「いらっしゃい」
『あの、2人なんですけど』
「あー。空いてるんで好きなところにどうぞ」
和菓子屋さんの女性に言われたイトカンというお店に来てみたら、どこか懐かしいようなあったかい感じがした。
儘ならないわがままな運命に乾杯
お店にはキッチンに若い女性が1人と、奥の席に金髪の男性が1人。
キッチンにいる女性がエプロンをしているからお店の人なんだろう。女性以外の店員さんが見当たらないから、1人で切り盛りしているのかななんて考える。
和菓子を購入し車に戻った際、ユーキさんに和菓子屋さんの女性店員さんが言っていた言葉を伝えたところ、あっさりとご飯を食べることが決まった。
ユーキさんはお酒を配達することが主な仕事なため、今日は私をAMERIに送ったら仕事は終わりらしい。
勤務時間が短いと思いきや、ユーキさんはAMERIの店員が働き始める時間よりも前に配達納品の確認をしているので、私よりも働いているかもしれない。
『ユーキさんは何食べます?』
「カツカレー」
『結構がっつり。私どうしようかなぁ』
「賄いがあるんだから軽くしておけよ」
『軽く、、オムライスって軽いですかね』
「どこからどう考えても軽くはないな」
お店の真ん中に位置している大きな長いテーブルに向かい合わせで座りながらメニューを見てるけど、結構がっつりなメニューが多くて何を頼むか迷う。
小腹は空いている。けど、ここでオムライスを食べてたら賄いを食べれる気がしない。
いつも賄いを作ってくれるキッチンメンバーにも悪いことをするしなぁと悶々と考えてると、水を2つ持ちながらテーブルの横に立った女性の店員さんが笑っていた。
「ふっ、そんなに悩むならおにぎりでも作ろうか?」
『え!いいんですか?』
「材料はあるから」
「なんかすいません。うちのが我儘言ったみたいで。」
「別に。こうゆうの慣れてるから」
慣れてると言った女性の笑った顔が綺麗だった。慣れてるという言葉だけなのに、表情で愛おしいと言っているような雄弁な笑顔。きっと感情の豊かな人なんだろう。
私にはきっといくら時間をかけてもできない笑顔だと思った。
カツカレーとおにぎりを待ちながら、ユーキさんと当たり障りのない話をする。
いくら暗黙のルールとして"SWORDの不可侵の場所を侵すべからず"があったとしても、私たちが取引をしているのはSWORDの全域に渡るし、他の地区とも取引をしている。不可侵の場所を侵してはいけないが、私たち不可侵の場所で働く者もSWORDを侵してはいけない。うめちゃんの言うがままに行動した結果が今となっているけど、自分の立場というものが良い意味でも悪い意味でも、とっても不安定な状況なんだと感じる。
「はい、カツカレーとおにぎり」
『ありがとうございます』
カツのサクッとした衣。5等分にされたお肉から染み出るジューシーそうな油、そこにスパイシーな匂いがするカレーのルーがかかり見るからに美味しそう。
おにぎりも真ん中に具があるタイプじゃなくて、鮭を混ぜ込んだ小ぶりのおにぎり。
もう料理上手としか言いようがない品が並んでいた。(飲食店だから当たり前だろうけど)
『すごい美味しそうだし、料理上手…』
「名前と比べたらダメだろ。早く林檎のカット上手くなれよー」
『自分が一番比べたらダメだって分かってます〜』
私の言葉を聞いているのか聞いていないのか(きっと後者だろう)、黙々とカツカレーを食べ始めるユーキさんにならって、おにぎりを食べる。
やはり男の人は許容量の違いからか食べ終わるのが早い。食べ始めたのは一緒のタイミングなのに、私がおにぎりを食べ終わる頃に彼もカツカレーを食べ終えていた。
食べ終えて休憩を挟みたいところだったけど、時間も迫っているので早々に立ち上がりお会計をする。
『おにぎり美味しかったです!』
「大したもんじゃなかったけど、喜んでくれてよかった」
『あ、あの。お名前聞いてもいいですか?私、Bar.AMERIで働いてる苗字名前といいます』
「AMERI?」
雄弁な笑顔を浮かべられる彼女と話してみたいと思った。もちろん次に来店したときにオムライスを食べたいというのもあるけど、一番に思ったのは"話してみたい"という気持ち。話すのにもまずは自己紹介からかと思って、女性の店員さんに名前を聞くと同時に自己紹介をすると、今まで奥の席にいた金髪の男性が声を上げた。
座っている席から立つことはしないものの、鋭い視線とヒリッと感じる雰囲気。
何か不味いことを言ってしまったのだろうかと戸惑っていると、私を背にかばうようにユーキさんが間に入ってくれた。
「はい、ストップ。君が心配していることも分からなくもないが、別にとって食おうとしてここに来たわけじゃない。偶然だ、偶然。それに知らないわけじゃないだろう?暗黙のルール」
「…本当に偶然かどうかなんて分かんねーだろ」
「噂には聞いちゃいたけど、面倒なやつだなお前。名前、この金髪誰か知ってる?」
少しずつ剣呑な雰囲気が漂う中、ユーキさんに聞かれた内容に内心首を傾げる。
金髪の男性が誰か知っているかで何かが変わるのだろうか。
『?知りません。お客様の顔は結構覚えてる方ですけど、もしかして何処かで会ってたりするんですか?』
自己紹介をした仲ではないにしろ、どこかの取引で会っていたのであれば覚えていないのは大問題でしかない。一度会った人を忘れないという高スペックな頭じゃないにしろ、最初の取引やお得意様には結構な頻度で顔を出している。お得意様のところで会ってた人を忘れてたら洒落にならないなぁ、なんて考えを巡らせていると、事の成り行きを見守っていた女性の店員さんが笑い出した。
「あはは、コブラあんたの負けだね」
「うるせぇ」
「私はナオミ。あっちで座ってるのはコブラ」
『ナオミさんと、コブラさん』
「"さん"づけなんていらないって。あと敬語も」
『え、あ、じゃあナオちゃんって呼んでもいいですか?』
「敬語いらないって言ってんだろ」
『…ナオちゃんって呼んでもいい?』
「よし。いいよ、呼び方はなんでも」
ふわっと笑うナオちゃんに釣られるようにして笑うと、剣呑な雰囲気が少し軽くなった気がした。
ナオちゃんにまた来ると約束をしてイトカンを出ると、山王に来たときの青空はどこにもなく黄昏時の空が広がっていた。
思ったよりも時間を取ってしまったかとカーナビの時計を確認するも、思うほど時間が経っていなくて一安心。
ユーキさんの運転ならそこまで時間をかけることなくAMERIにつくだろうと思い助手席に座ると、車が発進すると共に「あのコブラってやつが山王の頭だから」と言われ、ようやく先ほどの剣呑な空気にも納得ができた。
縄張りに馴染のない人が入ってくると警戒してしまうのはどこも一緒なんだ、と思ってしまう自分に苦笑が出そうになる。私の中の根幹は変えられないのだと思い知ってしまった。