好きになっちゃいました。


青くて高い空に、真っ直ぐに下りてくる日差し。
肌を突き刺すような、そんな日差しに負けそうになりながら、今日も私はネオ・ジオンへ薔薇を届ける。
届けに行くとだいたいいつも出向いてくれるのは、ふわふわの紫がかった銀髪に、中性的な顔つきが印象的な男性。偶にオレンジに近い髪色の少し小柄な男性が出て来ることもあるが、私は両者とも割とクールで愛想のない人のような感じがしていた。

今日はどちらか、と心なしか緊張しながらベルを鳴らす。カチャッとドアを開けて出て来たのは前者で、見慣れた顔を見て何故かほっとする。

「薔薇のお届けです」

「ああ、助かる」

一言だけ言うと、さらさらっとサインを残して薔薇を受け取った。
毎度のことだが、彼はいつも嬉しそうに薔薇を受け取る。これを誰か大切な人のところへ贈ったりするのだろうか?
それにしては多い量を私は3日に一度、此処へ届けることになっている。

「ありがとうございました〜」

ペコリと頭を下げ、踵を返すと、元来た道を戻る。
今日はとても天気が良いので、少し涼みたいなと思い、途中にある公園で一休みすることを決めて。

公園では、小さな子供が何人か遊んでいて、その傍らにいるお母さんたちが日傘等をさしながら話し込んでいた。大きい木が一本あったためその陰に腰を下ろすと、ぼーっと流れていく景色を見つめる。
私はこの時間がないと、少し落ち着かない。
常に忙しなく働いている身としては、一休みもなければ。そんなふうに思考を巡らせていた矢先、頭上から声が降ってきた。

「おい」

どこかで聴いた声だな、と思い顔を上げると、そのすぐ上に見慣れた顔があり、思わず心臓が跳ねた。

「へっ?な、なんでしょうか…?」

ふわっと垂れ下がる横の髪、白い肌に長い睫毛、紫の瞳、真っ直ぐに通った鼻筋、綺麗な形の唇。
この世のものとは思えない綺麗さに、一瞬息が出来なくなり、無論言葉など出るはずがなかった。
どうしよう、そう思ったとき、向こうが先に口を開いた。

「これを落としていったろう?」

チャリン、と音がし、音の先の彼の手の中に握られていたのはうちの鍵だった。

「家の鍵に見えたから届けにきたのだが、違うのか?」

鍵を指で摘まんで左右に小さく振る。ふたつ付いている鍵同士がぶつかり合って、また音を立てた。

「あっ、ありがとうございます…!すみません、気づかなくて」

慌てて立ち上がり、ペコリと頭を下げて詫びると、彼は満足そうに笑った。

「気にするな。今度から気をつけろよ」

私に鍵を握らせると、そう言い残して歩いていく。そのときに彼の残り香が風に乗ってふわっと舞い上がり、また胸がきゅって締め付けられた。

「あのっ…!」

衝動的に呼び止めていて、冷静な顔の彼が振り向いたとき、なぜかいたたまれない気持ちになって、思わずお名前は?と聞いていた。
目を細めた彼が、「アンジェロ」と低い声で答えたのが辛うじて聞き取れ、嬉しさに胸がいっぱいになるのがわかる。

「私は、リリーって言います!また薔薇、楽しみにしていて下さい!とびっきりのいいモノをお届けしますから!」

去っていこうとする彼の背中にそう投げかけ、私は受け取った鍵を胸の前できゅっと包み込むように握った。

アンジェロ…彼の姿が見えなくなってもその場を離れることが出来ず、何度も心の中で名前を反芻した。

その名の通り、天使のような彼。
彼には、薔薇を贈るような大切な人が居るのだろうか?ふとまたそんな考えが浮かび、慌てて首を左右に振った。


好きになっちゃいました。
恋に落ちるのは、ほんの一瞬






a love potion