「フィルチだ!逃げるぞ、ジョージ!」
「ああ、後で落ち合おうぜ、相棒!」
せーの、でおんなじ顔をした俺たちは二手に分かれ、階段を駆け上がった。フィルチの怒号なんてなんてことない。足取りは軽快、今日の悪戯も大成功だと実感するとこみ上げる笑いを抑えきれなかった。角を曲がれば、もうすぐグリフィンドール寮が見えてくる。フレッドとの待ち合わせは談話室だ。フレッドやリーと今日の成果を話しながらホグズミードで買い溜めたお菓子を頬張る、なんて最高!足取りは軽く、さあ角を曲がればもうすぐ、と思ったその時である。
「…わっ!」
「、っと!ごめん!大丈夫かい?」
誰かとぶつかって慌てて手を差し伸べる。不意にあげたその顔には見覚えがあった。そうだ、彼女は、ナマエ・ミョウジだ。ときどき会話をする程ではあるが。ホグワーツでは珍しい東洋人の彼女であるから、聞き慣れない名前に入学時には騒ついた覚えがある。異国の地であるにも関わらず、彼女の目はいつも真っ直ぐに前を見据えていて、そんなに目立つタイプではないにしろいつも誰かと笑っているような気がする。東洋人特有の幼い顔立ちも組み分け帽子を緊張気味にかぶるあの頃より幾らばかりか凛々しくなったように見えた。自分の手よりひとまわり、いや、ふたまわりほどもちいさな手がギュッと握り返される。
「悪戯、成功したんだね」
「ああ、勿論!」
「そうみたいだね、いい顔してるもの。階段の気が変わらないうちにわたし急ぐね」
またね、ジョージ。そう言う彼女に俺は目をまあるくする。フレッドと俺を簡単に見分けることが出来るやつなんて、あまりいないのだ。親友のリーは愚か、ママでさえ見間違えると言うのに。あまりに突然のことで瞬きを忘れてしまう。その様子を見てハテナを浮かべる彼女だったが、すぐに駆け出していってしまう。「あっ」慌てた彼女が立ち止まり、振り返る。
「ねえ、ジョージ!ずっと言おうとおもってたの」
「えっ?!」
「綺麗な髪だねえって」
照れ臭そうに大きなまあるい目がキュウっと細まって、さくらんぼのようにほんのり頬を染める。柔らかそうな髪が揺れるのを俺はただぽかんと口を開けて見つめ続けるだけだった。先ほど握った彼女の指先の熱が今になってじわじわと芯から熱を持ち、震えたような気がした。綺麗な髪だって、俺?俺の髪のこと?いや、俺しかいないんだけど。じゃあねと今度こそ走り去るナマエの後ろ姿にばかになってしまったようにうなづき彼女の揺れるスカートを見送ることしかできなかった。
笑顔で誰かと話すということなんて日常茶飯事だ。それなのに、どうして俺は今、こんな気持ちになっているんだろう。彼女の笑顔を受け止められるだけの心臓を、どうやら生憎持ち合わせていないらしい。それなのに、ただ俺に真っ直ぐ向けられた笑顔と視線が本物であってほしいと願うばかりだった。ああ、可笑しくなってしまった。そんな自分が恥ずかしいやらびっくりするやらでその場から動けなくなってしまう。いつの間にか緩んでいた情けない口元を押さえて視線を泳がせたって、俺の脳裏ではただの同級生であるはずのナマエの笑顔がどうしても溶け込んで離れなくなってしまったのである。
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