ふくふくと膨らむホットケーキみたいにあまい香りで悪戯にくすぐって、大人が選ぶみたいなアメリカンコーヒーみたいに時々苦くなって、パフェの底の部分がとろけて混じって甘ったるくなるような、恋をした。怖い夢を見たら真っ先に会いたくなるし、教室の窓から花が咲き誇るのを見つけたら彼の顔を思い出す。こんなに限りなく透明な純度で誰かを好きになるなんて、まだまだ夢のまた夢の話なんだと思っていた。今でも信じられない。焦凍くんが恋人になった。


「みょうじのことが好きなんだと思う、女として」


これが焦凍くんからの告白の言葉を思い出す。曖昧なWだと思うWという言葉に自然と不安はなくて、それが今の焦凍くんの持つ言葉の全てなんだと思えば思うほど、愛おしさがおへその辺りから頬っぺたまでわきあがるようにあたたかく染めた。授業中、プリントを配るために後ろを振り返ってあの赤と白の髪が視界をかすめるだけで背中の辺りがそわそわとしたり、食堂で蕎麦をすする横顔すら神様が丁寧に作り上げたような美しさでなかなかご飯が胃に収まらなかったりもした。


「今度の日曜、どこか行かねえか」
「行きたい…!」
「いろいろ考えたんだが、そういうのは疎くて分からねえ。だから、なまえの行きたいところが良いんじゃねえかと思ったんだ」
「えっとね、」


駅から少し離れた場所にあるこじんまりとしたカフェは、お茶子ちゃんや透ちゃんたちと見た雑誌で見た通りのまま素敵だった。わたしが行きたいと言ったカフェは女の子が好き、というテイストを詰め込んだような場所だったのだけれど、焦凍くんは嫌な顔ひとつせず、「わかった」と言ってくれたのであった。たっぷりとした陽だまりがホットケーキの上のバターみたくとろけるテラス席では、焦凍くんの髪が心地よく揺れて、一本一本が夜空に遍く星がきらめくように反射する。焦凍くんの髪の毛は青空にも映えた。私服姿も、かっこいいなあ。自分は可笑しくないだろうかと思いながらも注文を済ませると、焦凍くんはじっと此方を見る。髪型、変だったかな。私服、変に気合い入りすぎたかな。


「なあ、」
「うん?」
「手、握ってもいいか」
「…い、いよ」


さらりとそんなことを言うものだから、わたしの心臓はいつだって爆発寸前なのだ。聞かなくたって焦凍くんのその指先を拒否することなんてあるものか。わたしよりもトーンの低い声もゴツゴツと骨張ったたくましい指先の触れる指先のたくましさもわたしにはない。それは間違いなく異性の持っているもので、焦凍くんは、男の子なんだとますます意識する。握られた指先が緊張で少し震えた。以前、焦凍くんがわたしに言ったことがある。「なまえといると安心する」「なまえが笑うと、俺も嬉しい」焦凍くんの抱えている信念だとか重たく固まった石みたいな苦しさとか、一緒に抱えるなんておこがましいことは言えないけれど、焦凍くんの心がほぐれて優しくなれるならいつだって焦凍くんの心に寄り添っていたいし、笑っていたい。外の景色を眺める焦凍くんの睫毛の長さとか、肺を満たすケーキの甘ったるいにおいとか、ずっとずっと覚えていたい。

𓇬𓇬


「美味しかったねえ」
「幸せそうに食べてたな」


わたしの部屋に焦凍くんがいるというのはやっぱりまだ慣れない。何をするわけでもない時間を無駄だと思わないのは焦凍くんに恋をしているからなんだと思う。焦凍くんと一緒に食べた宝石みたいにつやつやとした苺のタルトはまた一つ、焦凍くんとの思い出になった。ふたりで一緒ということがこんなにも嬉しい。まだまだこれから先、ずっとずうっと一緒にいられるかなあ、一緒にいたいなあ。


「なまえ」
「どうしたの、焦凍くん」
「キスしたい」
「まっ、」
「すまねえが、待てない」


男の子は、王子様にも狼にもなれるのだ。冠をかぶって自覚なく女の子たちのハートを虜にさせるし、ぺろりと舌を出して唇を奪うことだってできる。ふたりきりの部屋ということもあってか遠慮のない焦凍くんをこうなったら止めることはできない。きっと、嫌だと言ったら焦凍くんはやめてくれるだろう。けれどぞくぞくとわきあがるような自分の中の熱を知らないふりなんてできないし、無かったことにするのはなんとなく違うような気がした。


「しょうとくん、」
「どうした?」


キスするのを止めた焦凍くんが髪の毛先が触れる距離で、その整った顔で覗き込む。色の違う両の目は、お父さんとお母さん、一人ずつから貰ったものだという。神秘的な海辺のようなターコイズブルーの瞳はお父さんと同じ色だと教えてくれた時、奥歯の辺りで何か苦いものを噛み潰したような表情をした。赤毛の方にそっと触れた焦凍くんはまだ、胸の奥の棘が刺さったまま抜けないでいるのだと知った。お父さんと同じでもそうじゃなくても、わたしはその色の違う目を純粋に綺麗だと思ったのである。焦凍くんが愛せないところは、わたしが愛せたらいい。わたしのことを丸ごと好きだと言ってくれるように、わたしも焦凍くんの全て、好きだと胸を張って言えたらいい。


「焦凍くんのこと、好き」


そのままギュウッと焦凍くんに飛びついた。ほっそりとしているように見えて実は筋肉で硬い背中に、抱きしめてくれた時わたしの背中にまわった手が必ず頭を撫でてくれること、名前を呼ぶ温度の優しさに逞しい胸に埋めた鼻先が純度の高い青で満たされていった。


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