「ひとりでにやにやして頭沸いてんのかよ気色悪ィ女」

これは、わたしに爆豪が自己紹介よりも先に初めて投げやった最低の台詞だった。春うらら、大きな窓からやわらかな日差しが差し込んで、馴染みのない教室のにおいにワクワクと胸を踊らせていた。まだぱりっと形の整った制服も、憧れの深緑のスカートも、全てが眩しく、きらきらと輝いていた。それなのにだ。確かに少し肩に力が入っていたのかもしれないけれど、初対面の、それもこれからの学生生活を共に歩むという人間に対し、小馬鹿にしたように片眉下げてにやにやと笑う彼の言葉はまるでそのまま彼の自己紹介のようだった。わたしからすれば頭沸いてるのは彼だ。ハッと鼻で笑う彼に開いた口が塞がらないわたしの口からぽろっと溢れた言葉。

「その言葉そっくりそのまま返すね」
「ア?!もっぺん言ってみろンのブスが!!」
「こっわ!情緒不安定だなあ…!」

おい今なんつった!!てめえ絶対ェ爆破すっからな!!覚えとけや!!バチバチと爆破らしき個性を今にも放ちそうな彼とは絶対に絶対に絶対に関わり合いたくない。というか、その言動でヒーロー志望なの?と内心引いた。そう思っていたのにさっき確認した座席表では間違いか夢でなければわたしの席は彼の前の席である。災難すぎる。はあと溜め息を吐いたら期待とか夢見ていた学生生活が、吐息に乗って遠のいていくようで、鬱蒼と生い茂る暗い森みたいにどんよりと心が重い。てめェ聞いてんのか!!コラ!!と椅子の背をガンガン蹴られたけど無視していたら、眼鏡の男の子に素行を注意されてまた挑発的な台詞と火花を散らしている音だけが憂鬱と共に耳を通り抜けていった。

友達もできた。授業は大変だけど目の前の壁が高ければ高いほど燃えた。それなのに、後ろの席の爆豪という男にはいつも一歩及ばなかった。座学も、実技も、全部。悔しいけれど、爆豪に勝てるものなんて性格くらいしかなった。いや、それに関しては爆豪を前にすればみんなきっとそうだ。

「テストどうだったんだよ変態女ァ?」
「変態女ってやめてよ…テストの結果だって爆豪に関係ないし」
「ハッ、言えねえような点数かよ」
「その口車には乗らないもん、爆豪じゃないから」
「…可愛いくねえ女」
「少なくとも爆豪のために可愛い女の子になろうって思えない」
「そーーういうのがマジで可愛くねえっつっとんだわ」

初日以来、でかい態度とその持ち前のみみっちさでやたらめったら突っ掛かってくるのにはうんざりしていた。わたしの隣で足を止めてにやにやと悪どい笑みを浮かべる爆豪が、通りがかりにわたしを見下して言う。最後の台詞の後、肘で頭を小突いていったところも、本当にむかつく。緑谷くんに「かっちゃんがまともに向き合っている女の子なんてはじめてみた」と言われたけど、爆豪のこれらがはたしてまともな向き合い方だというのだろうか。幼馴染みにしかわからない何かがあるのだろうが、わたしには到底理解し得なかった。

「あ」
「アァ?」
「さいあく」
「もっぺん言ってみろや」

自主トレをしようと屋内の演習場に足を運んだのに、最悪の気分だった。タンクトップ姿で頬を伝う汗を腕で拭う爆豪と重なった声にわざとらしく溜め息を吐いてやる。無視したまま爆豪の居ない方へ向かうと、ガッと肩を強く掴まれた。

「なに」
「無視してんじゃねェぞコラ」
「これ以上話すことないから」
「俺と戦えや」
「え?なんでそうなるの…」

うんざりしながらも気づけば腕まくりをしていたわたしも馬鹿だ。とはいえ、爆豪と本気になって手合わせするなんてと内心ぞわぞわと抑えきれない興奮が迫り上がってきていた。負けたくない。絶対に、負けたくない。

「やっ、た…」
「……」

ほんの小さな隙に拳を打ち込み見逃しそうなほど小さな隙を見計らって爆豪の腕を掴んだのは、わたしの右腕を爆豪が掴んだのよりコンマ何秒か早かった。自主トレにしては膨大な運動量をこなした心臓がばくばくと高鳴ってうるさい。きっと、運動量だけのせいじゃないのもわかっていた。初めてだった。ほんの少しではあるけれど、爆豪の先を行ったのは。センスだけは悔しいけれどどう足掻いても勝てやしない。けれど努力することならわたしにだってできる。あの爆豪を緑谷くんが尊敬する気持ちはちょこっとだけ分かるのは、爆豪という人間をヒーローになるという夢に向かって驚くほど混じり気のない直向きさでストイックに向き合っていて、尚且つ結果を見せつけている姿があるからだ。そんな人間に、一瞬でも追いついたのだ。

「ッわたしの、勝ち」
「…マジで可愛くねえ女」

爆豪に掴まれたところがじりじりと焼けるように熱を帯びた。こんなに真っ直ぐ爆豪の顔を見たのは初めてのことだったかもしれない。爆豪の目がこんなに深い夕暮れみたいな紅色をしていたことを初めて知った。爆豪の肩の筋肉は紛れもなく男の子のものだった。見上げないといけないところにある顔は何を思うのかわたしにはわかるはずもなかったけれど、いつもの意地悪で小馬鹿にしたような表情は無く、やわらかい気もなんとなくしないこともない。蜃気楼みたくぼやぼやとぼやけた感想だった。

この日を機に爆豪も突っ掛かってこなくなるのではないか。そんな淡い期待を抱いていたのだけど、爆豪はやっぱり爆豪だった。ただ一つ変わったこと。

「おいみょうじ」

わたしのことを変態女やらお前やらでは無く、きちんと苗字で呼んでくれるようになったこと。爆豪はいけすかないやつだ。けれど、彼の実力やひたむきな精神は素直にかっこいいと思える。ハリネズミみたいにとげとげと尖った言葉の裏側に爆豪なりの思いがいくらかあることに気付けるようになり多少の歩み寄りもできるようになった。

「てめェがペアかよ」
「こっちの台詞だよ」

仮想敵相手の実技演習でのことであった。ぶつくさ文句を垂れながらも腕を伸ばしたり体をほぐす様子を見せた爆豪につられて、わたしもストレッチを始める。互いがうんざりとした態度であったけれど、以前よりコミュニケーションを取れるようになったことで難なく勝ちを収めることができた。今までだったら、互いが勝手に動いて、意思疎通をはかることすら難しかっただろう。講評も良かったし、自分でも今日は動けた方だったと思う。ペアが爆豪だったから色々とスムーズに動けたというのも事実だ。講評も悪くなかったし、クラスメイトからも先生からも褒めてもらえた。嬉しいはずなのに、その言葉たちはわたしの鼓膜をするりと通り抜けていった。わたしの左手、びりびりとまだ残る感触。

「おらみょうじ」
「ん」

パチン。お互いほとんど無意識だったと思う。仮想敵の猛攻をしのいでお互い傷だらけで汗だくだった。肩で息をするわたしに爆豪がひらりと手を挙げる。わたしたちを映し出すカメラの死角で軽い音を立てて手のひらがぶつかる。密かに行われたハイタッチは爆豪に認められたような気がして胸の奥がむずむずとこそばゆかった。あ、わたし、もしかして。じわりとやわらかな痺れが背筋を刺激する。それが形になる前にそっと瞼を閉じたのだった。

𓇬


「まーーたみょうじかよ」
「それこっちの台詞」

時の流れは早いもので、この台詞を聞くのももう何度目かわからないくらいだ。卒業してもう5年も経ってしまった。対敵を主とする武闘派の事務所に就職を決めたわたしと有名事務所に就職を決めた爆豪。現場で飽きるほどみた爆豪の顔に文句をいうのも文句をつけるのも最早恒例行事だった。それでもどうしてか爆豪には安心して背中を預けることができたし、高校からの腐れ縁ということもあってなのか爆豪とは馬は合わないが息は合う。文句を垂れつつも爆豪がいると、ガチガチに固まった肩を程よく解されるように何故だか安心した。

「さっさと片付けんぞ」
「言われなくともそうするつもり」
「一言多いんだよ、相変わらず可愛くねえ女」

このやりとりも、もう何回目なのだろう。決して良いことを言われているわけでもないのに、どうしてこんなにじくじくと胸が熱くなるの。

ガチャンとグラスがぶつかる音と「かんぱーい!」と重なる声に思わず頬が緩んだ。久しぶりのA組の集まりには、地方に就職したメンバーもいたりしてあのクラスや寮のにおいまで思い出すくらいに懐かしい。なのにだ。どうしてわたしの隣には爆豪がいるのだろうか。生ビールのグラスを傾ける爆豪は気怠そうにしているけれど、高校の頃の導火線が常に危うい燃え方をしているような素振りはすっかりなくなった。

「久しぶりにこれだけ揃ったんじゃない?みんななかなか忙しくて会えないもんね」
「そりゃそうだろ。遊んでんじゃねえんだ」
「…わかってるけど、寂しいよ」
「みょうじがそんなん言うなんざ気味悪ィんだよ、酔っとんのかてめェは」

確かに、酔っていたかもしれない。火照る体がとろりととろけそうな頭を鈍らせていった。

「あのさあ爆豪」
「んだよ」
「なんでそんなわたしに突っ掛かってくるの?」
「あァ?」
「雄英入学した時からずっとそうだから」
「……お前がそんなうじうじ絡んでくる時は大抵悪酔いしとる時だからもう黙れや面倒くせェわ」
「この間だって、バンバン必殺技放つしさあ、カバーするの大変だったし」
「話が支離滅裂で意味わかんねえ」
「わたしだから何やってもいいって、おもってるし、」
「ちょっと黙れボケ」
「ほらすーぐボケとかブスとかいう」
「しつけェぞみょうじ、あとブスとは言ってねえわ」

収集のつかない会話をだらだらと垂れ流す。社会人になって爆豪と飲みに行くことがちょくちょくあった。仲が良いわけでもなく大抵言い合いになるか、大抵わたしが悪酔いして文句を垂れ流して爆豪が鬱陶しそうに聞き流すというスタイルかどちらかだ。せっかくの同窓会なのに結局いつもと同じだった。

「あーうっぜェ」
「うっぜえって、爆豪が、いつもそんな態度だから!」
「酔っ払いとは話すことねえっつってんだよ!その沸いた頭冷やせやアイスペールの中突っ込んだろか!」
「おーみょうじと爆豪のそれ久しぶりに見たわ」
「夫婦漫才健在かよ!ウケる!」

切島くんと上鳴がどーしたどーしたとわたしたちの言い合いを笑う。いつもならへらへらと聞き流していたそれも今のわたしには火に油を注ぐみたいにカチンと頭を沸騰させた。梅雨ちゃんが「なまえちゃん、落ち着いて」という言葉も今のわたしには届かなかった。むかつく。爆豪なんか、爆豪なんか。

「なんでいっつもそんなわたしのこと馬鹿にしてんの?わたしは、爆豪になら背中預けられるって思ってんのに!」
「は?」
「爆豪なんか嫌い!」
「んだともっぺん言ってみろやアホ女!俺は!みょうじが、…ッ」
「わたしが、なに…」

わたしたちのやりとりがヒートアップしていくとともに集まる視線。そんなこと気にも留めないのはやっぱりわたしが酔っ払っているからだろう。しかし負けじとヒートアップしていく爆豪が、何かを言いかけて口をつぐむ。つり上がっていた目が一瞬泳いだのがわかる。ぎゅっときつく寄せられた眉と小さく噛んだ唇。その表情にはどういう意味があるの?言いかけてやめられるのは正直気に入らない。爆豪らしくもない。けれどその表情はわたしの心臓を何故だか甘く刺激した。

「……黙ってないでなんか言ってよ」
「てめェは実力あるくせにそそっかしいわすぐ面倒くせェ酔い方するわでマジで見てらんねェんだよ」
「悪口じゃん…」
「だから、もう俺のモノになれや」
「は?」
「だから俺のモノになれっつっとんだよ!」
「は…?!」

酔いとは違う熱が足元から頬まで駆け上る。みんなの歓声が何を意味するのか、爆豪のいつもより赤い頬がそれを語る。サアーッと酔いが覚める。俺のものになれって、それって。

「帰る、いくぞ」
「えっ?!ちょっと待ってよ爆豪…!」
「お幸せに〜」

誰かの笑いを含んだ言葉を合図に「やっとかよー」とか「ヤキモキしたよね」とか「また教えてねー!」とか、あちこちから野次がとぶ。それなのに誰も半ば引きずられていくわたしを助けてくれるひとがいないとは薄情すぎないか。爆豪の告白と思われる言葉がぐるぐると頭を回る。ぽつりぽつりと街灯の光が頼りない夜道を歩く。一歩前を歩く爆豪はなにも言わない。高校からのことが、走馬灯のように頭を駆け巡る。知ってた。知ってたけど、ずっとずっと認めないでいた。

「あのさあ爆豪」
「んだよ」
「わたしのこと、すきって、こと、?」
「そうだよ悪ィかよ」
「そんなさらっと…」
「てめェはどうなんだよ」

す、と立ち止まって爆豪が振り返る。睨むように少し顔を近づけたが、いつもの威勢はなかった。わたしは、わたしは。爆豪に認められたと思った時に、本当は胸の奥がじんと熱っぽくなった理由のひとつを知っていた。憧れだライバルだ腐れ縁だと理由を重ね、まあ確かにそれも理由なのだけど、一番胸を熱くした好意に蓋をしてそれでいいと納得していた。どうこう踏み出す方法も知らなかったし模索しようともしなかった。死ぬまでそうなんだと思ってた。大人になると爆豪に文句をつけて、本当は爆豪の優しさに気づかないふりをしていた。わたしが悪酔いしても最後まで付き合ってくれて必ず家まで送ってくれていた。同じ現場で遠慮なく爆破をぶっ放すのはわたしを信頼しているからだった。どれもこれも、全部全部爆豪なりに心を開いてくれていたからなのだ。改めて自覚すると、言葉にならない。言い訳じみた返答しか思いつかなかったからだ。爆豪が体をこっちに向けて一歩近づく。夜風にとろけたバターみたいな優しい色をした髪がそよそよと揺れた。ゴツゴツとした指がそっと頬に触れて、親指がわたしの下唇をつう、となぞる。

「何とか言えや、いつもの威勢はどこだよ」
「う、…」
「俺ァ気長くねえぞ」
「ばくご、」
「嫌なら逃げろよ」

そのまます、と近づく顔に思わずぎゅっと目をつむる。けれどいつまで経っても思っていた展開にはならなくて、そ、と目を開けるとぼんやりと夜の闇で爆豪の目がにやりと笑った気がした。急に恥ずかしくなって爆豪の胸を押し返そうとするとそのまま腕を掴んだ爆豪がそのまま耳元に唇を寄せて笑いを含んだ声色でいう。

「なに期待してんだよ?」
「は、爆豪…っ!またわたしのこと、馬鹿にして、」
「逃げなかったな?」

ぐいっと引き寄せられた頭は抵抗することもせず、そのまま重なる唇は簡単に離れることはなかった。時折吐息とともに漏れる声が自分のものじゃないくらい甘ったるくて、恥ずかしさが込み上げる。悔しい。悔しいけれど、爆豪がすきだ。

「ばくご、ねえ、ちょっと、っや、め」
「んだよ嫌がってねえだろが」
「だから、そうじゃなくて、ちゃんと言ってよ、」
「ハア…」
「溜め息つかないでよ」
「なまえが好きだ」

あっさり。本当にあっさりと言ってのけたこの男の目にはしっかりと惚けた顔をしたわたしが映っている。この男になら、人生かけてもいい。もう手遅れなのだ。

「なまえは、どうなんだよ」
「わたしも、好きだよ」
「知っとるわ」
「なにそれ…!」

どしゃぶりの愛は新世紀


ALICE+