エコバッグの中の野菜やらお肉やらが騒がしくビニールの擦れる音とアパートの階段を登る軽快な足音。わたしから当たり前のように家の鍵を受け取り、我が物顔でわたしの家の玄関の扉を開けるかっちゃんの背中に、複雑な思いを抱いて何も言えなかった。遡ること1時間半ほど前のこと。ショッピングモールでの買い物を終え、一旦帰ってきたわたしたちは直ぐにスーパーへ買い出しに行くことにしていた。夜は家で飲む予定だったのだけれど、あまりにも冷蔵庫が寂しかったからである。
「たまごが…やすい…!」
「母親かよ」
「うるさいなあ、もう」
かっちゃんがスーパーのカゴを右手に、ハッと鼻で笑ったのをわざとらしく睨んでやった。店内を見て回り、必要なものを買い揃えた。ひとりで買い物をするのは嫌いじゃない。寧ろ好きな方だ。でも、誰かとスーパーで買い物をするのも、悪くないなと思う。最後にお酒を選んでいる時、若い女の子たちがひそひそと此方を見ながら話しているのがふ、と視界の端っこを掠めた。
「俺ビールな」
「わかった。…んー、ていうかさあ、」
「んだよまたなんか文句あんのかよ」
「文句っていうか、わたしとふたりでさ、買い物なんかしてていいの?」
「今更だろ」
「そうなんだけどね。わたしも迂闊だったなあって思うよ。…爆心地報道出ちゃうんじゃない?今をときめくヒーローだよ?困るでしょ」
正直、久しぶりに元恋人と再会して、懐かしさと恋心を混同して浮かれていたのかもしれない。最後にやりとりを交わしたかっちゃんはまだ制服に身を包んでいた。時間はとうに経っていたというのに。そこからわたしの中の爆豪勝己という人との時間は止まっていた。だから、迂闊だった。かっちゃんの方を見ないまま、お酒を選ぶフリをしながら言う。爆心地の恋愛報道なんて今までわたしが知る限り見たことがないし、この業界で数多く飛び交う噂の中でもひとつとして聞いたことがない。だからこそ、メディアやマスコミはこの綻びを見逃しはしないだろう。特に、男女の関係であれば。ワイドショーでも一際賑わうのは男女の仲の報道だと思う。爆心地の場合、そういうことがなかったのだから余計に今の現場を見られたらそれを見逃してくれるほど世間は甘くない。それは一般人だってそうだ。考え過ぎでなければ、きっと、あの若い女の子たちは爆心地のファンだ。大人の男と女がふたりでお酒を買っている。そんな現場を見たら、「友達です」はそうでなくとも絶対に通用なんてしない。元恋人云々を抜きにしてもわたしたちは恋人以下の関係なのだ。一線を引いた行動をするべきだったのかもしれない。マスコミに見つかれば有る事無い事記事にされるかもしれないし、ああいう一般人のファンが見たらショックを受けるかもしれない。もう高校生の頃の関係じゃないのだ。雲が視界を覆うようにずんと憂鬱が膨らんだ。
「俺は、なまえとだったら別に構わねえ」
膨らんだ憂鬱を弾くような弾丸が背中から衝撃を与えた。土曜日の夕方のスーパーには人が沢山の声が行き交っている。家族で晩御飯の買い出しをしながら話す声、知り合いに出会って立ち話をする人の声、お菓子売り場でお菓子をねだる子どもの声、カップルが会話を楽しみながら買い物をする声。その隙間で、確かにかっちゃんの声がはっきりと聞こえてしまったのである。わたしとかっちゃんの間に水滴が一粒、ぽたりと落ちて静かに波紋を広げ、鼓膜を震わす騒がしさが遠のいていった。缶チューハイを選ぶ指先は忙しなく動き続け、馬鹿みたいに少し空いた口が、小さく震えた。
「…んー?なんて言ったのかよく聞こえなかったや」
「ア?!だから、」
「どっちにせよ爆心地報道出ちゃっても良くないし、さっさと買って帰ろ」
「てめェ話聞けや!」
「もう、こういうのは今回だけにしないと、」
聞こえない、ふりをした。かっちゃんの持つカゴに缶チューハイを4本、雑に入れる。かっちゃんの顔も見ることもできないまま。話を聞けとやや荒い口調で言うわりにはそれ以上かっちゃんは問い詰めてすらこない。かっちゃんの横を歩いているわたしはと言うと、数年前に感じた胸の疼きに唇を噛み締めていた。レジをなるべく早く済ませて帰路につく。そして冒頭に戻るのである。どこから話を切り出そうか変に焦ってしまっているわたしをよそに、かっちゃんは至って日常であると言わんばかりにさっさと冷蔵庫に野菜たちをしまっていて拍子抜けした。そうこう悩んでいるうちに、かっちゃんのあの言葉は、もしかしてわたしが思うほど重要なものではなかったのかもしれないと変に頭が冷めてくる。深い意味はない。わたしの絡まって拗らせたセンチメンタリズムだとかロマンチシズムだとかの横文字たちが出しゃばってきていただけだ。かっちゃんの性格からしたら、報道が出る相手が、例えばわたしだろうが別の誰かだろうが「関係ねえ」とその意思の強さで跳ね除けるだろう。片付けを終えたかっちゃんがソファーに座って携帯を弄っているのを横目におつまみ兼夕食の用意に取り掛かった。妙に安心感を誘うまな板を叩く包丁の音と夕暮れの橙が生活の中に溶け込んで、さっきまでのわだかまりを包んで覆っていった。
メランコリック・パレード 181103
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