追加発注の電話をくれたRockyさんから「無理はするな」と言われたのは、このことを示唆していたのかと思ってしまうほど、仕事の疲労が抜けていなかった。
昼を過ぎたとは言え、太陽光の眩しさをこれでもかと感じてしまう。夜に仕事をしてると、眩しいと感じなかった光を眩しく感じるので、余計に体が重く感じてしまう。
急ぎの発注依頼があった際、通常発注で処理をするのとでは有する時間が違う。
大体は余裕をもって注文依頼を行ってくれるので、ある程度依頼が溜まった段階で処理作業を行ったりするが、急ぎの依頼ははっきり言えば時間がない。
言葉にすれば一言で済むし、品物をぽんと追加すればいいと思われがちだけど、次の日の納品に追加する形で請求書は作らなきゃいけないし、在庫数を確認して少なければメーカーに注文書をFAXしなきゃいけないなど、やることが多い。
休憩時間に訂正伝票と請求書、納品書を作りながら賄いを食べ、お皿を片付けた後は業務携帯で納品担当のユーキさんへ商品追加と、訂正した請求書を届けるために車に乗せてほしいと伝える電話を掛けた。
そのあとは、作成した訂正伝票と請求書、納品書を印刷して訂正箇所へのマーキング、訂正伝票にオーナーの承認印をもらい、それなりにバタバタとしているところに営業終了後の会計の締め作業もプラス。
全部の仕事が一通り終わり、自宅に帰宅したのは6時過ぎ。
いつもは軽食をとってから寝るけど軽食をとる気分にもなれず、眠気と戦いながらお風呂に入り、いつもは細かくスキンケアするところをオールインワンジェル1つで済ませるぐらいには仕事に忙殺された。
夜の闇と光、喧噪で輝きを増す夜の街。
夕方にほど近い今の時間は、業者の車や店の前を掃除する従業員が多い。
ここら辺一帯を牛耳っているとはいえ、HEAVENも他のお店と違いは見られなかった。
営業準備中だからか、少し暗めに設定されている照明の入口を1人で進んでいく。
バーとクラブでは全く雰囲気が違うけど、ここまでBar.AMERIと違う色使いをしていると居心地が悪い。
プライベートではなく仕事として来ているからか、バーで働いているときの制服である黒のタイトスカートが浮いて見える。
白が嫌いかと言われると嫌いじゃないし、綺麗な白に憧れもある。
でも、白に囲まれるよりも黒のほうが落ち着くのは生まれながらの性なのかなぁ、なんて。
『…はぁ』
「随分と大きな溜息ですね」
入口から続く階段を下りていると、数段先にラスカルズらしい白い服をきちっと着こなしたKOOさんが立っていた。
入口から階段下まで見たときには居なかった存在がいきなり現れたことで歩みが止まった私を、KOOさんは一瞥して階段を上ってくる。
「今日も随分と高いヒールの靴を履いてるんですね。どうぞ、お手を」
『ありがとうございます』
「それで、大きな溜息の原因は何です」
『昨日結構忙しかったのと、あとはお腹空いたからですかね。今日まだ何も食べてないんですよ』
「どうぞ」と言って差し出されたKOOさんの手に自分の手を乗せれば、それが当然のごとくRockyさんがいる部屋までの道をエスコートしてくれる。
私の歩幅、歩く速さ、階段を上がる速さ、どれにも負担がかからないエスコートは流石としか言いようがない。
「軽食か何か用意しましょうか」
『え?』
「ユーキさんの搬入作業と確認作業、名前さんが持ってこられた訂正書類の確認などを合わせれば軽食を取る時間は十分あるでしょう」
『ありますけど、』
「では、後程お持ちしますね」
こちらの意見も聞かずに颯爽と去っていくKOOさんの姿に唖然としてしまった。あれ、さっきまで完璧なエスコートしてくれたのに。
意図は分からないけど軽食を用意してもらえるなら断る理由もないので、ささっと仕事を終わらせるために目の前に佇む重厚な扉を開ける。
扉の先の空間には、白い服に身を包み同色に囲まれても同化することなく存在するRockyさんがソファに座っていた。
『昨日注文いただいた分が含まれた請求書と、訂正した納品書を持ってきましたよ』
「あぁ」
持参した書類が入った封筒を手渡して、Rockyさんが座っている左側に座る。
今でこそ隣に座ることにも慣れたけど、最初の頃は座るか座らないかの攻防戦をしていた。
女には優しくを信条にしてるRockyさん対、仕事で来てるのにわざわざ隣に座らないでしょという私。
結局その攻防戦は、私に軍配があがる事はなかったんだけど。
「請求書は確認した。納品は後で他の奴にも確認させる」
『万が一、不足があったら連絡してください』
「あぁ」
請求書の確認が終わったのを見計らったように、部屋の扉が開いて白い紙袋を片手に持ったKOOさんが入ってきた。
「タイミングよかったようですね。名前さん、こちら軽食です。ユーキさんの仕事が早く終わったようでしたので、持ち帰れるように纏めさせてもらいました」
「軽食?」
「起きてから何も食べてないそうですよ。昨日忙しかったとかで」
KOOさんの言葉に眉間に皺を寄せるRockyさんを見ないようにしながら紙袋を受け取ってソファから立ち上がる。
『KOOさん、軽食ありがとうございます』
「名前、無理だけはするな」
『ふふ、分かってます。今後ともAMERIをご贔屓に』
眉間の皺はそのままに、掛けてるサングラスを少しずらして私を見るRockyさんの目は心配そうな色を写していた。
昨日仕事を無理したのも、今日起きれなくてご飯食べてないのも、私の自業自得ではある。
けど、心配してくれたり、こうやって軽食を持たせてくれるのがくすぐったい。
飽和する白の世界
帰りの車の中、もらった紙袋の中には一口大のサンドウィッチと棒突き飴が入っていた。
KOOさんの悪戯心なのか分からないけど、包装紙を剥がして口に入れた飴は優しい甘さで、ふと優しくて白い悪魔さん達に似てると思った。