甘さ控えめなんて嘘
「ばか」
今日は恋人である石動の誕生日だというのに、彼が仕事からなかなか帰ってこなくて頑張って作った夕飯が冷めてしまった。
やっとのことで掛かってきた電話は、謝罪と「今から帰るから待っていてくれ」という旨のもので、思わず彼に向かって言ったのが冒頭の台詞である。
仕事熱心なところも含めて大好きなのだが、こんなに待たされるならばもっと遅くに支度をすれば良かったとも思えてしまうほど待っている。
一人で出来ることと言えば、先にお風呂に入っておくだとか、何か飾り付けでもしておくくらいなのだが、後者はセンスを問われるし苦手なのでやめた。
そうこうしているうちに彼が帰宅し、玄関で靴を脱ぐ間にも抱きついてキスをする。
触れたくてたまらなかった、愛しい人。何時間我慢したと思ってる。そう告げると彼は申し訳なさそうに私に謝る。
「本当に遅くなってすまない」
「随分待ったよ」
「……ありがとう」
石動はそう言って笑って、前髪をかきあげて額にキスをくれる。
「ご飯も、お風呂もどちらも用意ができてるけど、どうする?」
「では先に夕食にしよう」
「了解!」
手を繋いでダイニングまで足を運び、私は冷めてしまった夕食を温めなおす。その間に石動は荷物を置いてネクタイを緩め、テーブルに料理が置かれるのを嬉しそうに見つめていた。
「なにか手伝うことは?」
「なーに言ってんの、今日の主役に手伝わせるわけにはいかない」
座ってて、と椅子を引くと彼は素直にそこに座った。
それだけ疲れているのだろう。せっかくの誕生日なのに、これでは何も出来そうにない。
仕方ないなと思いながら向き合って夕食を食べ、二人分なので小さいけれど、買ってきたケーキを食べる。「ロウソク立てる?」と冗談交じりに言うと、「立てられる本数じゃないだろう」と返ってきたので笑った。
「まだ若いでしょー?」
「君に比べたら若くない」
「比べる必要はなし!石動は歳とっても石動だし、いつまでもきっとかっこいい」
「それは保証出来ないな」
空になったお皿を片付けながらそんな他愛もない話をして、石動は私の髪をひと撫でしてからお風呂へ向かった。好きだなあ。すとんとその言葉が胸に降りてきて、無意識に口元が緩んでしまう。
彼のような素敵な人に巡り会って、こうして結婚までして、一緒にいられるこの幸せを、どう噛み締めて生きていけばいいんだろう。言葉にするのはなんとなく恥ずかしいのもあり、彼にはなかなか伝えられない。
夜ももう更けて、午前0時を回ろうとしている。
お風呂から出てきた石動の髪を乾かしてあげながら、ふと口にしてみた。
「子どもがほしいな」
「……子ども、か」
「うん。そしたら賑やかになるでしょ?」
「確かにな。……何人ほしいんだ?」
「へっ」
くるりと振り返って彼は笑う。滅多に見せない少しいたずらっぽい笑い方で、私にそんなふうに問う。
「……うーん、3人?」
「3人?また多いようだが」
「うん。3人もいれば笑顔いっぱいだろうなあ。きっと石動に似てかっこいい男の子だって産まれるね」
「……それを言うなら、リリーに似て美人な女の子が産まれる、だろう」
「違う。石動に似た男の子がいいー!」
くちびるを尖らせて石動の髪をくしゃくしゃに混ぜる。されるがまま、しかしすぐに彼は私の手首を掴んでしまった。大きな手はいとも簡単に私の腕を捕えられる。なんて人だ!
「3人産むのならば、きっと両方叶うだろう」
「それもそうか!わかんないけど」
ふふっと笑い合い、腕が開放されたのをいいことにソファに座る彼の正面に回り込む。すると石動は腕を伸ばし、私をその中へ招き入れる。抱きしめられて安心して、ちょっぴり目頭が熱い。
「お誕生日、おめでとう。日付過ぎちゃったけど」
「構わない。リリーに言ってもらえるだけで幸せだ」
滅多に見せない、嬉しそうな顔が見たかった。
疲れているだろうに、そんな表情見せられたら、彼が欲しくなってしまう。
「ところで、今日は?石動疲れてるようだしやめる?」
「……何を?」
「……言わせるつもり?」
「冗談だ」
透き通るようなブルーグレイの瞳を細めて笑った後、それは徐々に閉じていき、くちびるを重ねる。私の髪ごとくしゃりと耳に触れた手と、くちびるから伝わる熱がとても愛しい。舌と舌を絡め、互いに追いかけるように求める。それが離れたと思うと彼の喉がごくん、と鳴ったので少し恥ずかしさを覚えた。
「……このままソファでする?」
「しかしそれでは身体に負担が……」
「……大丈夫。どちらかと言えば石動の身体が心配だよ。だから、私は……」
「……君が望むのなら、応えよう」
「そういうことなら、優しくしてください」
笑い合い、ゆっくりと彼の首に腕を回した。
今夜は、まだまだ長そうだ。