ギュッと祈るように指先を絡めた。窓を網戸にすると、頬を撫でていく風が昼間の気温からは考えられないくらいに涼しくて秋の到来を告げるようだった。時間がどれくらい経ったのかわからない。切島くんは、無事だろうか。もし、無事じゃなかったら?爆豪くんを助けられなかったら?たくさんのWもしかしてWに押し潰されそうで息苦しい。何度目かわからないため息をひと息ついたら、携帯のバイブが震えた。ディスプレイには三奈ちゃんの名前。


「三奈ちゃん…!」
「なまえっ、ごめん夜遅くに!なんか、居ても立っても居られなくて!」


夜の公園、ブランコの軋む音が夜の空に消えた。きっと三奈ちゃんも不安を感じている。わたしや三奈ちゃんだけじゃない。爆豪くんを奪還にし現地に赴いたひとも、帰りを待つひとも、あの爆豪くんだって、たぶん、きっと。どういう話をしたって、何が正解で何が結論に落ち着くのかは全くわからない。着地点のないフワフワとした言葉が浮かんでは消えた。


「いやあ、なんかさ、大変なことになっちゃったねえ」
「うん…でもさ、みんな無事に帰ってくる!絶対!」


足元から纏わりつくような不安を振り払うようにして切島くんの笑った顔を思い出してみる。不安な時こそ、笑うのだ。三奈ちゃんに向かって、ニカッと笑ってみせた。


「うん!…あれ、なまえ、携帯鳴ってるよ?」
「え!あ、あ…!き、切島くん!」
「ほらほら早く!ね!」
「う、うん!」


ブランコから慌てて降りたら、つまずいて転けそうになった。手が嫌という程震えて、通話ボタンを押すまでに時間が掛かってしまう。後ろで三奈ちゃんが、大丈夫、大丈夫だよ!と声を掛けてくれていた。


『もしもし、みょうじ』
「切島くん、!切島くん…っ?!」
『爆豪、ちゃんと取り返してきた。それに、みんな無事だ!』
「よか、っ…、きりしま、くん、よかった、」
『今から帰っから!』
「うん!」


喧騒に紛れた電話越しの声。不安で作られていた足場が音を立てて崩れていく。しゃがみこむわたしの背中を三奈ちゃんが優しくさすってくれていて、余計に泣けた。






切島くんたちが帰ってきた。ちゃんと爆豪くんを救って。爆豪くん奪還作戦は成功を収めたけれど、相澤先生は(当たり前だけど)相当お怒りで爆豪くん奪還作戦を知っているひとは全員除籍処分にする勢いだった。けれど、誰一人欠けることなく此処に立つことができたことがたまらなく嬉しかった。その甘さが顔に出ていたのか、「ニヤけることじゃねえぞ、みょうじ」と相澤先生にはバシッと頭を叩かれた。恥ずかしい。

新学期が始まる。新学期と同時に、全寮制にもなった。片付けも終わり落ち着いてひと息、ベッドに倒れ込む。ここ数日のことをぼんやりと思い出す。切島くんに、なんだか恥ずかしいことを言ってしまった、ような気がする。今になって恥ずかしさが込み上げて、心臓がキュウっと縮こまって酸欠になりそうだ。


「おーい、みょうじいるかー」
「いる!」


切島くん、だ。落ち着け、落ち着くんだ。散々恥ずかしいことを言った気もするし、恥ずかしいところも沢山見せてしまった気もする。扉を開く前にひと呼吸。


「どうぞ…!」
「お、お邪魔します!」


切島くんが何故だか正座で座る。よそよそしく冷蔵庫を漁る。家から持ってきたジュースをそっと前に置くと同時に「おしっ!!」と切島くんが自分の頬を叩く。


「みょうじ!俺さ、本当はみょうじにさ、俺にしとけよ!って男らしく言おうと思ってた。でもよ、言えなかった」
「…」
「木椰子区のショッピングモールで色々あったろ?あの時、言っちまいそうだった。フラれた弱みに付け込むみてェで、なんて言っていいのかわからなかった」
「…うん」
「合宿の時、勢いで言っちまって、むちゃくちゃカッコ悪ィって思って、結局爆豪助けに行く前にみょうじにキッカケ貰ってよ」
「…うん」
「ずっとずっと見てたのに、なんでいけすかねーあんなやつにみょうじの心持ってかれちまうんだって思ってた癖に、何にも踏み出せなくてよ、こんな俺だけどさ」


切島くんがまたひとつ息を吸う。伏せた睫毛がゆっくりと上を向く。真っ直ぐに見据えるのは、わたし。瞬きひとつで今まで居た世界から掬い上げられるように心があたたかな赤で満たされてゆく。


「みょうじが、なまえのことが好きだ、ずっとずっと好きだった」
「切島くん」
「俺と付き合ってください!」


一世一代の告白と言わんばかりに切島くんが頭を下げてこちらに手を伸ばす。躊躇うことなんてひとつだってない。その力強くて優しい指先を、ギュッと握り返す。指先の熱が、わたしの頬に伝染する。幸せは、伝染する。


「よろしく、お願いします!鋭児郎、くん!」


断る訳もないのに、鋭児郎くんの眉が見る見るうちにキュッと下がって口はへの字で目を潤ませた。鋭児郎くんが透明に滲んだ目を慌てて拭って隠すようにわたしをギュッと抱きしめる。非日常と隣り合わせだったこの半年間、たったの15年しか生きていないわたしたちの周りを張り詰めていた糸が緩んだ。恐ろしい思いもした。悲しいこともあった。その度に沢山泣いた。けれど、今回は違う。鋭児郎くんの逞しい肩に幸せに満ち満ちたその一粒の透明をそっとあずけることにした。





(緑谷視点)

「「えーー!みょうじと付き合うことになったーー?!」」
「念願叶ったり、だ!」
「やっと叶ったな…!くー!可愛いよなあ、みょうじ…!」
「ったりめーだろ!何言ってんだ瀬呂!」
「キイイイ!!切島ァァ!!」


二学期が始まってしばらくした日の夜。たまには男子で集まろうぜ、とのことで瀬呂くんの部屋に集まった時のことだった。(切島くんが強引に連れてきて、かっちゃんも部屋の端で踏ん反り返っていた。)切島くんがさらっと爆弾を落としたのだ。瀬呂くんと上鳴くんが見事にハモって、峰田くんが発狂寸前だ。僕たちだって、ヒーローの卵とは言え、健全な男子高校生だ。きっと女子も好きであろうネタだけど、男子でもこの手の話は相当盛り上がる。切島くんの顔が見たことないくらいに緩んでいて、それでいて、元々優しい切島くんがさらに優しい顔をしていた。みょうじさんと、つ、付き合った、のかあ…!切島くん、凄いなあ。ヒーローとしても、男としても、切島くんなら絶対に絶対に守り通すんだろうなあ。


「ま、切島がみょうじのこと好きなのはバレバレだったけどな」
「うるせー…!」
「な!爆豪もいっつも一緒だから気づいてたんじゃね?」
「ア?!アホ面晒して見とるわヘラヘラしとるわ、ンなもんバレバレだったわ!」


瀬呂くんと上鳴くん、そしてかっちゃんの言葉に、切島くんが髪の毛の赤に負けないくらいに顔を真っ赤にする。純粋だ…!みょうじさんは、芦戸さんとよく一緒にいる。切島くんも含め、出身中学が同じなんだそうだ。パワフルなイメージの芦戸さんとは反対に、やわらかな雰囲気の女の子だ。かと言ってすごくおとなしいわけでもなくて、気取らなくてよく笑う子、という印象がある。なんだか切島くんとはすごくお似合いな感じがする。後日、ふたりの様子を見ると、そこだけほんのり色づくような雰囲気になんだか照れくさいような、癒されるような、くすぐったいようなそんな気持ちになった。(瀬呂くんや上鳴くんが茶化してやろうと意気込んでいたけれど、あまりの純粋っぷりに顔を染めていたのは、また別の話だ。)背を向けているみょうじさんの表情はわからなかったけれど、切島くんのあんな顔、初めて見た。すごく優しくて、真っ直ぐで、キラキラしていて。きっと、みょうじさんもおんなじ顔をしているんだろうな。僕にはまだよくわからないけれど、切島くんのあの顔を見ていて思うことは、おんなじだけの温度で生きていけるって、とても幸せなことなのかもしれない。僕もいつか、そんな人に出会えるといいなあ。




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