お昼を過ぎ、午前中の忙しなさをどこかに置いてきたような緩い時間が流れる午後。
仕事机に肘をついて居眠りしてしまう。
そんな緩やかな時間を過ごせるのは幸せだと言う人もいる。

でも、私には全てが退屈だった。
昨日まで咲いていなかった庭の牡丹が咲こうとも、仕事でトラブルが起きようとも、小さな世界の流れの一つでしかなかった。

人より裕福な家庭に生まれたと思う。
欲しいものは簡単に手に入り、今時珍しいお手伝いさんみたいな人がいるから困ることもない。
バランスのいい食事、休日の3時のおやつ、寝る前までにベッドに敷かれたパリッとしたシーツ、ふかふかでお日様の匂いがする掛布団。
恵まれすぎている環境で不自由の「ふ」の字も知らない、それが私の生きている世界。

そんな日々を過ごしていたからか、何か変化が欲しくなった。

薔薇色の人生とか、きらきらと輝く世界などという陳腐なものが欲しいんじゃない。
綺麗に舗装された道にできてしまった亀裂が後に爪痕を残すような、そんな変化が欲しい。

その欲求を満たすために、私はしばらく家出をすることにした。
家出と言っても黙って家を出れば騒ぎになることは火を見るより明らかだったので、両親と周囲の人にはきちんと伝えて家を出た。


「しばらくの間、家出します!」と伝えたとき「それは家出と言わないんじゃ、」と周囲の人は困惑をよそに父は笑っていた。

自分の娘が家出をすると宣言しているのに、ゆったりと笑って条件1つで快諾してくれたことに懐の大きい大人の男を見た気がした。自分の父親だけどね。


家出条件:父が戻れといったら実家に戻ること。


この条件を守ることを約束し、私は少しのお金と小さめのボストンバック1つを持って長年住んでいた実家を後にした。


外の世界はどうなっているんだろう。
学校教育で地理はあったけど、自分の住んでいる国、ましてや自分が住んでいる地域の事を詳しく知らない。

教科書や雑誌、テレビで流れる街並みは良く知っている。
流行りのパンケーキのお店、人気の観光スポット、常連の洋菓子店、どこへ行くのもお抱えの運転手に車で連れて行ってもらっていた。

だから、街を歩くなんて友達と一緒の時くらいで、じっくり街並みを眺めながら歩くなんてしたことがない。

どこに行こう。
何をしよう。

家出といっても住む場所がないとどうにもできないため、しばらくはホテル生活をしながら住む場所を探すしかない。どれくらい家出するのか分からないけど。
仕事は父の仕事を手伝っているので、そのままそこで働くなんて家出でもなんでもない。一時的にでも他の仕事をしないとダメだなぁ。
どんな仕事をしよう。やってみたいこと、見てみたいもの、行きたい場所がたくさんある。

こんなに明日が楽しみになったのは、いつぶりだろう。
あぁ、早く明日になればいい。

たゆたう月