あれからやっぱり彼女が好きなんだと意識するようになってから、行く先行く先で彼女を探してしまう。大広間でも教室で廊下でも、定まらない視線の中、はっと気づくと彼女と目が合うことがあって、せっかく繋がった視線を慌てて逸らしてしまうことばかりだった。ああ、俺ってば意気地なし。
「お前が好きなの、ナマエ・ミョウジだろ」
突然のことである。それは、談話室の片隅、リーとフレッドと次の悪戯の作戦会議中のこと。突拍子もなくフレッドが言い出すものだから、蛙チョコレートを危うく逃しそうになる。ざわつく中でもあまりにもハッキリと彼女の名前が耳に届いたものだから、周りのやつらに聞こえているんじゃないかと思わず辺りを見回してしまう。
「見てりゃわかるぜ。お前、わかりやすすぎ」
「やっぱりな。ジョージ、お前恋愛になるとめちゃめちゃわかりやすいのな」
「はあ…やっぱり隠し事はできないな…」
「ま、そういうこと。まー、それにしてもナマエかー、そうかー」
意味ありげにもったいぶるフレッドを肘で小突く。リーもにやにやと俺を見てはそうかそうかーと笑う。そして三人にしか聞こえないような声でフレッドが囁く。
「お前知ってた?彼女、実はえらく人気なんだぜ」
「ライバル多いぜー」
「は?!」
俺の素っ頓狂な反応に、フレッドもリーも大爆笑。なんだよ…!感じ悪いな…!いやいや、そんなことよりも、ナマエって、モテるのか…!そうだよな、可愛いもんな…。自分の彼女ではないのに、ショックを受けてしまう俺を見てリーが肩を叩く。
「いやあ、まあ、とにかくだ。彼女はモテる」
「わかってるよ…」
「まあまあ…だからこそだ、黙って待っているだけでは、彼女、誰かのモンになっちまうぜ」
心臓がドクンとひとつ跳ねたような気がした。もしかしてまた偶然が俺たちを導いてくれるのかも、なんて都合の良いドラマのようなことが何度も何度も起こるわけなんてない。そんなことはわかっている。
「そう難しい顔をするなよ、兄弟。ほら、あるだろ、俺たちにしかできないことがさ、5ヶ月後、ほら!」
「……クィディッチ…!」
「試合みにきてくれーってお誘いすればいい!もちろん、練習も見にきて貰えばいいし、それまでに話し掛けるチャンスはたくさん作れよ?そうすれば、彼女も意識し始めるだろ?」
「でも、いきなり、」
「というわけで、おーーい!ナマエーー!」
「おい、ちょっ、待っ、まだ心の準備が…!」
あーあ、やっちまった。フレッドのやつ、此処ぞとばかりにあの積極性を発揮しやがった。はっと顔を上げた時には時すでに遅しで、あたふたと視線を泳がせる中で、バッチリナマエとの視線が交わった。やっぱり彼女は曇りなき眼で俺のことを真っ直ぐに見ていた。驚きと戸惑いを隠しきれない琥珀のようなまあるい瞳。フレッドの声に、ナマエの周りにいるアンジェリーナやケイティが彼女の背中を押して何か話し掛けていて、彼女がぶんぶんと首を横に振っていた。(…嫌がっているのだろうか。)これでもし、彼女に嫌われたりからかってるんじゃないかかとか変な勘違いされたりしてしまったら笑えねえ。「ほら、ジョージ!」ヒソヒソとフレッドが無理やり俺を立ち上がらせる。緊張で泳ぐ視線をまたバッチリ彼女の瞳がとらえる。薄暗い談話室の中でも、此方に向かう彼女の頬が少しばかり赤らんでいるような気がした。もうここまできたら戻れない。腹をくくれ、ジョージ、と自分に言い聞かせる。
「ジョージ?」
「あっ、ナマエ、あのさ」
「あ、ジョージ、あのね、この間は教科書見せてくれてありがとう」
「そんな、俺でよければいつでも見せるさ!」
他愛もない会話が何だかくすぐったい。フレッドやリーやナマエの周りにいた女子たちの視線が興味津々ですと言わんばかりにこちらに向いていたが、そんなことよりも、目の前に彼女がいて俺のことを真っ直ぐ見ている。それだけで口もとは緩み、体の芯から湧き上がるあたたかさや花が咲くような愛おしさになんでもできそうな気がした。
「ナマエ、よかったら、ほんとうに君がよかったらなんだけど、5ヶ月後のクィディッチの試合、応援しにしてくれないか?」
大きい目をさらに大きくさせて、ナマエが驚きに満ちた表情を見せる。ひゅうと後ろでフレッドが口笛を鳴らす。彼女の唇が微かに動く瞬間、世界の時間が、まるで一斉に息をするのをやめてしまったかのようにゆっくりゆっくりと流れたように感じた。イエスか、ノーか。ごくりと生唾を飲み込んで柄にもなく神様に祈る。どうか、彼女の薄桃の唇から、イエスの返事がもらえますように。
「わたしでいいの?」
「それって、」
「もちろん、ジョージのこと応援しにいく」
あっ、アンジェリーナやケイティ、フレッドのことももちろんだよ!と慌てて答える彼女を中心に、のんびり流れていた時間は一気に加速する。談話室の雑談が一気に耳に届く。「やったぜ!」とリーが小さな声で歓声をあげたのが聞こえた。イエスだったよな?とフレッドにアイコンタクトを送ると、ウィンクが返ってくる。イエスだった、彼女の答えは、イエスだった!じゃあまたね、とナマエがぱたぱたと女子寮に戻っていくのを見送るのを確認して、三人は歓喜の声を上げる。
「聞いたか二人とも!ナマエがオッケーだって!」
「ああ、やったな!兄弟!」
「なんか感動しちまったぜ…!」
リーがウッと泣き真似をするのをフレッドと同じタイミングで小突く。ちゃんと目を見て話せた、彼女がいつもそうしてくれるように。曖昧で慎重になりすぎて動けない俺を真っ直ぐに見てくれる瞳にしっかりと答えられただろうか。ちゃんと彼女からイエスの返事を貰えただけで、たった一瞬の出来事だけで、こんなにも胸が締め付けられて唇を噛み締めるほど幸せだなんて。けれど、もっと話したい、もっと彼女を見ていたい。できれば、ナマエに触れてみたい。どうやら俺はどんどん恋というやつに落ちていっているらしい。
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