「爆豪とみょうじが!!」
「うおー!遂にヨリを戻したか!!」


ざわざわと騒がしい居酒屋の大部屋、一際大きい上鳴と瀬呂の声が部屋中に響いた。部屋は一気に桃色の風が吹く。その風がビュウと吹き付けるようにわたしたちの周りを取り巻いた。一斉に視線を向けられて、思わず頬杖をつきながら溜め息をこぼしてしまった。隣に座っているかっちゃんは、さも当たり前だと言わんばかりに生ビールをぐいっと飲み干した。わたしたちが2人揃って1-Aの集まりに来ることなんて今までなかったから、たぶん皆その真相を知りたくて仕方なかったんだろう。今まで触れてはいけないようなふたりの関係だったものだから、みんながみんな、一斉に距離を詰めてニヤニヤと生暖かい視線を寄越すばかりである。


「やっぱり爆豪となまえは運命ってやつだったんだー!」
「ハア…ロマンチックですわ…」
「でもよかったね、爆豪くん」
「んなの当たり前のことだわ」


腕をぶんぶんと振る三奈と艶っぽい溜め息をつきながら少し酔いが回り始めている百、そして目をくるりと光らせたお茶子がかっちゃんに問いかけるように話し掛けた。かっちゃんの返事にまたもや女子陣たちのキャー!と悲鳴にも似た歓声がわたしの肩を揺さぶるようにぶつかった。隣にいるかっちゃんも上鳴やら峰田やらの野次を上手いこと受け流していた。10年前より大人しくなったかっちゃんに、あの頃と変わらない容赦のなさで、何て告白したのだとかいつからヨリを戻したのだとかの質問が飛び交う。質問にタコ殴りにされる勢いで苦笑いを浮かべていたら、不意にぽんっと右肩を叩かれる。切島くんだった。少しばかり酔いが回り始めているのか、少し目を潤ませて、にっとその八重歯を見せて笑っていた。


「切島くん、久しぶりだね」
「おう!爆豪が来るっつったらみょうじ絶対ェ来なかったもんな」
「、はは、まあね…」
「でもよ、俺はふたりがいつかこうなるんじゃねェかってずっと思ってた」


いや、もしかしたら願望みてェなもんだったのかもしんねえけどよ。一言付け足した切島くんの横顔を見やる。優しく、やわらかく、切島くんは笑った。切島くんはわたしが知っている中で、かっちゃんの一番の仲良しであった。(仲良しという表現が合っているのかはわからない。かっちゃんが気を許している、というニュアンスの方が正しいのかもしれない。)それはどうやらこの10年間の間も続いていたようである。切島くんのその真っ直ぐな瞳が、かっちゃんのことをどれだけ心配していたのかがジンジンと伝わる。


「爆豪な、みょうじと別れてから荒れててマジでヤバかったんだぜ?」
「…ふふ、なんか想像つくなあ」
「色々爆豪から聞いてるだろうけどよ、アイツなりに色々考えて過ごしてきてたんだ。色々見てきたから、こうしてふたりが並んでるとなんか、こう、目頭熱くなるよなァ…!」
「わっ、泣かないで!」


くうっと目頭を押さえる切島くんの肩に手を置く。切島くんは本当に良い人だ。その目じりの優しい皺が彼の本質にあるあたたかさを物語っている。切島くんとお付き合いをする人はきっと幸せになれるだろう。現恋人と比較のようなことをするのはおかしいが、どうしてわたしはかっちゃんじゃなきゃ駄目なんだろう。お世辞も言えない。人間としてあたたかくて優しくて、という切島くんのような模範的なポイントも低い。黙ってついてこいというよりは、俺が言わなくても察してついてこいくらいの、隣を歩くというよりはずんずん歩いていくようなタイプの男。それでもわたしはかっちゃんが良かった。その裏側にある不器用な思いやりみたいなものがとんでもなく可愛くて愛おしいと思えてしまうのである。わたしもしっかりと恋をしているんだよなあ、と人ごとのように思うと何だか笑えた。かっちゃんの隣の、しっくりはまるような居心地の良さは、わたしだけが知っているといい。切島くんがぽつりぽつりと話すのをうんうんと相槌を打ちながら聞く。切島くんと談笑していると、「なあ、爆豪!今後どうなんだよ!な?!」と上鳴の野次にも似た質問が飛び交った。


「ア?」
「ア?じゃなくてな、」
「ひとつしかねェだろ」


ゆっくりとかっちゃんが此方を向いた。正確にいうと、ゆっくりと向いたのではなく、なぜかスローモーションで見えた。吸い込まれてしまうようなルビーの閃きに、ああわたしはこの男が好きなんだよなあと、今考えなくても良いようなことを考えていた。


「するだろ、結婚」


あまりにもあっけらかんと言い放ったものだから、波紋が広がるようにシン、と静まり返る。わたしはというと余りの驚きに、ぽかんと口を開けたまんま、打ち上げられた金魚のようにパクパクと口を動かすのみであった。




皆んなで久しぶりにワイワイと騒いだのは楽しかったが、桃色の質問の波に浚われてしまいそうなくらいだった。ふたりでパスしようと打ち合わせた訳ではなかったが、たぶん、かっちゃんも疲れたのだろう。皆んなに盛大にお見送りをしてもらい、そのまま帰路に着くことにした。街灯がぽつり、ぽつりと頼りない道。包み込むような優しさで、かっちゃんがわたしの左手を握りしめた。手を繋ぐなんてあまりしたことがなかったから驚いて一瞬足が止まったが、その指に自分の指を素直に絡めた。かっちゃんも、酔っ払っているんだろう。可笑しくて、クスクス笑いが止まらないわたしも、どうやら酔っ払っているみたいだ。


「なんか、恥ずかしいね」
「もっと恥ずかしいことしてんだろ」
「そういうことは言わない!」


かっちゃん、と名前を呼ぶだけでなんだか愉快な気分だ。わたしが余りにもへらへらとしているからなのか、かっちゃんが怪訝そうに振り返る。月が綺麗だ。月明かりの下のかっちゃんは、相変わらず綺麗な赤い目をしていて、このまま牙を生やして狼男にでもなっちゃうんじゃないだろうか。それにしても。結婚という二文字が現実味を帯びているような、はたまた酔っ払って聞き違えたのか、不思議な重さで胸の中に残った。プロポーズともとれるその言葉、かっちゃんが間違ってもそんな冗談を言うなんて思えない。早かれ遅かれこの人と結婚するんだろう。不確定な自信が居座る。若干の千鳥足でかっちゃんの後ろを歩く。


「ふらふらじゃねえかよ。悪酔いすんなって言っただろが」
「へへ、かっちゃん、おんぶしてー」
「ア?!ったくこの馬鹿女…」


空っぽの頭でかっちゃんの背に投げかけた言葉。確かに馬鹿っぽい。それでも、足を止めて若干腰を落としたかっちゃんの逞しくて広い背中に飛びつく。馬鹿女でもいいや。アルコールのにおいと、夜風に乗せて運ばれるかっちゃんのにおい。ぎゅっとしがみついたけれど、わたしの体重をもってもかっちゃんの鍛え上げられた背中は揺るがない。かっちゃんのうなじに鼻先をぎゅっとくっつける。


「かっちゃん、」
「んだよ甘えた声出しやがって」
「わたしたち、結婚するの?」


足を止めずにかっちゃんはいった。


「結婚する」


迷いのない澄み切った言葉。普段であれば、悪態をつかれたり多少の噛み付きもありそうなわたしのネジの外れ加減にも付き合ってくれる。馬鹿なことしても、むすくれながら最後までそばにいてくれる。そういうところだ。そういうところが、好きだった。結婚なんて夢見る年は過ぎ去っていて、どちらかと言えば焦りを感じる同年代も多いもの。正直にいうと、結婚なんて苗字が変わるくらいだと思っていた。苗字が変わろうと、生活は変わらず続いていく。一枚の紙切れをお役所に提出したら、夫婦としての権利が認められる。それくらいの認識だったのにも関わらず、ネジの外れかかったわたしの今の頭の中では草原を駆け回りたくなるような浮かれ具合である。結婚がゴールではなく通過点ということも重々承知しているはずなのに、わたしも爆豪になるのかあと思うくらいにはもう何だか可笑しくなってきていた。ぶらぶらと足を揺すると、「大人しくしろやアホ」と一言飛んでくる。それでもかっちゃんの背中はあたたかい。いつもなら牙を剥き出しにして襲い掛かってくるような狼男も、なぜだか今日は牙をそっと隠した優しい狼男らしい。たまにはこんな夜もいいものだ。


とどめの魔法 181206

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