自分の家に帰るのに此れ程までに緊張したことなんてあるだろうか。毎年のように隠れ家に帰ってきた。けれど、いつもの帰宅と違うのは、ナマエと一緒に帰ってきたこと。ナマエとは、クリスマス休暇をウィーズリー家で過ごすことになったのである。賑やかなことが大好きなママのことだから、きっとナマエを我が娘のようにそれはそれは大歓迎してくれるだろうし、パパはきっと、東洋生まれの彼女にとても興味を持つだろう。けれど、両親から向けられるのはきっと、ナマエが恋人なのか、という興味津々な視線だろう。汽車に乗るナマエの横顔をそっと盗み見る。窓の外を見ながら緩やかに微笑む彼女を見たら、彼女の存在をなんて説明しようとか、俺の心臓は保つのだろうかとか、無駄な心配なんてものはどうでも良くなってしまったのである。

泣いたナマエを抱きしめてしまった日から数日経ったけれど、彼女はその件について触れてくることはなかった。都合良く考えれば、俺が男として抱きしめたっていうのを肯定してくれているような気もするし、何となくかわされているような気もしなくもない。気不味さの欠片も見せない彼女はやっぱり女の子だ。女の子の方がやっぱり少し秘密を持っていて、少しだけ、大人なのだ。





「おかえり、ジョージ!あら、そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
「えっと、休暇の間泊まることになったんだ、同じグリフィンドールのナマエだよ」
「初めまして、ナマエです。ご迷惑をお掛けすることもあるかと思いますが、休暇の間よろしくお願いします」
「まあまあ!そんなかしこまらないで!ここを我が家だと思って、ね?」


ママの顔がぱっと輝いて、ナマエに見えないように俺に向かってウィンクするとおんなじくらいのタイミングで脇腹を小突かれた。けれどナマエをW友人Wだって紹介出来なかったのも事実。(何だか、友人だって言うのが嫌だったんだよなあ)ナマエはジニーの部屋に泊まることになるだろうから案内しないと。ナマエをリビングに残して、先にジニーの部屋に泊まるだろうから準備にいかないと。階段を上ると、おんなじ顔した赤毛が俺を覗き込んでいる。


「よう、遅かったな、相棒」
「フレッド、早かったんだな」
「まあな。あ、俺のベッド片付けておいたからな」
「どういう、」
「どうもこうもないだろ、折角愛しのナマエが来てくれてるんだ。其れ位は協力するぜ」


高くつくけどな、とにやにや笑うフレッドに開いた口が塞がらない。俺に、どうしろって?ま、頑張れよな、肩を叩く兄の積極性とか気遣いには時々頭が上がらない。なんにせよこの休暇は特別なものになることには違いない。寝顔が見れちゃうのかとかそういう不埒な妄想で頭をいっぱいにさせそうになりながら慌てて振り払う。階段下から聞こえるママの楽しそうな笑い声、ナマエが少しでも馴染めているといいのだけど。





「いただきまーす!」


食卓っていうのは賑やかな方がいい。ママの作る料理はどれもこれも絶品。色とりどりの食卓は、いつもより張り切っているように見えた。ナマエをそっと盗み見ると、少しばかり緊張しているようで、でもまじりっけのない澄んだ笑顔は残したままで。そういうところ、そういうところなんだよなあ、愛おしいと思うの。心の奥にはちいさな秘密を持っていいる、手が届くか届かないところで純粋に笑みをこぼす。少しだけど、指先に触れたような気がする。


「遠慮しないで、ナマエ!たくさん食べて!ほら、ママの作るシェパード・パイは最高だよ」
「ありがとう、ロン」
「もう、ナマエが困ってるでしょ?そんなに食べられないわよ」


いつの間にか仲良くなったのか、親しげにロンとジニーに挟まれ、パイを頬張るナマエの姿。ジニーには花も降るような笑顔を見せても、ロニー坊やには見せないでくれよ。(ロニー坊やはデレデレするな。)人懐っこさのある目とぱちりとぶつかる。器用に笑い返してみせるけど、うまく笑えただろうか。いつもならここでロンに何か仕掛けてやるのだけど。仕掛けない俺の心情は、きっとロンにはわからないだろう。





「ジョージ、あなたの家族って、とっても素敵!」
「いや、でも、ありがとう」
「ジョージがあの家族の中で育った子なんだって、とてもわかるなあ」


夜の散歩なんて、我ながらロマンチック。何もない家の周りを散歩したいというと、素敵と快く返事をくれた。田舎だから、ほんとうに何もないし、いつもはなんてことのない風景でも、星のひとつひとつを集めて全部ナマエにあげちゃいたいくらいには俺もロマンチックにはなっている。でもそういうきらびやかな宝石よりも煌々と照らす月よりも、傍らに咲いている花の方がナマエには似合う。誰かが見ていることも知らずに。知っているのは俺だけでいいのになあ。桃色の花びらのような爪をセーターから覗かせるナマエの長い睫毛、星の輝き全部を詰め込んだ瞳、愛おしいと思う。


「寒ィなー」
「ジョージってば鼻真っ赤」
「ナマエもな」
「ふふ、うん、でも寒いね」
「じゃ、手、繋ぐ?」


思わず言ってしまった言葉に後悔なんてしてやらないし、まあるく見開いた瞳にも知らんぷりで、さっと手をとり、ポケットにふたりぶんの手。ナマエは「はなして」とも「いやだ」とも言わない。少し俯くナマエの表情はわからないけれど、月明かりに照らされた睫毛と、汽車の中のコンパーメントで見せたような緩やかな弧を描く薄い唇はしっかりと見えた。言葉は飲み込んだまま、秘密は飲み込んだまま。


「寒いな」
「…うん、でも、あったかいね」


ちいさい手だ。守りたいくらいちいさくて、やわらかくて、女の子の手。俺のふたまわり程もちいさい手はやっぱり女の子で、指先まで俺と彼女は男の子と女の子なんだ。ほんとうに触れてしまった。届くか届かないかのところをふわふわと泳ぐ彼女の指先をしっかりと握って離さない。そっと控えめに咲く花をちゃあんと見ているひとがいるってこと、気づいてもいいんだぜ。



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