バーで働くと決めていないのに、電話をかけてしまってから一ヶ月。
うめちゃんがノリで電話を掛けたバーで縁あって働かせてもらっている。


Bar.AMERI
Open 18:00 Close 26:00


バーとしての営業時間は18時から。
だけど何処のお店でもある清掃、営業準備などの対応から、酒卸業もやっているので必然的に仕事の開始時間は結構早い。


従業員が多くないので営業準備や清掃は分担制。
お店が混んで手が余ってるなら他の業務のヘルプにはいるなど、仕事は多岐に渡る。

けど、今まで家事をしたことがなく、料理の「り」の字も知らなかった私の仕事はそんなに多くない。

包丁は持てるし、家庭科で習ったレベルなら切り方も分かる。
でも如何せん自分で料理をしてきた訳ではないので、それはもう動きがぎこちなかった。
林檎の皮むき1つでも時間がかかるので、キッチンメンバーには「箱入り娘か」と言われ笑われるし、面接をしてくれたオーナーにも「少しずつ慣れていこうか。夕飯は賄いがでるけど、それ以外を毎日外食してたら体に悪いよ。それに料理は出来るに越したことはないからね」と優しく言われてしまう程。

キッチンのヘルプはキッチンメンバーに料理指導してもらってるうちは入れないので、私の担当はキャッシャーと酒卸業の事務作業のみ。


最初に酒卸業をやっていると聞いた時、バー以外にも営業していることに驚いてオーナーに聞いてみると「酒卸業は片手間でやってるだけだよ」とシレッと言うので、その言葉を鵜呑みにした。

まぁ、実際やってみたら全然片手間じゃなかったのでキッチンのヘルプは夢のまた夢というのが現実。

だって、SWORD地区の4割が利用しているとは誰も思わないでしょ。


ハロー、せかい




朝といっても、一般的には昼を少し過ぎた時間帯に起きるのにも慣れてきた。
日によるけど、仕事が終わって住む事になったAMERIが所有してるアパートの1室に帰宅するのは午前4時から5時の間。

そこからお風呂に入って、軽く軽食を摘んで寝る。
昼過ぎに起きて、ワイドショーを見ながらご飯を食べて仕事に向かう準備をして、16時ごろには更衣室で制服に着替えるというサイクルを続けている。

そんな日々を送る中、今日もBar.AMERIは盛況である。
盛況ということはキャッシャーの仕事も多い。

会計はフロントメンバーが席で対応するので、私は持ってきてもらったお金と伝票を照らし合わせて会計をするだけ。
会計するだけなんだけど、ここにお店の予約電話と酒卸業の注文電話の対応があるので、フロントメンバーに持ってきてもらうシステムに大変助けられている。


基本的に酒卸業の注文はメールと電話で受け付けているが、Bar.AMERIの営業時間にはメールで発注依頼がくることが多い。
比較的多いっていうだけで、急ぎの追加発注などの電話が掛かってこない訳ではないんだけど。



この会計作業と並行して電話をするのにも一苦労した。
ドラマとかテレビの中みたいに、携帯を肩で押さえながら会計作業をするという動作ができるわけもなく(ちなみにオーナーはできる)、優しいオーナーが私用にマイクが内蔵された片耳のヘッドセットをプレゼントしてくれたのはいい思い出。


「名前ちゃん、会計お願い」
『は〜い。今日も盛況ですよね。私お腹すいてきました』
「盛況じゃないと俺達が困ることになるからね、我慢我慢。それに頑張った後のご飯は美味しいでしょ」
『まぁ、そうなんですけど。イケさんは休憩もう取りました?』
「まだだよ。21時にヒサが出勤するから、それから取る予定」
『じゃあ、私のほうが休憩早いですね。一旦落ち着きそうなんで休憩もらおうかなぁ』


渡された伝票を元にレジのタッチパネルを打ちながら、フロアメンバーの1人であるイケさんと雑談をしていると業務携帯に着信が入った。

一旦会計作業を中断して画面を見ると、うちでも上位に入るぐらいの取引をしてくれる人の名前が画面に表示されている。


『はい。AMERIです』
「俺だ」


ヘッドセットの通話機能ボタンを押して電話にでると、微かに聞こえるクラブミュージックと携帯画面に表示されていた人の声が聞こえてくる。
この人はBar.AMERIが営業してる時間に電話を掛けてくることが殆どないので、急用なんだろうなと思いながらタッチパネルを打つ手は止めない。


『はいはい、珍しいですね。この時間に電話かけてくるの』
「いま平気か」
『お話しが長くなるようなら折り返します。もし急ぎの要件であれば、いま話してもらって大丈夫ですよ〜』
「急用という程でもないが、明日納品のホワイトキュラソーを追加できるか」
『在庫があれば大丈夫ですけど、何本追加ですか』
「3本あればいい」
『3本?3本なら在庫にもあるし、追加しておきますね』


電話してる間にイケさんから渡されたクレジットカードで決済をして、処理している間に追加分のお酒のメモを付箋に殴り書きする。


『訂正した請求書は、明日直接届けて問題なかったですか?』
「問題ない」
『じゃあ、商品届ける時に一緒に伺います』
「あぁ、無理はするなよ」
『分かってます。じゃあ、明日』


電話を切る間際、そう言われて口角が上がるのを感じる。
多分にやけてる私の顔を見てなのか、何故かイケさんまでにやついていた。


「なになに、いい事あった?」
『いい事って、ただの追加発注の電話ですよ』
「いや〜、だって名前ちゃんニコニコだよ」
『さすが女の人には優しいんだなって思っただけです〜』
「あ、もしかしてラスカルズ?ってことは、電話はKOOか!」
『今日はRockyさんでしたよ』


伝票用のクリップボードにレシートとカードを挟んでイケさんに渡すと「なるほどね。そりゃ、Rocky様だから優しいでしょ〜。俺が電話出ると辛辣な時あるけど」と言いながら、お客さんの元に戻っていった。

明日は訂正した請求書を届けなきゃいけないから、いつもより早めにお店来なきゃだなぁ。