『切島くん、今日って放課後時間ありますか』
三限目が終わった後の休み時間、俺のスマホが小さく震えた。瀬呂たちと話しながら、片手間にメッセージを確認すると思いも寄らない相手からのメッセージに思わずスマホを落としそうになった。みょうじなまえ、と表示されたその人物、別の高校ではあるがインターン先が同じで、俺の片思いの相手である。
「俺、ちょっと、トイレ!」
「は?なになに慌てて」
瀬呂に怪しまれながらもダッシュでトイレに駆け込む。今日と言えば、バレンタイン、だ。みょうじの高校は確か雄英から電車で45分ほどのところにあるはずだ。『もちろんある!』とメッセージを返しただけだと言うのに、心臓辺りが針でチクチクと刺されるような緊張感が襲いかかる。それからの俺は授業そっちのけでみょうじのことばかり考えていた。みょうじはどちらかと言えば大人しい女子で、俺よりも天喰先輩と気が合うようなタイプに見えた。空気みたいに透明に溶け込む清純さは日を増すごとに俺の肺を満たして、気づけば視線はみょうじを追いかけ、インターンの楽しみのひとつになっていたのである。片思いであろう俺にみょうじが、バレンタインの日に時間があるか、と聞いてくるだなんて期待しても、いいんだろうか。手洗い場の鏡にうつった自分の顔が驚くほどとろけそうに緩んでいて、こんな男らしくねえ顔では会えねえ!とバシッと頬を叩いたのだった。
「みょうじ、ごめんな!遅くなった!」
「ううん大丈夫」
大ぶりなマフラーに鼻先まで埋めて、細い足で石ころを蹴っ飛ばす姿もアンニュイな様子で可愛い、と思う。相当惚れているのだ、俺は。天喰先輩といると落ち着いた雰囲気のふたりはお似合いで、それでも俺はみょうじのことが好きで。実力だけでなく、ヒーローとしても男としても認められたい。
「これ、バレンタインだからフォンダンショコラ焼いてみたの。いつもありがとう」
「おう!こちらこそありがとうな」
「切島くんの明るさにいつも救われるような気持ちになるよ」
きゅっと結ばれた淡いピンクのリボンとみょうじの頬が同じ色をしていた。見た目はかっちりと上品で真面目そうなのに、中身はとろりと優しいフォンダンショコラは、みょうじにぴったりだと思った。救われるとかありがとうとか、そういうことを真っ直ぐに目を見て言えるところが好きだ。小っ恥ずかしくなるような台詞もみょうじが言うとどうしてこんなに胸の奥がぽかぽかとあたたかくなるのだろう。
「あのさ、みょうじ!!」
「えっ?!どうしたの?」
「俺と、付き合ってください!!」
「えっ、えええ?!」
「えっ?!あっ、ごめ、なんか、勢いで…!でもまじで俺、みょうじのことが好きで、ってなんか締まんねえな俺…!」
「…あの、よろしくお願いします」
すっと差し出された小さな手のひらが俺の好意を肯定してくれているものだと気づくのに時間がかかってしまった。握り返すと、みょうじの指先も力が入っていて、ふたりとも緊張してんだな、と照れ臭くなる。へへ、と締まらない笑いが溢れたら、みょうじの頬もへにゃりと緩んだことを、俺は一生忘れないだろう。
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