を背中に浴びて舞台を後にする。今まで感じたことのない高揚感を抑えつけるように胸に手をやって弾けそうになる心臓を鎮めようとする。そんなことは無意味だと言わんばかりの心臓と髪の先からぽたりぽたりと落ちる汗。先輩たちの「なまえ、よかったよ!」「すごかったよ!」という褒め言葉に緩みっぱなしの頬と下がりっぱなしの目じり。……かっちゃんは、見ていてくれただろうか。いや、こういうのは絶対絶対絶対興味がないだろうから、見にきてなんかいないだろう。そもそも文化祭のパンフレットに載っていたダンスサークルのことなんて気にも留めていないんだろう。
「なまえー、彼氏きてるよ」
「へ、?!か、か、かっちゃん?!」
さっきよりももっと大きな鼓動が聞こえる。次の出し物が始まって、音響が聞こえているにも関わらず、さらに大きくどくんと跳ね上がる心臓。かっちゃんはわたしがこういう活動をしていることに対して嫌がるだろうか。アイドルなんざくだらねえと言っているのを聞いたことがあるから、そんなわたしを突っぱねるきっかけになってしまっただろうか。それでもかっちゃんに会えるのを嬉しいと思ってしまうあたり、わたしは馬鹿なんだろうか。先輩の指差す方に気付いたら着替えることもせず走り出していた。
「か、かっちゃんっ」
久しぶりに呼んだ名前の愛おしいこと。高揚する頬っぺたに、ああやっぱり、わたしはかっちゃんのことが好き、とどうしようもなく愛おしいと感じてしまっているではないか。うるせえと言われたことは確かに容易に許せることではないのかもしれない。けれど、今までのかっちゃんの全てを否定するのは難しい。かっちゃんなりに、わたしに示してくれていた愛情を無かったことにするのも余りに愚かな気がした。
「、なまえ」
何方からともなく、手を伸ばす。かっちゃんの方が一歩早かったらしく、そのまま腕を掴んで引っ張られた先はかっちゃんの胸の中。どくんどくんと強く鼓動を続けるかっちゃんの心臓のそれはわたしのとよく似ていた。頭の中の残響と次の出し物への歓声の中、ちいさな声で「わるかった、」と、あのかっちゃんの声がわたしの鼓膜を震わせた。たった一言の、何方かといえば雑な謝罪の言葉もかっちゃんらしくてなんだか笑いすら込み上げる。ギュッとしがみついたら、そのまま頭をぐしゃぐしゃと、でもどこか控え目に撫でられてくすぐったい。
「なまえ、すきだ」
言葉が欲しいと思っていた。それなのに、それなのに。実際目の前にすると、ハグだけで十分心がいっぱいで、それだけで溢れそうなほどだったのに、いざ欲しかった言葉を貰うとどうだ。蕩けてしまうほどにあたたかなそれを一身に感じでいたくて、ただただ目をつむり、鼻先を厚い胸板に擦り付けて、緩む口を隠しもせずにいた。
「、かっちゃん、好き」
「あァ」
側から見れば短過ぎる愛の言葉に込められたものごと、かっちゃんをぎゅっと抱きしめる。それに応えるようにかっちゃんがわたしの髪に頬っぺたを寄せる。かっちゃんと同じ温度を肺にすうっと吸い込んだら、そのまま甘くとろけていった。