霜の張った道をサクサク踏みながら、軽快に歩くなまえの背中がなんだか嬉しそうに揺れている。「おーい、転ぶなよー」と声を掛けたら、「大丈夫ー」と言いながらつまずいた。口元隠れるくらいにぐるぐるに巻いたミックスケーブルのスヌードは俺が初めてのクリスマスプレゼントに、ちょっと奮発してプレゼントしたやつだ。プレゼントに見返りなんて求めちゃいけねえのはわかってたけど、宝石みたいに目を輝かせて想像以上に喜んでくれて心の中でガッツポーズをした。なまえが白い息を愉快に吐き出して笑う。ずっと手の届かないと思っていたなまえが、俺の彼女だなんて未だに時々、夢なんじゃねえかと思う時がある。





なまえの存在を知ったのは、中学1年生の頃だった。ランドセルを卒業して、制服に身を包むというのはすごく大人になった気分で、背伸びしていたことを覚えている。そんな中で見たなまえは、俺のハートを見事に撃ち抜いた。所謂、一目惚れというやつである。みょうじなまえ、同じクラス、斜め前の席の女の子。髪を耳にかける何気ない仕草がなんだか繊細で、丁寧で、男の俺にはないそれと、不意に少し見える横顔に目が離せなかった。あと、なんかすげェいいにおいがした。こないだまで本当に俺とおんなじ、ランドセルを背負っていたのか?と疑問に思うくらいに彼女は女の子だった。プリントを後ろに回すとき、その顔が見えるとすごくドキッとした。おとなしいのかと思ったら、よく笑うし、意外と芯が強くて辛抱強い。何かキッカケが欲しくて、入学式当日、「俺!切島鋭児郎!よろしく!」とすぐ自己紹介しにいった。大きな目をさらにくりんとさせてからその目を細めて笑ってくれた。日直でノートを運んでいるなまえを見かけたらすぐ飛んで行ったし、体育で2人組、なんて場面があったら直ぐに声を掛けにいった。挙げ句の果てになまえには興味もねェだろう紅頼雄斗の話を延々としてしまったこともあったが、うんうんと目を見てずっと話を聞いてくれていた。


「切島くんの目の傷」
「あー、これ。初めて個性発動しちまった時に切ったんだよな。カッコ悪ィよな」
「そうだったんだ。でもさ、なんか、睫毛みたいで、可愛いね」
「!!」
「わたしは、好き。いいと思う!」


些細な会話だけど、衝撃だった。なまえは覚えてないかもしれないけれど、こんなちっちゃな傷ひとつの話でさえ丁寧に掬い上げて、好きに変えてくれることが出来るんだと当時の俺は心が揺さぶられた。やわらかな雰囲気に反して、意外と豪快にニッと笑う姿に、「あ、俺、好きだ」と芽生えたものは、今の今まで、葉を茂らせ蕾を膨らませ、花を咲かせ続けている。枯れることはこの先絶対無いだろうし、絶対に守っていきたい。


「えーいじろーうくーん!」
「おーう!」


小さい子どもみたいに鼻も頬も真っ赤にして俺を呼ぶ。なまえが名前を呼ぶと、その数文字が特別なものであるかのように感じる。切島くん、切島くん。中学の頃のなまえが、瞼の奥で俺を呼んだ。


「すきなひとが、できたの!」


ちょうどこれくらいの季節だったことを覚えている。頬に手を当てたなまえの顔は誰よりも女の子で、朝露に反射した雫のようにきらめいていたけど、俺はというと一気に足元から音を立てて崩れ落ちた。聞きたくなかった。どうしても信じたくなかった。俺の方がずっと傍にいたつもり、だったし、色んなことを知った気でいた。その思いを抱いたまま、2年になって最悪だったのは、なまえとあいつが同じクラスになって、俺は別のクラスになってしまったこと。(ちなみに、芦戸とはこの時同じクラスになった。)ふたりで歩いているところ、あいつがなまえの肩にぽんと手を置いたところ、なまえが俺に時々相談してくること、なまえが俺に向ける目とはまるで違ったこと。全部全部悔しかった。悔しかったし見込みがないと分かっていても諦められなかった。


「おーい、みょうじ!国語の教科書貸してくれ!忘れた!」
「あ、切島くん!いいよー!」


はい!と手渡してくれるなまえの肩越しにあいつが見えて、無性に心がざわついた。教室を出る前に振り返ったら親しげに話している姿が見えて酷く後悔した。もしかして、こっちを見て手を振ってくれるかもなんて淡い期待は儚く散った。借りた教科書をぺらぺらと捲る。時々引いてある赤線やワンポイントを指先でなぞったら、なんだか切ない気持ちになった。





「ねー、切島」
「んあ、なんだ芦戸」
「あんたさー、なまえのこと好きでしょ」


突然のことだった。席替えで、たまたま隣になって話しかけてきた芦戸の最初の一言がこれだった。ビックリし過ぎて筆箱の中身をブチ撒けた。その様子に芦戸はブーッと吹き出して「わかりやす過ぎ!!」と爆笑した。


「なっ、なっ、なんで!」
「いやいや、わかりやす過ぎだもん。あたし、なまえと小学校からの付き合いなんだけどねー、ま!所謂幼馴染ってやつです!あ、それで、なまえと昨年同じクラスだった切島の名前がなまえの口からよく出てたから、それなりに仲良かったのかなって」
「みょうじが、お、俺のこと話してた…?!」
「うん!そだよー!…でも、なまえの今の気持ち知ってる?」


今までからからと笑っていた芦戸が少し寂しそうな顔で言う。諦めてくれ、なまえの幸せの邪魔すんなと言いたいのか。俺の表情を見て察したのか、芦戸が「やっぱ知ってるかー」と困ったように笑う。


「でもよ、なんもしてねえのに諦めらんねェよ…!」


ギュッと握った拳が小刻みに震えた。それに気づいた芦戸が「邪魔すんなって言ってるわけじゃないんだ。ごめん」と呟いた。じゃあ、俺は今後どうしたらいい?どうしたらこの気持ちに諦めがつけられる?ダメ元で告白するのか?告白したって、今は絶対に答えはノーだ。だからと言って、今後イエスになる確証も無いじゃないか。ノーを貰ったら諦められるのかと言われれば、正直わからない。今の関係の壁を崩すほど、強くもない。結局、狡いままどっちつかずで保身に走っている俺だからなまえの気持ちを射止めることができないのかもしれない。やっぱり芦戸は困ったみたいに笑っていた。「なまえの好きなひと、切島だったらよかったのにな」と呟いた芦戸の言葉はクラスメイトが俺を呼ぶ声でかき消されて、俺の耳には届かなかった。





3年。進路で悩んでいたけれど、やっぱりなまえのことも同じくらい悩んでいた。同じクラスになれたのはやっぱり嬉しかった。あいつとなまえのクラスが別になったのもほんとのこと言うとめちゃくちゃ勝ち誇った気持ちだった。結局諦めきれずに2年間この思いを抱いたままここまできてしまった。その日は雨がザアザアと降っていた。せっかく綺麗に桜が咲いたのになー、この雨で散るかもしんねえなーと呑気なことを考えていた。夕暮れを一層暗くする灰色の雲。さっさと帰ろう。そう思って傘を開いた時だった。中庭の方から傘もささずに誰かが走ってくる。うわっ、あのひと、びしょ濡れじゃねえか…!と少しギョッとした瞬間、目が合った。よく見知っているひとだった。


「みょうじ…?!ど、どしたんだよ!」
「き、きり、しまく、っう、」


なまえだった。雨のせいで体中びしょ濡れだったけど、確かにその目は泣いていた。慌てて鞄からタオルを取り出してなまえの頭に被せた。タオルの下から、微かな嗚咽が確かに響いていた。


「どうした?みょうじ、なんかあったか?大丈夫だから、な?」


肩に手を掛けた時に気づいた。(し、下着…!透けて、!水色、じゃなかった!俺はサイテーかよ…!)このままなまえを帰すわけにもいかない。辺りを見回すけれど誰もいない。時間も結構遅い。とりあえず、クラスに体操服が置いてあったはずだ。なまえの腕を引いてクラスまで連れて行く。その間もなまえは泣き声を漏らさないように口を押さえていて、俺の心まで痛んだ。なまえの代わりに、大粒の雫が髪の毛から滴ってぽたぽたと湖を作る。


「みょうじ、俺の体操服でよかったら、着替えに使ってくれ。体操服、綺麗なやつだから!そのままじゃ風邪引くし、あー、ほら、電車も乗れねーだろ?な?」


小さい子をなだめるように話すと、なまえがコクリとうなずいて教室に入っていく。有難いことに教室には誰も居なかった。廊下に出て扉を閉めて誰か来ないように左右を見回した。沈黙が続いて、雨が窓ガラスに叩きつけられる音しか聞こえない。なまえの涙の理由なんて考えつきもしなくて、なまえの泣き顔に心が苦しい。微かに教室の中から俺の名前を呼ぶ声がする。


「きりしまくん、」
「みょうじ、着替え終わったか?」
「うん、ありがとう。きりしまくん、わたし、だめだったよ」
「…え?」
「ふられちゃった!いやー、クラスも変わっちゃったし、勢いでね、言っちゃったんだけど、だめだった!」


ガラガラ!と勢いよく扉を開けるなまえの顔は笑っていた。無理に作られたものだと理解するのに時間はかからなかった。名前を呼ぼうとするのを遮るようになまえが言葉を続けた。


「そういう風には、見れないんだって!」
「みょうじ」
「仲良くできてたかなってつけあがっちゃった!」
「みょうじ、無理、すんなよ」
「いやあ、そんなこと、」
「俺、俺だったらッ!」
「…好きだったんだけどなあ」
「おれ、」
「切島くん、帰ろっか。体操服、ありがとうね」



次の日に下駄箱で出会った時、目こそ少し腫れていたけれど、なまえはいつも通りだった。いつも通りにニッと目を細めて「おはよう」と言ってくれた。いつも通りだったけど、見えない違和感の壁が確かにそこにはあった。今思えば、なまえは俺の気持ちに気付いたんじゃねェかと思う。というか、あんなことを言いかけたら誰でも気づくと思う。深く傷ついて、恋愛という感情全てに背を向けていたはずだ。恋愛で出来た傷を癒すのは恋愛だ、とこないだ見たドラマの中の俳優が言っていた。でもそんな簡単なことじゃねえ気がする。俺がいるといったところでその傷を塞げるわけがなかったし、そんな考えは余りに浅はかで彼女に失礼だと思った。咄嗟に飛び出し掛けた「俺だったらそんな風には泣かせない!」と言う言葉。まるで少女漫画の一コマやドラマの台詞のような言葉。誰かの言葉を借りたような薄っぺらな台詞。弱っているところにつけ込むように、そんな言葉で彼女に思いを伝えようとした自分も酷く情けなかった。なまえはその日からずっと弱いところを隠していた。でも俺は知っている。時々見せる横顔が酷く脆くて弱くて泣いてしまいそうなこと。辛いとも悲しいとも言わず、楽しいや嬉しいところだけを見せ続けていたなまえは確かに強くて、持っていた秘密には更に鍵をかけて、見えないようにしていた。

季節は巡ってまた春。情けなくて弱い自分に決別するべく、憧れの紅頼雄斗に習って髪を真っ赤に染めた。入学当日、下駄箱で出会ったなまえがまだ寂しそうな顔をしていて、ついつい「もしかして、」と声を掛けてしまった。しまった、と思った。デリカシーの無い言葉を掛けてしまった。慌てて掛けた言葉はなんて言ったか思い出せないけれど、なまえがふわりと笑った。壁の無い透明なそれは、春の始まりを再び告げるのにぴったりよく似合う笑顔だった。





入学してしばらくした時のことである。授業の終わりを告げるチャイムの音と共に瀬呂と上鳴がニヤニヤと悪い顔をして俺を引っ張って教室の端に連れて行く。


「な、なんだよ!」
「あのさー、切島よォ、みょうじのこと好きだろー!」
「!!」
「わっかりやすゥ!」


ふたりがゲラゲラ笑う。顔中が熱い。中学の時、芦戸にバレたことがあったが、ここでも、出会ったばかりのやつらに、それもなかなか濃いやつらにバレてしまった。なまえが泣いたあの日から、恋心を仕舞おうと何度も努力した。結論から言うと、無理だった。そこになまえがいたら目で追ってしまうし、いなければいないで、探してしまう。かなり重症だ。


「あー悪ィかよ!好きなんだよ!」
「ウェーーイ!」
「中学一緒なんだろ?進展は?ねえの?」


半ばヤケクソだった。どうにでもなれ!と恋心を暴露した後にきた質問に言葉を詰まらせる。進展も何もないし、寧ろ今の状況がどうなのか知りたい。嫌われて、はいないと思う。けれどこれ以上進ませてくれないような透明の壁を壊す策なんてあるのだろうか。俺の貞腐れたような顔を見て、瀬呂が困ったように肩をど突く。痛ェ!


「ま、単純そうなお前でも色々あんのな。でもまあ、みょうじ可愛いよな!あの笑顔堪らんよな、わかるわかる」
「狙うなよ!」
「狙わねーよ」


バシッと背中を叩かれる。いってェ!!背中をさすりながら、クラスを見回せばすぐに見つけることができた。なまえはクラスの女子たちとすっかり打ち解けていた。3年前に見た横顔より、大人っぽくなっていてドキッとしたら、また瀬呂たちに脇腹をど突かれた。





木椰子区のショッピングモール。上手いことふたりきりになれた。各々でバラける際に芦戸がくるっと振り返って「頑張ってっ!」とウィンクしたのが見えた。一緒になまえの帽子を選んだりして、なんかデートみたいだ…!くうっと幸せを噛み締めて歩く。


「次どうす、」
「切島くん?」


幸せが一気に崩れ落ちる。最悪なものを見てしまった。なまえには見せちゃいけねえと思えば思うほど、顔が強張ってしまう。咄嗟になまえの手を掴んで反対方向に向かって進む。


「あー、みょうじさんじゃんー」


へらへらとなまえに向かって手を振る姿に正直めちゃくちゃ腹が立ったし苛ついた。それ以上に悲しかったのは、なまえがぱっと手を振りほどいてあいつの方を向いたこと。俺じゃダメなのか。俺は、まだあいつ以下なのか。眩暈がしそうなほどに苦しい。


「雄英って、可愛い子いっぱいいるんだね。あのさあ、また紹介してよー」


耳を疑う言葉。なまえが一歩後ろによろめくように下がったのが見えると同じくらいにあいつの胸ぐらに掴みかかってしまった。怒りで殴らなかっだけ褒めてほしいくらいだ。爆豪だったら間違いなく顔面を遠慮なく爆破していただろう。それでもあいつはへらへらと笑って、終わったことだと言ったのである。確かに終わったことだ。けれど、好意を寄せてくれた女相手に、可愛い子を紹介しろだなんて俺には考えられなかった。あり得ねェと思った。あいつに泣き顔なんて絶対見せてやらねェ。弱いところ見せなくていい。なまえの細腕を掴んでずんずん進む。あいつと同じ空気を吸わせてたまるか。あいつに一歩でも近いところに居させてたまるか。振りほどこうとなまえがもがくけど、今回は離してやれねェ。なまえが一生懸命、泣くのを堪えていたから、泣かせないようにどうでもいい話をした。もうこれ以上、傷を深めて泣いてほしくないというのは俺のエゴかもしれないけど。


「俺が話すのやめたらさ、みょうじ泣くだろ」


ぽろっと溢れた大粒の涙。今泣かせたのはあいつじゃない、俺だ。それでいい。近づいて、そっと拭った。涙の海に溺れてしまわないように、抱えていたものの重さや痛みで沈んでいかないように。




あの日からなまえは不安定な表情をすることが増えた。悲しいとか辛いとか恋愛に関するそういうものがぽっかり抜けてしまったように見えた。ぼんやりと外に視線をやるその目は何も見ていない。何も映してはいない。触れちゃいけねえ気がした。でも、このままなまえの心が消え行くのが見てられなかった。それを感じたのが林間合宿の1日目の夜。枕投げしようぜ!と盛り上がる中、一歩引いて見ていたなまえの姿が足元から砂になりそうなくらい脆くて怖くなって、気づいたら声を掛けていた。


「みょうじが好きなんだよ!」


なるべく冷静に話したつもりだった。後半は責めるように話してしまって、挙げ句の果てには自分の気持ちを伝えてしまった。しかも、勢いで。俺じゃしんどいところ、一緒に抱えてやれねえのか、なんて身勝手にも程がある。勝手に抱えようとしたくせに、押し付けがましいったらありゃしねえ。合わない鍵穴に鍵を差し込んで必死に開けようとしたって開くわけがないのに。マジで男らしくねえ。なまえが、泣けっていったり泣かせないようにしたりしてどうすれば良いのかわからないと思ったのは当然のことな気がする。腑抜けた気持ちが祟ってなのか、爆豪が拐われたりなまえとの関係が名前すら付かないような曖昧な関係になってしまったりした。爆豪を助けに行くことは、心では決めていた。男として、ヒーローとして、絶対に放っておけねえと思った。爆豪救出に向かうことを告げたら、蛙吹や麗日たちに結構キツいことも言われた。心の中の霧が未だにモヤモヤと思考を覆っていく。病院の前で緑谷を待つ足が忙しなく彼方此方とフラフラした。


「きり、切島、くんっ!」


息を切らして俺の名前を呼ぶ声。なまえに手渡された花柄の巾着袋。中を覗くとおにぎりが、ふたつ。なまえの言葉が頭を覆っていた霧をみるみるうちに払っていった。霧を抜けたら、なまえがいた。


「それでね、切島くん。わがままかもしれないけど、帰ってきたら、もっかい、聞かせて」


なまえの言葉がやわらかく鼓膜に届いた。その言葉の意味の裏側にあるものがわからないほど鈍感じゃない。思いを募らせて3年半。はじめて抱きしめたなまえの体は思っていたよりも小さくて、やっぱりいいにおいがした。当たり前だが、女の子だった。壊れないように抱きしめたつもりだったけど、離したくなくて少し指先が震えて力が入ってしまったかもしれない。そっと背中に回された手があたたかくて、緩く視界が滲んでツンと痛くなった鼻をすすった。

新幹線の中で腹ごしらえの為に食べた鮭と梅のおにぎりがあまりに美味しくてまた泣きそうになってしまった。(それを見た轟が、「ビビってんのか」と聞いてきたのには拍子抜けした。)巾着袋の中に小さく折りたたまれたメモ。「絶対帰ってきてね」と一言書かれていて、思わず背筋が伸びた。絶対帰ってくる。そしたら、ちゃんと男らしくなまえに気持ちを伝えるんだ。





「鋭児郎くん、ぼーっとしてる?」
「いや、なんか、なまえのこと好きだなって思ってよ」


鋭児郎くんがすんと寒さに悴む鼻をすすった。付き合い始めて数ヶ月が経った今、鋭児郎くんの言葉はいつも真っ直ぐだった。恥ずかしいことも言えちゃうくらい、真っ直ぐな男の子だ。鋭児郎くんの言葉に答えるようにギュッと肩を寄せる。あったかい。冷たい指先を絡め合えば、冬の温度を溶かしそうだ。この1年は色んなことがギュッと詰まっていたけれど、思い返してみればどの季節にも鋭児郎くんの優しさが思い出に色をつけていた。鋭児郎くんの隣にいることほど、幸せなことってないのかもしれない。わたしも気持ちが伝わったのか、鋭児郎くんが指先にギュッと力を込める。何度も不安になって、きっと何度も不安にして、それでもこの愛も幸せもふたりぶん伝え合って生きていたい。鋭児郎くんの隣で。




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