「みょうじってかわいーよな」
「はあ?」
「それに、良いやつだし」
「いやだ、なに」
「勉強出来るわ性格良いわ、加えて可愛いとか」
「理想だよなー」
「なに」
「ちょいとばかり口は悪いけど、」
「そこはご愛嬌ってな」
「えっいやだ急に気持ち悪い」


夕方の談話室、上鳴と瀬呂たちの突然の褒め殺しに思わずシャープペンを机に放り投げた。嫌味か。わたしの怪訝な視線に気付いたのか、上鳴はにやりと口元を緩ませ、瀬呂は肩をすくめて見せた。さっきからその態度はなんなの…と軽く睨んでみたところで、ふたりともにやにやと気味の悪い企み顔をこちらに向けるのみで妙に居心地が悪い。


「ってな、そう言ってたんだよなあ、あいつが」
「あいつ?」
「そ、あいつ」
「あいつって誰」
「わっかんねえかなあ」
「わかんないから聞いてるんだけど」


そこまで言うと再び上鳴と瀬呂は顔を見合わせてはそれはそれはわざとらしく大きなため息を吐いて、それまたわざとらしく宿題に向き合う。あれ、あいつって誰なの。教えてくれないの。そう口を開こうとした時、あわただしく駆け込む足音がしてわたしは口を半開きにしたまま音のする方に顔を向ける。中途半端に乱れている制服、少ししわになった白いシャツが中途半端にブレザーからはみ出していて、加えて言えば、中途半端な時間にやってきたと思う。なんだか何もかも中途半端だ。


「悪ィ遅れたっ!」
「遅い」
「遅い」
「中途半端」
「や、遅いっつーのはわかるけど、中途半端ってなんだよ!」
「すべてにおいて」
「はあ?!」
「あ、シャー芯ない」


わけがわからない、という顔をした中途半端切島は中途半端にずれかけていたかばんを持ち直すと、わたしの隣に腰を下ろした。


「あーもう、シャー芯なくなったの切島のせいだかんね」
「は?俺のせいじゃねえし」
「瀬呂、シャー芯ちょうだい」
「はいよ」
「ありがと」
「…話振っておいて無視かよ」
「それより切島、なんで遅れてきたの?勉強教えてって言うからわざわざ談話室まできたっていうのに」
「補習…」
「えっ…ださ…」
「馬鹿な友人を持つと大変だな、まったく」
「俺たちでも補習なかったぜ」
「う、うるせえ…!お前らも似たり寄ったりだろ!それに、今回は提出物忘れてただけだっつーの!」


切島は、自分のかばんから真っ白な宿題を取り出し始める。なんとなく会話が終了したようで各々宿題に取り組む。ほかのひとたちはきっと自室で好きなことをしているんだろう。爆豪くらいに教えてもらえばよかったのに、と心の中で悪態をついた。ひと段落ついて、ふう、とため息をついたときである。瀬呂と目が合って、にたにたと何か思いついたように目を光らせる。


「あ、そういえばよ」


わたしのため息に釣られるようにして、瀬呂が口を開いた。


「あいつって言うの、切島のことな」
「え?」
「え?俺?」


唐突。瀬呂ってば何の前触れもなくぽろっと言っちゃうから、頭の中があっという間にぐちゃぐちゃにこんがらがってしまった。え、あいつってあの話題のあいつ?あいつって、切島?わたしのこと可愛いとか言ってたっていう、あいつ?つまり何だ、切島がわたしのこと可愛いとか言ってたとかいうそんな話だったような、気がする。瀬呂の言葉の意味を、脳が理解していくにつれどんどん頬に集まる熱。ちょっと、わたしそういうキャラじゃないんだよ。冷静になることを忘れて慌てふためいてあわあわとパニックになりかけるわたしをみる瀬呂と上鳴がにやにやと笑っているのに文句のひとつも言ってやれず、空気を求める金魚のように口をぱくぱくとさせることしかできない。切島の顔を見れば、言葉の意味を本当に理解出来ていないようで不思議そうな顔をして瀬呂と上鳴とわたしの顔を交互に見ていた。上鳴は、あーあとでも言わんばかりの表情で、でもどこか楽しそうに切島の表情を眺めている。とにかく顔の熱いのどうにかしないと。ぱきん。音を立てて、シャーペンの芯が折れると、一気に3人の視線が集まってさらに熱くなる頬と煩いほどバクバクと鳴り止まぬ心臓の音にもう耐えられるはずもなかかった。


「わっ、わっ、わたしっ!ちょっとトイレっ!」
「え、あ?あ、おう…?」
「このタイミングでかよ?」
「う、うるさい、なあ!」


火照った頬をなんとかしたくて、トイレにいくとあのタイミングでは有り得ない理由を付けて席を立ってしまった。机に散らばったノートたちをひっ掴み、すたすたと早歩きで談話室を後にする。切島たちから見えなくなったであろう場所に辿り着いたら、逃げるように走って走って自分の部屋までとにかく走った。だから、わたし、こんなおんなのこ、っていうキャラじゃないんだってば。その場にしゃがみ込んで息を整える。脳裏に浮かぶツンツンと尖る赤髪を思い浮かべると、あいつの赤と同じくらいに頬が赤くなっているような気がした。





「あー、もう戻ってこないんじゃねえの」
「は?!」
「トイレとかいって部屋戻っただろうなー、たぶん」
「だろうな」
「はあ?!なんでだよ!せっかくみょうじのこと誘えたのによ!」
「なんでだろうな」
「わっかんねえな」
「んなら、俺たちももう部屋に戻るとするか」
「えっ、俺来たばっか」
「ほら、切島も早く片付けしてー」
「…納得いかねえよ!」


ハートらむ季節です!

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