ちょっとそこまで、というにも寒さに負けてしまいそうだからお気に入りのパーカーを引っ張り出して、なかなか跳ねてなおらないわんぱくな髪の毛を隠すようにマフラーで包んだ。家の玄関を開けると、朝の透明な空気が肺まで流れ込んで澄み渡るように気持ちよい。ただコンビニに甘いものを買いに行くだけなのに、お気に入りのスニーカーがどこまででも連れて行ってくれそうなほどに足取りを軽くさせた。お正月も過ぎ去り始めた朝、車もまだ少なく人も皆家に居るらしい。街はシンと静まり返ってどこかお澄まししてかしこまった感じがする。世界にわたしひとりだけ。白線から落ちないように歩いてみたら、子どもの頃を思い出した。例えば、おもちゃのオマケのビー玉を空に透かした色とか駆け上がった丘の上の空気の色とかそんなものたち。


「お、みょうじ」

「切島くん!」


よ!と軽快に笑う同級生の男の子。スポーツウェアに身を包んでいるところを見ると、努力家の彼のことだからきっと走り込みでもしていたのだろう。少し赤く染まった鼻の頭がやけに可愛らしく見えて思わず頬が緩む。


「あけましておめでとう、だな」

「こちらこそ、あけましておめでとう。今年も仲良くしてくれるとうれしいよ」

「おう!当たり前だろ!」

「切島くんは、トレーニング中?わたしはコンビニに行くところなんだ。甘いもの食べたくなって。お正月で太っちゃいそうだよ」

「家に居たらダラけちまいそうでよー。んなわけでランニング中だ!つーかみょうじはもう少し太ってもいいと思うぞ」

「またまたそんな冗談を。でもありがとね、声掛けてくれてうれしかったよ」


また学校でね。そう言おうとしたら、切島くんの目が何か言いたそうにすいすいと空を泳いでいた。切島くんの言葉を待つように首だけ彼の方を向いたら、「あのさ!」と閑静な住宅街に大きな声が響いた。


「一緒に、初詣行かねえか?…みょうじが良かったら、だけどよ」


切島くんの視線が朝の澄み切った色によく似ていて、それがわたしの肺を満たすような透明な純度をしていた。鼻から吸い込んだツンと冷えた空気が少し熱くなった頬を気持ち良く冷やしてくれる。切島くんにうなづいてみせると、鼻を小さく啜ってはにかんだ。「じゃ、近くの神社でも行くか」ポケットの中で手のひらに集まった熱を持て余して、切島くんの隣を歩く。朝陽があっという間に昇っていく。この純度の高い透明で肺を満たす心地よい色をしたそれの名前をまだわたしは知らない。マラソンを全力で完走した後のような胸の高揚と朝陽をふやかす白い息がふたつ。この心地よさを切島くんも感じているのだろうか。そうだったら、うれしい、かもしれないなあ。




遅ればせながら あけましておめでとうございます 190108
ALICE+