いつもは混む時間にも関わらず、今日のAMERIはお客さんの入りが少なかった。
昨日なんてカウンター席ですら満席だったのに、今日に限って座ってるのは2人だけ。

ここまで少ないと私たち従業員の仕事も少ないので、フロアメンバーは手持ち無沙汰に同じ所を掃除していたり、キッチンに入って立ち話していたりと見るからに暇そうだった。

お客さんがいなければフロアもキャッシャーも仕事がないので、私としては酒卸業の書類作成や注文確認に時間を割ける。お店の売り上げ観点から言えば良くないんだろうけど、常に忙しすぎるよりは良いと思ってしまう。

思いのほか在庫のお酒が減っているので、在庫数の推移を先月の分と比較して注文書を作成していると、暇を持て余したヒサがタブレットを覗き込んできた。


「もー、暇なんだけど」
『目の前で仕事してる私のこと見えてる?喧嘩売ってる?』
「売ってない、売ってない。仕事手伝おうと思ったんだってば」


「なんかないのー」と緩みきった空気のまま仕事の有無を聞かれて、各店舗に送る印刷済みの納品書と請求書を封筒に入れる作業をお願いする。
やることができて嬉しいのか、黙々と書類を折っていく姿を確認して、作りかけの注文書へ目を向けると、折る手を止めずにヒサが話しかけてきた。


「そういえば、明日新しい契約先にユーキさんと行くんでしょ?」
『あれ、私そのこと話したっけ』
「オーナーが事務所のボードに書いてたよ〜」
『そうなの?ボードの確認あんまりしないからなぁ』
「印刷されたシフト表が配られるから、わざわざ確認しないしね。えっと、それで新しい契約先!確か山王っしょ」
『そう、山王にあるオダケってところ』


新規の契約先への初めての納品なので、明日はユーキさんと一緒に山王地区へ行く予定になっている。
所謂顔見せというもので、注文に関しては私が受けているので先方も顔を知らない相手よりも、知ってる相手の方がいいだろうというオーナーの配慮から。


「ふーん。その契約先に興味はないんだけど、山王といえば!和菓子が美味しいお店があるんだよ。古くからの老舗ってやつ?俺、そこの団子食べたいんだよね〜」
『ふ〜ん。暇だから仕事を手伝ったんじゃなくて、お団子食べたくて手伝ったんだ。へぇ、女の子に集るんだ』
「違うってば〜。お金渡すからお使いしてきて!お願い!名前ちゃんの分も買っていいからさぁ」


叶うことのない夢にふれた




仕事が終わり、帰宅してから数時間後にはユーキさんが運転する車の中で眠気と戦っていた。
相手先への納品は営業開始前には終わらせなきゃいけないので、1店舗しか同行がなくても夕方より前には家を出なければいけないから必然的に睡眠時間が短くなる。

その短い睡眠時間で疲れが取れるわけもないし、揺れが少ない車が余計に眠気を増長させるというか。

山王地区に入り取引先となるお店へ近づくにつれて、一通の道が多くなっているのか、何回も曲がって目的の場所についた。

お店の看板を見て「Bar.ODAKE」と表記するんだなぁと思いつつ、レトロな扉を開けお酒を持ったユーキさんを先に通してからお店に入る。

中には女性が1人。オーナーから、オダケの経営者が女性だと聞いていたので、おそらくこの女性がこのお店のオーナーだろう。

軽く自己紹介を行い、書類が入った封筒を渡す。
ユーキさんがカウンターの上に置いたお酒を確認してもらっている間、手持ち無沙汰になったので店内を見渡してみる。


「めずらしい?」
『え?』
「お店の中を見渡してたから、気になっちゃった」


カウンターに並べられたスツールから手を離してママさんがいる場所を振り返ると、カウンターに頬杖をついて優しく笑っていた。


『いいお店だと思ったので、つい』
「あら、褒め上手なのね。ありがとう」
『そんなことないですよ。本当にいいお店だと思います』
「ふふ、今度仕事が無いときに飲みにきてちょうだい。たまに煩いのがいるかもしれないけどね」
「あぁ。そういえば、ここって山王連合会の奴が来るって言われてましたね」
『そうなんですか?ユーキさんって物知りなんですね』
「SWORDの色んなところに配達してるからな。これくらい耳に入る」


「悪い連中じゃないのよ」と笑いながら言うママさんに、時間が作れた時に来る旨を伝えてバーを後にした。

車に戻る途中、ヒサから頼まれたお使いで商店街にある和菓子屋に行きたいとユーキさんに伝えると、車で待ってると言われたので1人で商店街を歩く。

私が住んでた場所とも、AMERIがある場所とも、アパート付近とも違う、そこにあったのは古き良き商店街だった。
前の時代の面影を感じるアーケード街には、あまり多くの人は歩いていない。

ヒサに言われた和菓子屋さんを見つけショーケースの前に立って商品を見ていると、デパートにある老舗の和菓子屋さんとは別の趣がある和菓子があって少しお腹が空いた。


『すいませーん。お団子のみたらしと、餡子と、海苔を5本ずつください』
「はいよ〜」


白い割烹着を着た年配の女性がお店の奥から出てきて、注文した品を包んでくれるのを眺めていると、少し離れたところから言い争うような声が聞こえたので、ふとアーケード街の入口の方を見る。

そこには黒い学ランを着たお世辞にも若く見えない高校生の大群がいた。

「てめぇ、まてやゴルァ」「逃げてんじゃねえぞ」「〜ハル、てめぇナメてんのか」
一言で表すなら、罵倒の嵐。その嵐が私の後ろを通りすぎ、またどこかへ走っていく。


「よくあることだから、気にしないでねぇ」
『え、よくあるんですか』
「こんなところだからねぇ。大福はおまけだよ」
『ありがとうございます』


よくあることだと、朗らかに笑う年配の女性の言葉に思わず苦笑した。
きっと彼女にとったら日常茶飯事のことなんだろうけど、この和菓子店には似合わないと思ってしまう。

購入した和菓子の代金を支払って、その場を後にしようとしたときお腹が鳴った。
ショーケースをみてお腹が空いたとは思ったけど、今ここで鳴る?


「お腹が空いてるのかい?この近くに洋食屋さんがあるから寄って行きな。若い子がよくいるんだけど、味は絶品でねぇ』


−−−イトカンっていうところだよ。


お腹が鳴って居た堪れない気持ちと、その女性の親切心からの言葉に恥ずかしさが勝る。

車の中でお腹が鳴るなら、気心が知れたユーキさんに「どこか寄ってくか?」って言われるぐらいで羞恥心よりも感謝が勝つけど、知らない人だと恥ずかしいったらない。

でも親切心で教えてくれた気持ちを無碍に出来なかったので、車に戻ってユーキさんを夕飯に誘うことにした。


出会いがあれば、別れがある。
この時の私は、今の仮想の平穏が壊れることをまだ知らない。