ジュージューとお肉の焼けるいい匂いに、お腹が今にも鳴りそう。
今日も雑誌の撮影頑張ったから、ご褒美には最適だよね!
『と、いうことで焼肉来ました!あざます!』
「馬鹿かお前」
『いった』
「ここ外。自分の家じゃねーから」
『いったぁ。タカくん、2回も叩くことないじゃん』
威勢よくお礼を言うと、マネージャーのタカくんに頭を叩かれるのはいつものこと。
ふんわりしてないと口よりも手が先に出るってマネージャーとしてどうなのって思うけど、タカくんの敏腕っぷりは自分の今の人気でも分かるぐらいには凄いし、痛いと言うけどそこまで痛くはない。
「とりあえず、サラダと野菜焼きと、」
メニューを見て注文する物を読み上げるタカくんに、待て待て待て、と声を大にして言いたい。
ここは何処? A.焼肉屋さん
なんで野菜ばっかり選んでるの?お肉は?
『おーにーくー』
「名前、まずは野菜からだろ。いつも野菜は最初って言ってるからな」
分かってはいた。焼肉屋さんに来ても最初からお肉は頼めない。一応、有名人とかが通う完全個室の焼肉屋さんではあるけど、どこで誰が見ているか分からない場所だから行動も制限されることを。
それでも食べたいという私の気持ちを汲んで食事に付き合ってくれているので、私も我儘は言えない。
だって、明日の芸能ニュースに載りたくないもん。
ボーイミーツガール!
席にある呼び出しボタンを押して、注文を聞きに来た店員さん(女の子)に先ほどタカくんが言っていたメニューを伝える。
『サラダと、野菜焼き、あと野菜焼きのカボチャの単品を1つ。タカくんは?』
「タン塩、上ロース2人前」
『あ!あとウーロン茶を2つ』
「帰りは車回すから飲んでも問題ないぞ」
『、ん?大丈夫だよ。マネージャーのタカくんが帰り送ってくれるのに、私1人だけ飲めないよ〜』
注文した内容を復唱した店員さん(女の子)に若干キラキラした目で見られたので、少し苦笑が出そうになるのを寸でのところで止める。
ごめん。野菜中心だけど、サラダ半分も食べないのよ私。食べきれなかった野菜は、すべてタカくんの胃に消えていきます。
「そういえば、今度新CMの撮影する話しただろ」
『うん?』
「いや、しただろ。今日の移動中に」
『あ!あれかぁ。ジュエリーブランドの話だよね』
「それ。相手役決まったから」
『相手役?相手役いるの?』
「コンセプトの話してなかったか?確か、宝石を送られた女性がいかに輝くのかだった気がする」
『だから、コンセプトに合わせて相手役がいるんだね〜』
新CMの話は凄く有難いことだけど、正直相手役がいてもいなくてもどっちでも良かったので、相手役が誰か聞こうとも思わなかった。
「ま、いつも通りにな」
『もちろん〜。お肉も食べられるし、いつも通り頑張ります!』
本当に大丈夫かという視線をいただきながら、焼けたタン塩をレモンダレにつけて頬張る。
あぁ、美味しい。野菜が美味しくない訳じゃないけど、SNS映えするような食事を外ですることが多いから、ガツンとお肉が食べられる幸せといったらない。
お肉を噛んだ時に口の中に広がる油の甘み、お肉の甘み、レモンの酸っぱさ、その調和にほっぺたが落ちそう。
お肉を十分に堪能して、席で会計を行い(なんとタカくんが払ってくれた。最近頑張っていたからだって)、タカくんがお店の前に車を回してくれる間にお手洗いに立ち寄ろうと思い、個室が並ぶお店の道を歩く。
芸能人御用達なだけあって個室の襖が両隣に並ぶ道は威圧感があるし、お手洗いに行くまでの道が長くて辟易して少し俯きがちに歩みを進める。
『きゃっ』
「、っと」
こんな長い道で緊急でトイレ行きたい人とかどうするんだろう、なんてくだらない事を考えていたのがいけなかったのか、俯きがちで歩いていたのが悪いのか、ぶつかった衝撃が私を襲った。
『ご、ごめんなさい』
「あ、いや。こちらこそ、」
人にぶつかったらしく、衝撃で後ろに倒れそうになったところを、背中に回された腕の感触から支えてもらっていることが分かった。
多分、声と背丈からして男の人かな。
抱きとめられた時に胸板?(なんか金属っぽい物に当たった気もする)に米神あたりを打ち付けたとき、すごく固かったし。
取り敢えず抱きとめられてる腕から出て謝罪とお礼をしようと思い、俯いたままだった顔を上げようとした時、頭皮が引き攣るような、髪の毛が引っ張られてるような感覚がした。
『いたっ、え?え?』
「あの、大丈夫ですか?」
『あ、ごめんなさい。なんか、髪の毛が引っ張られてる感じが、いたっ』
なんで髪の毛が引っ張られてる感じがするのか分からなくて原因を探そうと自分の髪の毛を見るも、マシュマロパーマとかいう可愛い名前のパーマを最近かけた、くるくるふわふわの自分の長い髪の毛しか見えない。
ぶつかった相手も何で私が痛がってるのか確認しようとしてくれるけど、薄暗い照明の下では分かりにくいだけだった。
「あれ、こんなとこで何しとるん?」
「あ、健ちゃん。いや、なんかぶつかった時に髪の毛が絡まったみたいで」
「はぁ?ぶつかった?」
原因が分からず頭を悩ませていた時、ぶつかった人の知り合いの人が通りかかったらしく、近くで足を止めたのがぶつかった人の足元から見えた。
「もう酔ってるんかいなーー、ってほんまや」
「嘘なんて言ってないけど」
「嘘とは言うてへんやん。で、髪の毛絡まっとるんやったか」
「ここ暗くてよく分からなくてさ」
ぶつかった人の後ろに立っていただろう人が、すっと私達の隣に移動してきて絡まってる箇所を探してくれてる気配がする。
「んー、、ん?これ、臣のネックレスに絡まっとる」
「それ簡単に取れそう?」
「暗くてよう分からんけど、簡単には無理」
状況を目で見れないから分からないけど、けんちゃんと呼ばれる人が言うにはぶつかった人のネックレスに私の髪の毛が絡まってるらしい。
しかも、簡単には解けないぐらいに絡まってると。簡単に解けないって、どんな絡まり方やねん!って言いたいけど言える雰囲気じゃないし、キャラじゃないのが辛い。
どうしよう。お手洗いには行きたいし、お店の前ではタカくんが待ってるのに。
「あー、まずいかも」
「なにがや。ここは男らしくネックレスごと彼女に渡せ、」
「この子、名前ちゃん」
「言葉途中で遮るなや。で?名前ちゃんって、ぶつかった時に自己紹介でもしたんか」
「いや、だから、モデルの名前ちゃんだって」
「……はぁ?!お前、あの名前ちゃんか!」
「あー、どうすっかな…」
「名前ちゃんなら、確かにまずいなぁ。モデルさんやし。あ、明るいところで見たら如何にかなるかもなぁ。それに、あっちの方が人数もそれなりにいるし、器用な人の1人や2人ぐらいおるやろ」
『あ、あの、お話し中ごめんなさい。鋏で髪の毛切ってもらえませんか!そしたら、簡単に解決しますし』
2人の男の人の間で交わされる話に態々割って入るのも良くないとは思っていたけど、流石に流れがおかしい方へ行こうとしてるのは分かった。
誰か分からない人に迷惑をかけてるのは申し訳ないけど、こっちも暴君マネージャーを待たせているし、それに知らない人に何時までも抱き留められたままというのも気まずい。
だから、手っ取り早く髪の毛を切れば解決すると思ったのに、私の発言で場の空気が凍った気がした。
「…いやいやいや。髪の毛を切る!?それはやったらあかん」
『でも、』
「でもじゃないでしょ。女の子に不可抗力で髪の毛切らせるわけないじゃん。あ、痛かったらごめん」
ぶつかった人はそれだけ言うと、一瞬腰を屈めて私の膝裏にもう片方の腕を差し入れて私を持ち上げた。
見ず知らずの人に抱き上げられている事に対しての驚きと、逃げたい感情の狭間に陥っていたので痛いとか忘れてたわ。
『え、え!?、いたっ』
「別に重くないから、凭れ掛かってていいよ。その方が痛くないだろうし」
「食べてるとこ、すぐそこやから」
未だにぶつかった人の顔は分からないけど、私を抱き上げている人より先に歩いている"けんちゃん"と呼ばれる人の後ろ姿は確認できた。結構、身長あるんだなぁ。あ、転びそうになった時に落とした鞄を持ってもらっちゃってる。
って、いやいや、現実逃避というか違うこと考えてる暇じゃないんだった。
ちょっと本当にどうしよう。私またタカくんにどつかれるのかな。