たくさんの愛をもらった



※アンジェロ{emj_ip_0683}ヒロイン←ゼクスト


ノックして執務室のドアを開けた。目の前に広がるフロンタル大佐の執務室。とても広いそこのいちばん奥、机の前に座る大佐とその横に控えるダーリン、アンジェロ。

「あっ、おはようダーリン!ここにいたの!」

探したんだよ、と言いながら歩みを進めていく。大佐が微笑みながら「リリーのお出ましか」と呟いた。

「ダーリンとはなんだ!それに今日も仕事だろう」

「いいじゃないダーリン!だってダーリンでしょ?私の」

さらに歩いてアンジェロに抱きつく。仕事中だろうが関係ない。大佐はこの関係を知っているし、ここには他に誰もいない。私とアンジェロと、大佐の3人。アンジェロの胸から離れ、彼の腕に腕を絡ませる。

「リリーは今日も元気のようだな」

「はい!もちろん元気です!朝からアンジェロに会えたんですから」

「ほう。アンジェロは彼女を大切にしなければならんな」

大佐の口元が再び弧を描いた。アンジェロは珍しく眉尻を下げて「大佐はまたそのようなことを……」と嘆いている。
しばらくすると大佐が椅子からゆっくりと立ち上がった。それに気づき、アンジェロが踵をそろえる。私は未だアンジェロに掴まったまま、大佐を見据えた。

「アンジェロ」

「はっ」

「ふたりは先に朝食を摂りに行ってきなさい」

思いもよらぬ大佐の言葉にアンジェロは目を丸くした。

「えっ、でも大佐は……」

「私はあとに摂る。だから先にふたりで行ってくるといい」

「はっ、ありがとうございます。お先に失礼します」

隣のアンジェロをちらと見ると、彼は嬉しそうに微笑んでいた。大佐の顔の半分は仮面で覆われて見えないが、その表情は穏やかだった。
そして私の腕を引っ張ると執務室から出るためドアまで向かう。ぎぃ、と音を立てて開く重い扉をくぐってしまえば、そこはがらんとした広い廊下で、毛足の長い赤い絨毯がどこまでも続いている。この建物は各部屋の扉の前に見張りの兵がふたりずつ交代でつくようになっていた。すれ違う兵に敬礼をするアンジェロに倣って私も敬礼をする。ふと窓の外を見ると、広い庭の真ん中にある噴水が目に入り、人工太陽とはいえ心地よさそうな日差しに照らされる真っ赤な薔薇が広がっている。あれはゼクスト少尉が手入れしている薔薇―――――。
いつの間にか離れてしまった腕。また絡ませようと思ったがやっぱりやめ、アンジェロの指に優しく指でつつくと、それに気づききゅっと手のひらを握ってくれた。こういう素直なところがとても可愛い。

「ふふ、ダーリン」

「だからそれはやめろと……!」

呆れたように溜息を零される。でもどんなことをしようが彼に嫌われることなんてない。怒りっぽくたってアンジェロは優しいし、今回の場合は人前ということもないことはないだろう。
角を曲がると食堂へと通じる扉がある。中へ入るとセルジ少尉が慌てて頭を下げた。

「隊長!おはようございます!」

「ああ。今日も宜しく頼むよ」

「はっ!あ、リリーさんもおはようございます!」

セルジ少尉が持っていたトレーを落としそうになったのと、後ろからやってきたキュアロン中尉がそんなセルジ少尉の横から顔を出したのはほぼ同時。

「ふたりとも、一緒に朝食食べましょう?」

「食べます!ね、アンジェロ?」

「ああ」

繋いだままの手を引いて、今度は私が先導して朝食を取りに行く。今日の朝食は好きな種類のパンとサラダ、スープ。デザートもあったがそれは後で取ることにした。
親衛隊の座るテーブルに私も入れてもらう。アンジェロとキュアロン中尉に挟まれて食べられるなんて幸せだ。アンジェロには内緒だが、実はキュアロン中尉とはかなり仲がいいので、アンジェロがいなくて寂しいときは割と一緒にいることが多かった。これがアンジェロにバレればいくらキュアロン中尉が旧友であろうが短気な彼は嫉妬するなり何なりするであろう……。

「美味しいですね〜」

パラオで出る軍の食事は美味しいものばかりだった。料理人の腕がいいのか、食材がいいのか、はたまた両方なのか。詳しくは知らないが大概の料理を食べれば1日元気に過ごせてしまう。
向かいの席に座るゼクスト少尉と不意に目が合ってしまったが向こうが先に逸らした。不思議に思いつつ黙々と食事の手を進めているとつんつんと右腕をつつかれた。犯人はアンジェロであり、そちらを向くと目の前にフォークが差し出された。フォークにはアスパラガスが刺さっており、それを私の口に入れようとする。仕方なく口を開くとそこにアスパラガスを突っ込み、食べ終わるのを見届けるとアンジェロはまた視線を食事に戻した。

「朝からラブラブですね」

横からキュアロン中尉が茶々を入れる。

「アンジェロ、アスパラが嫌いなんですよ?なんか可愛いなって」

「余計なことを教えなくていい……!」

鋭い視線を送るアンジェロが食事を終えたのかフォークを置いた。そして珈琲の入ったカップを手に取ってから向かいのバト少尉に向かって言う。

「バト少尉は今日単独任務だったな」

「はい、偵察任務が入ってます」

「気づかれんよう頑張れよ」

「はい!親衛隊の名に傷がつかぬよう精一杯頑張ります!」

スプーンを置いて軽く敬礼をしたバト少尉を見て満足そうに笑ったアンジェロが、今度はこちらを見る。

「リリーとキュアロンは食べ終わったらわたしと来い。3人で書類の整理と、片付けをやる」

それぞれ返事をすると残りの食事を口に運ぶ。3人で仕事なんて久しぶりだ。嬉しくて思わず口元が緩んだ。


***

「大尉、これはどこです?」

地下にある資料室。さほど広くもない部屋に所狭しと本棚が並んでいて、そこにひとつひとつ過去の書類などがデータとしてファイルに入れられ保管されていた。古いものから最近のものまでいろいろあり、どこにしまったらいいのかも曖昧だ。

「その棚の二段目だ」

分類別になっているものの到底覚えられないであろう量の資料の場所を把握しているアンジェロ。キュアロン中尉もそんなアンジェロに感心していた。

「アンジェロ大尉はすごいですね」

「ほんとです。この量を把握してるなんて」

ふたりで笑い合うと作業を再開する。不意に向こうから刺さるような視線を感じ、ちらりと見遣るとこちらを睨んでいるアンジェロが棚の影から私を見ていた。

「おい」

大股で歩いてくるなり私の腕をぐっと引っ張った。思いのほか力が強く、私は少しだけ顔を歪める。

「おまえはわたしのところにいろ」

それだけ言い放ち踵を返すとまた元の場所に戻る。もしかして、嫉妬した?そう思ってしまえば腕の痛みも忘れてしまうほどアンジェロが可愛く見える。不機嫌そうに眉間にしわを寄せて棚を調べていく彼。私は思わずそんな彼に抱きついた。

「なに?ヤキモチ?」

「違う」

「じゃあなんで?」

「おまえは怒られたいのか?」

「別に〜?」

そう言って腕に絡み顔を近づける。ここが軍だということも、今が仕事中だということもわかっているのに触れたくなってしまう。向こうにはキュアロン中尉だっているのに……。
ふっとこちらを向いたアンジェロが大きく目を見開いた。予想以上に縮まっていた距離に軽く身震いする。

「……キュアロンがいるだろうが」

囁くような声で言うなんて珍しい。キュアロン中尉がいなければ、ここでキスしてくれるの……?
熱い視線を送ってみればアンジェロの視線も熱くなる。身長差があるせいで、楽な姿勢でキスできないのは私たちの難点だったりした。

「あの、お邪魔なら少し抜けますが?」

向こう側から飛んできた気遣いの声にふたりしてぴくりと跳ねた。恐る恐る顔を本棚の隙間から出したキュアロン中尉の顔は申し訳ないというような感じで、こちらが申し訳なくなった。

「いや、仕事中ですから」

自分なりに空気を読んだつもりだったし、アンジェロに怒られるかと思ったためそう返した。……のに、アンジェロは全く逆の解答をしたので私もキュアロン中尉も目を丸くした。

「キュアロン、すまないが10分ほど抜けてくれ」

はい、と返事をしてそそくさと退室したキュアロン中尉を呆然と見ていれば、頭にぽんと手が置かれた。思わず振り向いてアンジェロを見ると、視線を合わせるように屈んだ彼のくちびるが触れた。5秒。音を残さず離れると、再びこちらを見つめる視線が私を射抜く。熱くなった頬、胸の奥、身体。いけない、そう頭ではわかっているのに、アンジェロを見る度欲しくなってしまう。

「不意打ちは反則だよ、ダーリン」

返事はなく、アンジェロが繰り返し甘いキスを落とす。ここが監視カメラもない資料室でよかった。それに滅多に人が来ることはない。少し安心したところで、軍服の襟のファスナーが胸元まで下ろされた。

「ちょっ、待って……!」

鎖骨に彼のくちびるが優しく触れ、くすぐったさに身をよじる。両腕をアンジェロの首に回し、軽く抱きしめるようにしてゆっくりと包み込む。やがてちくりと鋭い痛みが走ると、私の首に赤い花が残された。

「おまえはわたしだけのものだ……」

放たれた声音は甘くて、溶けてしまいそうだった。

「ダーリンは少し強引ね」

「あんな目で見つめられたら、誰でもこうしたくなるさ」

微かに笑い、乱れた服を直す。そんなアンジェロの髪に触れると、少し撫でるようにした。抵抗もせずされるがままのアンジェロは目を伏せてもう片方の私の手を掴む。そして目前へと持ってくると指にキスをした。

「今日はどうしてこんなにくれるの?」

「さあな。教えてやらん」

「ケチ」

「あと3分か……」

掴んだままの手のひらを下におろし、手をつなぐようにする。そして出口までツカツカと歩くと勢いよく扉を開けた。視線を通路に向けるなり、アンジェロが口を開く。

「もういいぞ。入れ」

扉と対面する壁に寄りかかってやれやれといった表情を
浮かべるキュアロン中尉は、「まだ10分経っていませんが?」と問い返す。

「構わん。用は済んだ。それに、仕事中だからな」

「よく言う。リリーにキスでもしていたんでしょう?」

お見通しですよ、と薄笑いで言ったキュアロン中尉が私に視線を送る。そして組んでいた腕をほどき、微笑みかける。それを見たアンジェロが苛立った表情を見せ、私を引っ張ると無言で作業を再開した。

「2時間後までには終わらせろ」

変わらず不機嫌そうにアンジェロは言い放った。


***


なんとか時間内に終わらせ資料室を出ると、不要になった書類を両手で抱えて執務室へ向かう。3人で並んで通路を歩いていれば、これまた何人かの兵とすれ違った。陽が短い此処パラオでは辺りはすぐに夕陽に染まってしまう。まあ人工太陽なのだが、それでも時間の感覚が出来るだけよかった。宇宙に浮かんでいるとそういった感覚の類は全て麻痺してしまうものだから……。

「赤い……、」

外を見るなりぽつりと呟いた。屋敷の通路には大きな窓が続いている。それらは格子状なので、陽に照らされるとその模様が真っ赤な絨毯に描かれるようになっていた。

「ここ、小惑星なのにすごいですよね。スペースコロニーもそうですけど、これ、人工的に造られたものじゃないですか。だけどこんなふうに綺麗な景色が生み出せるのって……」

何故かわからないけれど、ふとそんなことが思いついた。気がつけば口にしていて、右隣のキュアロン中尉は大きく頷いてくれた。

「人間にこんな技術があるから、地球も疲れてしまうんですよね」

眉を気持ち下げながら哀しそうな顔をしてキュアロン中尉は言った。確かにそうだ。人は自分たちの都合だけでいろいろなものを壊してきた。時代を経るにつれてそれはだんだん大きくなり、環境を壊す。そして、遂には同じ人間同士争わなければならない世界にまで落ちてしまった。こんなに哀しいことがあっていいのであろうか?
ふとアンジェロを見ると、私を見ていて、その顔が後ろから夕陽に照らされていたためとても美しかった。無意識にどきっと胸が跳ねる。

「……わたしは、地球を知らん」

少しだけ俯いて、アンジェロは呟いた。

「平和もほとんど知らん。だが、今このようにして3人で歩いているこの間はとても平和であると思う」

端正な横顔は彼の髪で隠されてしまった。ただ、長い睫毛が伏せられたとき、私の中の何かがとても温かくなったように思う。

しばらくして執務室に着くと、3人とも無言のまま中へ入った。中へ入ると端末と向き合うセルジ少尉だけがいて、こちらに気づくと同時に椅子から立ち上がって敬礼をした。彼の真面目な声がお疲れ様です、と伝える。私は書類を指定された箱に入れるなり給湯室へと向かうと、彼らに出す紅茶を用意した。

「手伝いますよ」

ティーカップを棚から出していると、後ろからゼクスト少尉が話しかけてきた。お礼を言って微笑むと、いつも表情の変わらない彼がこころなしか嬉しそうに口元を緩めた。

「リリーさん、隊長のこと大好きですよね」

「えっ!?なに急に!」

突然何を言い出すかと思えば。動揺して大きな声を出すと、ゼクスト少尉がしーっ、と人差し指を立てる。

「……僕、リリーさんに片想いしてたんですよ。まあ、叶わなかったわけなんですけど」

ソーサーにお湯を注ぎながら、ゆっくりと言う。

「今だから言えることなんですけどね。いつの間にか隊長と付き合ってたので驚きました」

沈黙に揺れる給湯室。ぽかんとゼクスト少尉を見つめることしかできず、ただそこに立ち尽くしてしまっていた。室内にはコトン、とソーサーをトレーにのせた音だけが響いて、ゼクスト少尉がいつもの表情でこちらを見る。そして優しく笑うと、トレーを抱え歩いていく。扉の直前で立ち止まり、こちらを振り向くと彼はまた口を開いた。

「隊長と幸せになってくださいね。でないと僕、許しませんから」

ふふふ、と小さく笑うと給湯室を出ていってしまった。

なにも、いえなかった。
ただただ驚いてしまうばかりで、言葉のひとつも紡ぐことができない。でも、だけど、

「ゼクスト少尉……」

好きになってくれていたこと、うれしいと思った。これは本当に素直なきもち。少しだけ、応えられなかったことを悔しく思った。

執務室に戻るとアンジェロが私を見て手招きをする。首を軽く傾げながらそちらに向かうと目を合わせた。

「……大佐のところへ行くが、来るか?」

声のトーンがひとつ、低かった。その言葉に頷き、アンジェロは私の手のひらに手のひらを重ねると立ち上がりキュアロンに声を掛ける。

「少し抜ける。何かあったらわたしに連絡を」

「了解です」

扉を開けてまた歩き出す。親衛隊の執務室から大佐の執務室は近いので、すぐについてしまった。報告を簡単に済ませてまた戻ろうとした帰り道。

「なあ」

その声に気づきアンジェロを見ると、彼はゆっくりとした動作で私にキスをする。ちゅ、とリップ音が聞こえ、一度視線を交えるとアンジェロは元の姿勢に戻った。そしてすぐに口を開いた。

「ゼクスト少尉がおまえに言ったこと、忘れろよ」

「え、なんで知ってるの……?」

「聞こえていたし、本人からも聞いた。おまえを幸せにせんと許さん、とも言っていたな」

思わず耳が熱くなる。全て筒抜けだったわけか。両手で顔を覆うと、また頭上から言葉が飛ぶ。

「だがわたしはおまえを手放す気は到底ないし、ずっと幸せにしてやりたいと思っている」

「……アンジェロ」

こんなことを言われたのは初めてで、ただアンジェロの言葉に耳を傾けていた。
そして同時に頭をよぎったのは、私がアンジェロを幸せにする、ということ。

「だから――――」

続きを言おうとこちらを向いたアンジェロの唇を思いっきり塞いでやった。キスにはキスで返す、それが私なりのルールだったり…。

「私がね、アンジェロを幸せにすんの!だからアンジェロは私を幸せにしなきゃだめ!」

目をぱちくりとして唖然としているアンジェロの頬を両手で包んだまま、今は同じ高さにあるその瞳に訴えるようにして。

「これから先長い人生、ずーっと一緒だよ?」

ね?と問うてみるとアンジェロは小さく笑った。一瞬だけ目を閉じ、ふわふわの髪を揺らしてまたこちらを見据えた。

「当たり前だろう」

そう言ってまたひとつ、キスを交わした。



たくさんの愛をもらった
ずーっと、一緒。



a love potion