夜中に目が覚めたのは久しぶりのことだった。満月が眩しい。なんとなく目が覚めたものの、二度寝をするには冴えすぎている瞼はこすらなくともパッチリと開いたまま。隣のベッドに眠っている双子の兄はすやすや夢の中である。悪戯するにはすこーしだけ申し訳ないような気がする。談話室にでも行ってみるか。思いつきのまま、ローブを羽織り階段を降りると、気配を感じる。密会するカップルだったりして、なーんて良からぬことを考えてそっと談話室を覗き込む。


「…ナマエ?」


にやついたピンク色を一気に振り払って駆け寄ろうと思うが、どうやらナマエのいつものやわらかい雰囲気はどこか落ち込んで重たい。横顔は何だか鬱々としており、声を掛けることを躊躇ってしまうほどだった。ナマエのあんな姿なんか見たことなくて、チクリと胸が痛む。何かあったんだろうか、もしかして、嫌がらせをされている?いやいや、あんな良い子がターゲットになるだろうか。いや、もしかして、誰かに想いを馳せている、とか?もしそうだったら、自分で考えておいてなんだかヘコみそうだ…。悶々と考えている間に、ガチャリと扉が開く音が聞こえる。ナマエが外へ出て行ったのだ。なんとなく不安が頭をよぎる。不安のままに突き動かされ、いつの間にかそっと彼女の後をつけていた。こんな寒い夜に、彼女をひとりになんて出来ない。





まだ突き刺さるような寒さの中、彼女が辿り着いたのは暴れ柳の近くの大きな湖。ゆらゆらと揺れる水面には満月がぼんやりと揺れている。はっきりと照らされたナマエの横顔は、やっぱり、とても悲しげだ。ぶわあと大きく風が鳴るのとほとんど同じくらいに、彼女の大きな瞳からぽろりと一粒、真珠のような涙が溢れた。それは、一粒零れ落ちると後から後から止めどなく溢れ続けて止まることを知らないようだった。不謹慎だが、綺麗だと思った。そしてなにが彼女の涙を溢れさせるのか、もしかして、彼女の零れ落ちる真珠を俺が拭ってあげられないだろうかと心臓が脈打つ。いつも彼女は笑っていたし、あたたかかった。そんな彼女の弱いところに背を向けて、彼女の隣に立つ資格なんてあるだろうか?勇気を出せ、ジョージ。お節介かもしれないけれど、ここで放っておくなんて、男が廃るだろ?自分に言い聞かせて一歩を踏み出す。


「…!ジョージ…?!」
「ごめん、ナマエ、たまたま談話室で君が出て行くところを見て、」
「やっ、やだなあ、どうしてそんな顔をしているの?ちょっと風に当たりに来ただけなのに!」


慌てて背を向けて振り返るナマエは、やっぱり笑っていた。満月がはっきりと照らす彼女の目元は赤くなっていて、Wちょっと風に当たりに来ただけWなんて顔は一切してなんかいやしないのに。無理に笑おうとする彼女の口元が微かに震えているのがわかる。無理に笑顔を作れば作るほど、俺じゃ受け止められない、彼女の弱いところは俺じゃ見せられないって言われてるみたいだ。けれど、いつも穏やかでやわらかい彼女は、まるで底なしの崖に片手だけで掴まっているみたいだ。今にも崩れ落ちそうな崖に宙ぶらりんになって、そのまま手を離してしまう。そんな感じがする。俺のエゴだとしても、どうにか、手を差し伸べたい。彼女が壊れそうな表情をしているのが今の俺には一番つらい。


「わたし、もう少し涼んでいくよ。ジョージ、寒いでしょ?もう戻っ「俺じゃだめか?」……っ!」


突き動かされる衝動のまま、口は動く。手を、どうか、掴んでほしい。そんなところにいないで、ちゃんと俺と生きてよ。


「ごめん、ナマエが泣いてるの見てた。俺じゃ、君の涙を拭えない?」
「…」
「俺でも、いい?」


彼女がうなずくと共に涙で湿って冷たくなった頬に手を添え、涙を拭う。その手をぎゅっと握るナマエのまあるい目からはまたぽろぽろと涙が零れ落ちて、止まらなかった。ちゃんと、手を握ってくれた。悲しいことは半分こしよう、ちゃんと俺が持つからさ。嬉しいことは、絶対二倍、いや、三倍、それ以上にできる自信があるぜ。


「ジョージは、優しいね」
「そんなことない」
「ううん、優しいよ。わたしね、クリスマス休暇が、ほんとうに、つらいの。両親が遠いって、わかってるのにね。その期間だけじゃあ会いには行けない。お父さんとお母さんに会いたい。おかしいよね、自分で選んだことなのにね」


ぽつりぽつりと、喉に引っかかったものを吐き出すように言葉を紡ぐ。寂しいね、仕方ないのにね。困ったように笑いながら泣く彼女は、年相応の女の子だった。誰にでもある感情を抑えて抑えて、時折こうやって泣いていたのだろうか。誰にも弱いところを見せずに、花を咲かせるように笑っていたのだろうか。込み上げる愛慕に身体は言うことを聞かなくなっていて、気づいた時には腕を伸ばして彼女の身体を包み込んでいた。やわらかい髪がすこし風に靡いて頬をくすぐる。


「寂しかったよな、ナマエよくがんばった」
「……ジョージ、っ、…うっ」
「よしよし、泣いてもいいんだぜ」


小さい頃、転けてわんわん大泣きしたジニーをなぐさめたみたいに、ナマエを抱きしめたまま頭をぽんぽんと撫でる。ローブに顔を埋めて小さく嗚咽をこぼすナマエがどうしようもなく愛おしい。


「クリスマスは俺たち、ウィーズリー家で過ごす」
「えっ…?」
「クリスマスは俺と過ごす。年が明けたら、ホグズミードも一緒に行こう。寂しい思いは無理に堪えなくていいんだぜ?その代わり、それの二倍、三倍と、俺と楽しいことしよう、な?」


嫌じゃなかったら。慌ててひとつ付け足すと、はっと顔を上げるナマエが、泣きながら笑い、大きく首を縦に振る。その笑顔にツンと鼻の奥が冷たくなる。目も鼻も真っ赤にするナマエがぎゅっと胸に飛び込んでくる。きらきら光る流れ星をつかまえたみたいだ。胸の中で淡くやわらかい光を放つ流れ星が尻尾を残して逃げていかないように。顔を上げるナマエと俺とふたり、おそろいの顔をしているんだろう。もしも、もしもだけど、小指の糸が君と繋がっているなら、絡まったって、ちぎれそうになったって、何度だって結んでみせる。君と同じ温度で生きてく。


(君の泣きじゃくった顔がどうか明日には幸せに満ちていますように)


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