星が降って泣いた日


私が毎日宇宙(そら)を見つめ続けてから何年経っただろうか?
この果てしなく広がる闇の中に散らばるいくつもの星屑たちは、どんな日々を過ごしているのだろうか?終わりのない宇宙は、どこまでも続いていく。

今日も1日任務を終え、無事生き残っている私は、特にパイロットという訳でもなく、ただの軍人だ。整備はしても、MSに乗りたいとは思わない。
死にたくないというのが一番の理由だろう。
宇宙に浮かんでみたいとは思うが、思うだけで実行は出来ない。そう、怖いから。

ふわりと無重力に身を任せ、ただ室内に浮かび、物思いに耽る。ふと小さな窓から見える星にずっと見られているような感じがしたので外に出たくなって、自室から飛び出した。
リフトグリップを使って移動しながら静まりかえった艦内を徘徊する。独りは好きだが、たまに寂しくなる。
しばらくうろうろしたが、結局またあの星たちが見たくなって、展望室に足を運んだ。

展望室には既に先客がいて、私が入ってきたことに気づいた先客は、よぅ、と手を上げた。

「眠れないのか?」

声を掛けてきた彼の切りそろえられた金髪は、真面目な性格を反映していた。その整った目鼻立ちを目にする度、私の耳は少しだけ熱くなる。

「いえ、そういうわけでは…」

あれ、違うの?と少しばかり残念そうな顔をしたリディ少尉は、数回目を瞬いて、視線を窓に戻した。

「おれは眠れないんだ。なんて言うか、理由もないのに寂しくなった感じがしてさ」

「寂しい…?」

「ああ、寂しい。人肌が恋しくなるのと似てるかもな」

はははっと軽く笑ったリディ少尉の顔は、なんだか疲れているように見えた。
その顔を見ると何故か私が切なくなって、きゅっと拳を握った。

「なにか、あったんですか?…すごく、悲しそうなので」

えっ、と声を上げたリディ少尉とぱちっと目があって、逸らせなくなった。
再び静まりかえった室内。艦のエンジンの音がやけにうるさく感じた。

「…いや、ないよ。でも、あるかもしれない」

リディ少尉にしては意味深な言葉を並べてくるから、返事に困った。こういうときはどうすればいい?なんて声を掛けるべきか?自問自答し始めた私に、リディ少尉は再び笑った。

「なあ、リリー。誰かを好きになったこと、ある?」

瞬間、全身を揺さぶられるような衝撃が走った。リディ少尉がそんなことを聞いてくるなんて、思ってもみなかったから。

「おれは好きになるとさ、何故だか眠れなくなって、切なくなって、愛しくなる。片想いだとしても、ね」

「…まるで乙女ですね」

くすっと笑って返すと、リディ少尉は口を尖らせた。

「やめてくれ。でも本当なんだ。だからほら、そういうときってないかって」

「そうですね…眠れないのは常です。常に寝不足。だから前者は判らないですけど…後者は、わからなくも、ないです」

「えっ!じゃあ、誰かを好きになったことはあるのか!」

その言葉に頷くと、食いついてきたリディ少尉は、少年のように目を輝かせた。でも飛行機のことについて語ってるときには負ける気がする。

「…今も、好き?」

「えっ…?」

突然真剣な表情に戻ったリディ少尉の顔が近い。
目の前に見えていた数え切れないくらいの星たちが、リディ少尉に塞がれて見えない。

「おれが好きなのは、」

バクバクと音を立てる心臓が、私の心を正直に表していた。自分には嘘をつけない、と。
伸びてきた大きな手が、私の鼻先を掠める。そして前髪をかきあげ、そこに優しくキスをされる。

「君、なんだ」

動揺して声が出ない。
リディ少尉のことは嫌いじゃない。いや、嫌いと思ったことは一度もない。むしろ─────。

「…リディ少尉…」

声にならない声が、口からこぼれる。
微かに笑ったリディ少尉。見つめられる視線が熱い。そこに私も視線を絡ませる。
どうしよう…その想いと、嬉しくて堪らない。その想いが入り交じる。

「私も、好きです」

自然に出た言葉はそれで、途端に笑顔になったリディ少尉に力いっぱい抱き締められた。
激しく鳴るのをやめない心臓の音が、聞こえちゃうんじゃないかとふと心配になったが、そんなことはどうでも良くなった。


星が降って泣いた日
一面の星に祝福されて





a love potion