隣の席のきみ


*現パロ・学生設定


「痛ぇっ!なにすんの!?」

クラスの男子にボールをぶつけられて思わず怒鳴り、すぐさま逃げた男子をダッシュで追いかける。ボール遊びをしている訳でもないのに、いきなり何だってんだ。

「待ちな!」

「嫌だね〜」

「いい加減にしろ!」

そう叫んだ途端、男子がピタッと動きを止め、「お前ホントに女子?男にしか見えねぇ」と苦笑いで言う。
もちろん、これでも一応“女子”の私には辛い一言であり。

「当たり前だ!」

「だったらなんでそんな口調で喋ってんだよ」

「う……うるさい!」

正しく正論なのだが、素直に受け入れることが出来ない私はどうしても反発してしまう。
そんなこんなで毎日毎日、クラスの男子と喧嘩ばかりしている。が、こんな私でも恋をしている。

好きになったのは、隣の席のユージン・セブンスタークくん。
ちょっと悪めで、話し掛けてもほとんどまともに相手をしてくれないが、実は優しいところが好き。
しかし、こんな私が気持ちを伝えられる訳もなく。

そんなある日、席替えが決まった。どうやら4日後らしい。
その前に、気持ち───伝えられればと思うだけ思った。


◆◆◆



「ねぇ」

「……あ?何だよ」

「ゆ、ユージンくんってさ、どういうものが好き?」

「……どういうものって何だよ、具体的には?」

「うーん、例えばお菓子とか!」

「は?菓子?」

先程まで下を向いていたユージンは、呆れたような顔でこちらを見た。不意に目が合って、息を呑む。

「だいたい何でも食う」

「そ……そうか。ごめん!突然」

「ああ」

ユージンはまたすぐ、そっぽを向いてしまったが、少しでも話せただけで飛び上がりそうなほど嬉しい。
頑張らなければ、と。心で思うのは簡単だ。しかし不安はたくさんあった。だからこそ、頑張らなければと思う。実行に移せるかはまだわからないが。



◆◆◆



私は知っている。
彼は昼休み、一人で屋上にいることを。
そしてそこで、誰にも見られないように楽器の練習をしていること。
そんなユージンに私はこっそり近寄っていった。今は休憩中なのか、ギターはフェンスに立てかけられていて、そのよこでフェンスに寄り掛かりスマートフォンを弄るユージンに思い切って声を掛けてみた。

「ユージン……くん!」

私の声に気づいた彼は、スマートフォンをポケットにしまいながら、「何か用か?」と一言だけ言った。

「別に用があるわけじゃない」

「……じゃあ何だよ、」

「え……何してるんだろうって思って」

「……はあ?」

「何だよ!気になっちゃ悪いか!」

彼はちらと目だけ私の方に向ける。その目は、何か文句を言いたそうに私をしばらく見つめる。
ボリュームのある金髪が、大きく吹いた風で揺れた。

「お前さ、なんでそういう口調なんだよ?」

「へ?」

「もっと女らしく喋ったらよ、……と思うぜ」

最後の方はごうと鳴った風の音にかき消されてしまい、うまく聞き取れなかった。

「今更無理だ。こういうキャラだし。逆に変わったら気持ち悪がられる」

「俺はそうは思わねぇけどよ」

「正気で言ってる?」

「さあな」

彼は私から目を逸らして空を見つめた。
つられるように私も空を見上げると、そこには綺麗な晴れの空が広がっていた。

「席替え……あと3日後だな」

「……ああ」

「………」

「……それがどうした?」

「……やっぱりなんでもない!」


私はそのまま走って逃げるように屋上から立ち去った。

───言えなかった。
途中まで言えたのに、最後までは言えなかった自分が恥ずかしくて、不覚にも目頭が熱くなる。

「悔しい!」

気づいたらここは2階で、行き場もなく階段の踊り場で止まる。一気に駆け下りてきたらしい。
廊下まで出てしまえば、誰かと顔を合わせることになる。そんな恥ずかしいのは絶対にごめんだ。だからと、見つからないように隅っこで両足を抱えて座った。

「私の意気地なし……」

思わず涙がこぼれそうになった。その涙が目の淵から落ちる寸前で、すごい速さで上から駆け下りてくる足音を聞く。
まさか、あのユージンが慌てて来てくれるなど、誰が想像できるだろう───。

「お前、そんなとこで何してやがる。汚れちまうぞ、尻!」

大きな声で怒られるようにして、眉間にしわを寄せて彼は叫ぶ。そんな彼は、走ってきたからかほんの少し息が上がっていた。

「ほっといて」

素直でない私はつい突き放すように言ってしまうが、ユージンは動じる素振りを見せない。軽く舌打ちをして、私の額にデコピンをくらわす。

「……馬鹿かおめえは。ほっとけるわけねぇだろうが!」

何故?

可愛くもなければ、女らしさなど欠けらも無い。取り柄は元気しかないような私に、どうしてそんなふうに言う?
反射的に顔を上げて、普段は合わせられない目を、今は無意識に合わせている。見つめあって数秒、私は口を開く。

「……どういう意味?」

その言葉に、少し頬を赤らめたユージンはぽつりと呟く。

「おめえみたいな奴、ほっといたら何するかわからねえだろ」

想定外のその台詞に虚を突かれて胸が高鳴る。しかしそれがばれないように胸を押さえ頑張る自分がいた。

「そ……そんなこと言ったってどうせ他の子のほうがいいに決まってる!」

「はあ?……どうしてそんなに意地張ってんだ!」

「え」

動揺して目を見開く。心臓はうるさい。
彼は小さく溜め息をついて、そんな私の前にしゃがむなり、私の左頬をつねる。

そしてしばらくの沈黙の後、渋々と彼は口を開いた。

「俺、お前のことずっと好きだったんだけどよ……、」

言われてすぐはその言葉を理解出来なくて目をしばたたいた。しばらく経ってやっとすとんと落ちてきて、でもそれが本当かどうか確認をしたくて私は身を乗り出す。

「もう1回!!!」

指を立ててそう叫んだ私に、恥ずかしそうに髪を混ぜてユージンは「あのなあ」と紡ぐ。

「嫌だ」

「私も嫌だ!」

反抗したらギロッと睨まれたが、そんなことはどうでもいい。睨まれようが、頬をつねられようが、彼は今、私だけを見てくれている。
やがて「もう1回だけだ」と彼が呟いたと思った刹那、ユージンに一瞬だけキスをされた。

「っ……!」

突然すぎてびっくりした私の頬を彼は手のひらで覆うように押さえて、一旦“口”を離すと「ちょっと静かにしてろ」と冷静な声が飛ぶ。しかし当のユージンは耳まで真っ赤だった。きっと彼に自覚はない。



◆◆◆



「こんなとこで俺たち何してんだろな、ったく」

二度目、唇を離した直後に呆れたように彼は言った。

「わ……たしの!ファースト!!キ…ッス…!」

「俺じゃ駄目だったかよ」

「いや……そういうことじゃ……ないけど……」

動揺した私の頭の中は完全に真っ白だった。
そんな私にユージンは「じゃあ、今度はちゃんと、ふたりきりのときにでもよ……」と未だ頬を染めたまま言った。

「本当に…私なんかでいい?」

「不満だったのか?」

「違うって!そうじゃなくて……」

「じゃあなんだよ」

「もういい!」

そんな彼に私はわざとらしく怒ってみせた。

「あ、でも席替え………」

ふと、急に我に返った私は、そのことを思い出して寂しくなった。
それを察したのか、ユージンは少し笑って切り出す。

「別に関係ねえだろ」

「……?」

「席が離れようが俺たちの縁が切れるわけじゃねえんだからよ、そんなに気にすることでもねえ」

「そうだけどさ……」

それでもやっぱり席が離れてしまうのは寂しかった。そんな私の手を強引に握った彼は、ムスッとした顔で言う。

「おい。もう一回屋上行くぞ」

そして手を引っ張られてまた屋上に連れて行かれた。彼の手は、大きくて、温かくて、安心した。



「ここなら人目を気にしなくて大丈夫だろ」

独りでに呟くユージンを見て私は首をかしげた。

「何をする気?」

聞いた瞬間、ユージンはいきなり私の顎を手でくいっと上げると「さっきのじゃ不満があんだろ」と真剣な顔で言い、再びくちびるを重ね合わせる。そんな半ば強引な彼に押され負け。
でもそんな強引なところも好きなのであって。

微かに鳴ったリップ音。その音に恥ずかしさを感じながらも嬉しさと愛しさでいっぱいになる。
こんな私は変かもしれないと思いつつ、彼にされるがまま。

やがて昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ると唇が離れて「また放課後」だなどと恥ずかしいことを言ってくる。

だけど、ずっと夢だった「恋」が叶って本当に嬉しい。

2人で手を繋いで教室に入るとクラスのみんなに騒がれた。いつの間に、と。
でもそれもまんざらでもないという態度のユージン。ふたりの恋は、まだまだこれからだ。



◆◆◆



席替えの日。
くじ引きの番号を恐る恐る見た。

隣の席は───ユージンだった!





a love potion